八ツ場ダムの入札延期 その5.土地問題としてのダム
ダム建設の契機は水問題であるが、建設における最大の課題は、土地問題である。
ダム建設によって水没する地域に、生活している人が皆無だというようなことはあり得ない。
多かれ少なかれ、これらの水没地域の生活者は、移転を余儀なくされるわけであるが、その際に補償が行われる。
用地補償に対しては、代替地を要求されることも多く、事業者が代替地を造成するケースもある。
神奈川県の宮ケ瀬ダムの建設に際しては、建設省が、厚木市に、宮の里という住宅団地を造成している。
宮ケ瀬ダムの移転者数は281名に及んだが、宮の里の代替地に移転した被補償者は190名で、68%に及ぶ。 (http://wwwsoc.nii.ac.jp/jdf/Dambinran/binran/TPage/TPDYouti1k.html)
ダムの場合には、水没する土地が面として存在するため、そこで生活している人たちの間には、当然コミュニティとしての関係がある。
そのため、集団で移転することを希望することが多く、その要求に応えるためには、大規模な代替地が必要になってくる。
ダムの場合には、代替地の提供が行われることが多くなってきているが、用地補償においては、代替地の提供が事業者に義務付けられているわけではない。
「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」においては、損失の補償は、原則として金銭をもってする、と定められている。
権利者が金銭以外の方法による給付を要求した場合には、「要求が相当であり、かつ、真にやむを得ないものであると認められるとき」は、事情が許される限り給付するようんい努めるべし、という努力規定である。
土地収用法においても、損失の補償は原則的に金銭をもってするものとしている。
そして、土地所有者等は、補償金に代えて替地による補償を要求できるとし、その要求が相当であると認められるときには、収用委員会は起業者に対して替地の提供を勧告する等ができ、一定の要件のもとでは権利取得採決において、替地による損失の補償を裁決することができる、としている。
これらの基準の背景に流れている思想は、金銭補償によって損失はカバーできるはずだ、ということである。
しかし、市場経済化が進んだとはいえ、金銭ですべてが解決するものではないことは当然である。
先祖代々長く住んできた土地には、多分に精神的な要素が存在している。
「故郷」への思いは、金銭的に評価できない部分がある。
そういう意味では、損失の金銭的評価を、客観的に確定することは相当に難しいということになるだろう。
同様に、被補償者の要求の「相当」性の判断基準も曖昧なものとならざるを得ないだろう。
そもそも、損失補償の問題と生活再建の問題は、別の問題であって、重要なことは損失が補償されることよりも、生活が再建されるのか否かということである。
現実に、ダム建設の水没者などの場合、生活再建がままならないことが多かった。
そういう実態が明らかにされると共に、事業者の側も、生活再建へ向かって努力を傾けるようになってきているが、制度が対応していないので、八ツ場ダムのように、半世紀以上の時間が過ぎてしまうことになるわけである。
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