八ツ場ダムの入札延期 その2.官僚専権と公共事業
萩原好夫『八ツ場ダムの闘い』岩波書店(9602)に、「はしがきに代えて」ということで、経済学者の宇沢弘文氏が『官僚専権の弊害/新しい政治の流れを求めて』と題する一文を寄せている。
宇沢氏は、日本の経済・社会の現状(1996年当時)を、高速道路や新幹線、公共建造物などに代表される世界と、貧しい一般庶民の住居や環境破壊に代表される世界の対照によって特徴づけられるとする。
その対照は、戦後50年の間に形成され、ますます拡大・深刻化しつつある。
そして、その中心的な要因は、行政官僚、とくに中央官庁の上級官僚の強大な権限にある、としている。
これらの行政官僚群は、戦前・戦中を通じて、日本を悲惨な戦争に巻き込んでいった。
その同じ行政官僚が、ときとしては占領軍と手を組み、ときとしては占領軍からの指示を適当にサボタージュしながら、所属する官庁の権限と縄張りを拡大化し、強化してきた。
おそらくは、安倍晋三元首相の祖父・岸信介などは、その典型といえるだろう。
農商務省に入省した後、農商務省が商工省と農林省に分割されると商工省に配属された。
満州国の派遣され、産業部次長、総務庁次長などを歴任し、計画経済・統制経済を取り入れた「満州産業開発5ヶ年計画」を実施した。
満州国国務院総務長官を務めた星野直樹、関東軍参謀長の東條英機、日産コンツェルンの鮎川義介、満鉄総裁を務めた松岡洋右と共に、いわゆるニキ三スケと呼ばれた。
戦後は、A級戦犯容疑者として逮捕されたが、冷戦の激化に伴うGHQの方針転換により不起訴となり、釈放されて政治活動に携わる。
鳩山一郎と共に、日本民主党を結成し、幹事長に就任。
保守合同を主導して、自由民主党の幹事長に就任し、石橋湛山が病で倒れると、首相に就任し、60年安保の一方の主役となった。
岸信介は、まさに55年体制による自民党の長期政権構築の最大の功労者だった。
そして、自民党が政権を確保していた55年体制において、自民党は、各省庁の権限と縄張りを拡大・強化する役割を担ってきた。
岸信介こそ、官僚専権を体現した政治家だったということになる。
そして、官僚専権による公共政策、公共事業は、特定の官僚群、密接な関係を持つ個別企業・個別的産業、あるいは特定の利益集団に利益をもたらすものであって、本来の意味における公共性を欠くところとなった。
自民党、政府官僚、大企業を中心としたトロイカ体制の形成である。
官僚専権のもとでのトロイカ体制が、富の配分を不公正なものとしていった。
その結果が、上記の2つの世界の対照をもたらしたのである。
宇沢氏は、官僚専権を脱する動きが展開されようとしている、として、次のような事例をあげる。
1.成田空港問題における共生委員会の成立
2.八ツ場ダム計画における新しい町づくりへの動き
つまり、八ツ場ダムは、官僚専権の公共事業の代表例であり、かつそれを脱却する動きの代表例でもある、と位置づけられているということである。
それにしても、宇沢氏が新しい動きを指摘してから、さらに10年以上の時間が過ぎているということになる。
水問題の関係者の間では、八ツ場ダムは有名な存在であるが、一般国民にとってはどうであろうか?
八ツ場ダムは、工事がかなりの程度進行してしまっていることが、問題をさらに複雑にしている。
生活再建のために、既に移転してしまっている人たちのことをどう考えるべきか?
過去に投じられた巨額の税金をどうするのか?
ダム建設を契機に新しい町づくりをめざしてきた萩原さんたちの動きにどう対応するか?
そもそものダム建設の目的には、何らかの代替的手段が存在するのかどうか?
本体工事が中止という事態になれば、また新たな問題が噴き出してくる。
ダム建設は中止されることになるのだろうが、中止後の諸問題について、民主党の真価が問われることになるのではなかろうか。
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コメント
埼玉県知事 「民主党の公約そのものがルールを無視したもの。」
東京都知事 「基本的に建設反対に反対。7割もできているプロジェクトをやめる意味は、理解できない。」
立地予定の群馬県を除く周辺の1都4県の知事は、中止の際には支出済みの負担金約1500億円の返還を求めることで一致した。
投稿: 在日民主党 | 2009年9月19日 (土) 14時21分
在日民主党様
民主党の危うさについては多くの人が感じているところでしょうが、それでも圧倒的に多数の国民が、政権交代を求めたことも事実です。
政権交代の結果、マニフェストに基づいた政策の履行も当然のことでしょうが、もちろん、不都合な事態はその都度見直しをするべきでしょう。
八ツ場ダムについては、今後の補償のあり方が大きな争点だと思います。
投稿: 管理人 | 2009年9月19日 (土) 17時50分