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2009年10月25日 (日)

朱の効能

茶臼山古墳では、大量の朱が石室や木棺に塗られていて、200kg以上になるだろうと推計されている。
朱は、被葬者を邪気から守ったり、腐敗を防いだりする意味があったのではないかと考えられている。
先ごろ、発生期の古墳ではないかと報道された沼津市の辻畑古墳でも朱が検出されているが、どうやら使用量は茶臼山古墳の方が圧倒的に多かったようである。
2009年9月20日 (日):沼津市で最古級の古墳を発掘

邦光史郎『朱の伝説』集英社(9412)は、弥生人は、朱を燃える火に見立てて、火はものを清める浄化という効用をもつので、あらゆる不潔なものも、いったん火にさらすときれいなものに変わると考えた、と説明している。
奈良の枕詞とされる「あをによし」の「あをに」は、青と丹(赤)のことで、青と朱の2色が寺院に用いられた。
韓国の寺では今でも、青と赤で飾られているという。

日本では、神社の多くは、鳥居こそ朱色に塗られているが、他の部分は塗料が落ちて木肌になっている。
しかし、創建当時は、神社も寺院も朱や青で塗られていた。
中国の五行説では、「青、赤、黄、白、黒」が基本の色とされている。
中央を示す黄以外の4色によって四方を示す四神が表わされる。
青:青龍・東・春(青春)
赤:朱雀・南・夏(朱夏)
白:白虎・西・秋(白秋)
黒:玄武・北・冬(玄冬)

高松塚の壁画に、この四神図が描かれていて、それがさまざまな推論の根拠になっている。
2008年9月10日 (水):被葬者推論の条件…①古墳の築造時期
2008年9月21日 (日):地下の朝賀…梅原猛説
2008年9月22日 (月):反逆の皇子…梅原猛説(ⅱ)
2008年11月 2日 (日):小林惠子氏の高松塚被葬者論…⑨被葬者と築造者

都を定める場合にも、この四神思想による地相によって選定されたといわれる。
たとえば、平安京は、次のように四神相応している地だとされる。
北に山があり、東に川があり、西に道があり、南に池がある。
京都の場合、北に船岡山、東に鴨川、西に山陰道、南にはかつて巨椋池があった。
藤原京、平城京、長岡京の場合にも、この四神思想が影響しているという。

『丹後国風土記』の逸文に、私たちが、「浦島太郎」の昔話として知っている話が載っている。
丹後の国の与謝の郡の日置の里の筒川という村に、島子という人がいた。
雄略天皇の頃、この島子が船に乗って海で釣りをしていたが、三日三夜経っても、魚が釣れない。
しかし、五色の亀を釣り上げ、おかしなものがあるものだ、と思いつつまどろんでいるうちに、その亀が女性になって、島子は女性に常世の国に連れて行かれる。

昔話では、「助けた亀に乗って竜宮城へ行く」ことになっているが、それは室町時代の御伽草紙になってからの潤色らしい。
与謝の郡は、蕪村が滞在した地であり、以後与謝を名乗ったというから、蕪村が気に入った土地だったのだろう。
『丹後国風土記』の島子が釣り上げた五色の亀は、五行説にいう五色だということである。

茶臼山古墳のように、古墳の内部には朱が用いられていることが多いという。
物理的に、朱は防腐剤として機能していたようで、貴重品として扱われていたらしい。
しかし、邦光氏の上掲書によると、古墳の朱の産地については、ほとんどよく分からない、ということである。

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