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2009年11月23日 (月)

卑弥呼の死(4)春秋の筆法

「卑弥呼以死大作冢」という文章の唐突感は、「春秋の筆法」によるものではないか、とする説がある。
生野真好「倭人伝」を読む―消えた点と線』海鳥社(9905)は、「春秋の筆法」を、「あからさまにできない真実を、文を矛盾させることによって、その裏にある真実を知らしめるという大変難解なもののようである」と紹介している。
生野氏は、「春秋の筆法」について、孫栄健氏が君主の死亡記事の書き方について解説(どこで死亡したかを書いていないのは、実は暗殺を意味している、など)を引用し、通常と違う記述(省略)をすることで、その裏にあることを指示していることだとする。
つまり、形式に反することにも厳重な形式があり(規則的な矛盾)、その形式・規則を知ることが、意味理解のためには必要だ、ということである。

生野氏は、『魏志倭人伝』の構成を次のように三分する。
1.倭国の地理的位置・道里・政治体制など
2.風俗習慣・植生・気候など
3.外交関連
このうち、「1」と「2」については、筆者の陳寿は何ら遠慮することなく、真実をありのままに書くことができるが、「3」つまり外交についてはそうではない可能性もあるだろう。
言い換えれば、「春秋の筆法」が用いられているとすれば、「1」や「2」の部分ではなく、「3」の部分である。

卑弥呼の死について、陳寿はその死因を記していない。
何らかの脱落の可能性もあるのだろうが、生野氏は、「春秋の筆法」の可能性を検討している。
もし、「春秋の筆法」ならば、なぜ陳寿はその死因を隠す必要があったか?
陳寿が真実を語るのを憚ったとするなら、その対象は誰か?

卑弥呼の死因が、倭国側の理由によるものならば、陳寿は何も憚ることはないだろう。
倭国側の事情とは、病死、暗殺、自殺、事故死、老衰などである。
仮に、狗奴国との戦争責任をとって自殺でもしたのなら、陳寿はそれを特異な習慣として詳細に記したのではないか。
それを死の事実だけを伝えるという記述の裏には何かがあると考えるべきだろう。

陳寿が憚らなければならないとしたら、司馬氏一族だけである。
陳寿が遠慮しなければならなかったのは、『三国志』編纂時の晋の皇帝武帝(司馬炎)であり、その基礎を築いた司馬慰仲達・司馬師・司馬昭らであり、特に卑弥呼との関係で考えれば、司馬慰仲達しかいない。
卑弥呼が亡くなったのは247年、仲達が亡くなったのは251年で、ほぼ同時期を生きた。
卑弥呼の死に関与した可能性があるとすれば、仲達である。

もちろん、『魏志倭人伝』に、卑弥呼と仲達の関係が記されているわけではない。
しかし、次のような流れがある。
・正始6年に難升米が登場する。卑弥呼の最初の朝貢の際の使節団長である。
・この難升米に、帯方郡経由で魏の軍旗が渡される。
・正始8年に、狗奴国との戦争が逼迫し、卑弥呼は帯方郡に使者を送り支援要請をしている。
・帯方太守は洛陽に赴きその旨を伝えると、皇帝は詔書と黄幢を張政に託し倭国に派遣した。
・張政は、それを卑弥呼ではなく難升米に渡して皇帝の命令を伝えた。

そして、突然「卑弥呼以死」である。
「詔書」の「詔」は、天子だけが使う命令を意味する語である。
正始8年の皇帝は斉王芳であるが、まだ17歳だった。
朝廷の実権を掌握していたのは、後見人の曹爽と仲達の2人だった。
東夷諸国の事情に詳しく、東夷経営で一日の長があったのは仲達だったから、卑弥呼の訴えに対して指示を出したのは、仲達であった可能性が高い。
その指示とはいかなるものだったか?

卑弥呼を退位させ、難升米を王とするような指示が書かれていたのではないか、というのが生野氏の想定である。
なぜならば、卑弥呼の死後即位した男王の名前が記されていない。
なぜ陳寿は口を噤むのか?

男王が立った結果、内乱が起こり1000人以上の死者が出た。
とんでもない事態となったのである。
それは倭国の国々の話し合いで、卑弥呼の親族の娘を王にすることにより収まった。

つまり、魏の倭国に対する内政干渉があった。
そして、それは大失敗であった。
表向きは皇帝の斉王芳の失政であるが、実際は司馬慰仲達であって、陳寿は正直に書きにくい。
卑弥呼は朝貢し、親魏倭王に任じられていたので、卑弥呼を退ける仲達の策の失敗は書くのを憚られて当然である。
とすれば、卑弥呼の死が唐突であり、死因が書かれていず、男王の名が記されていないことなどが「春秋の筆法」として理解できるのではないか、ということである。

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