「逝」と「行」/「同じ」と「違う」(8)
藤村由加『額田王の暗号』新潮社(9008)は、額田王の「茜さす」の歌の表記に対する疑問から話を展開していく。
普通、私たちは、次のような表記で、額田王の歌を鑑賞している。
あかねさす紫野行き標野行き野守りは見ずや君が袖振る (1-20)
「あかねさす」という全体の情景の美しさ、「紫野行き標野行き」と畳み掛けるような韻律の心地よさ。
例えば、受験参考書でその名前の記憶がある保坂弘司さんの、『声で読む万葉・古今・新古今』学燈社(0701)の「鑑賞」は以下のようである。
自分に思慕の情を示してそでを振る皇太子に、一方では心ときめかしながらも、一方ではその大胆なしぐさを見とがめられることを懸念している作者の複雑な女ごころが、切実な実感として伝わってくる。「むらさき野行き標野行き」という繰り返しに、思慕の心やみがたく、ゆくゆくそでを振る若い皇子のいちずな姿が、生き生きと描きだされている。
私は、この「思慕の心やみがたく」から、「恋心、なりやまず。」というコピーの入った魅惑的な「風の盆」のポスターを連想してしまう。
http://www.city.toyama.toyama.jp/yatsuo/nourin/owara/poster/owara_1993.jpg
越中八尾の「風の盆」のポスターは、高橋治『風の盆恋歌』新潮社(新装版0306)を意識したものが多いのでないだろうか。
その効果で、多くの観光客を惹き付ける効果を持っているのだろう。驚くべき人出である。
それはともかくとして、額田王の歌については、まず保坂氏のように鑑賞するのが定番的なところだろう。
私もそういう解釈で納得してきたが、定番的な解釈は時代と共に変化してきてもいる。
2009年9月23日 (水):蒲生野の相聞歌の解釈-斎藤茂吉と大岡信
解釈の重要なポイントが表記の仕方にあることは論を俟たない。
この歌の表記は、いわゆる万葉仮名の典型であろう。
茜草指武良前野逝標野行野守者不見哉君之袖布流
藤村由加さんが着目したのは、「逝」と「行」の使い分けであった。
もちろん、知る人は知っていることであるが、「藤村由加」は、佐「藤」まなつ、北「村」まりえ、榊原「由」布、高野「加」津子という4人の女性の名前から1字ずつとって作ったペンネームである。
上掲書では、平均年齢28歳で、韓国語・中国語をはじめ9ヶ国語に通暁する、と紹介されている。
私は、かつて、『万葉集』が韓国語で読める、というような説が流行した頃、キワモノ的な印象を持っていた記憶がある。
そもそも、その頃は古代史に対する関心なども薄く、『万葉集』などを手に取ってみることもなかったので、単なる感想としてではあるが。
しかし、白村江の敗戦後、百済を初めとして、朝鮮半島から多くの移入者があり、その人たちが書き言葉としての日本語の成立に大きな役割を果たしたらしいことを知るにつけ、『万葉集』の特に初期の表記には、韓国語の影響が大きい可能性も十分あり得るだろうと考えるようになった。
上掲書に戻る。
なぜ、武良前野(むらさきの)には「逝」が使われ、標野には「行」が使われているのか?
逆も可だったのか?
額田王の真意は、このような文字の使い分けに関係しているのだろうか?
ものごとの「同じ」と「違う」をどう認識するかは、思考のもっとも基礎的な要素だと考えられる。
これまでも、いくつかの例を取り上げてきた。
2009年8月 8日 (土):「同じ」と「違い」の分かる男
2009年8月14日 (金):「同じ」と「違う」(1)熱と温度 その1.熱容量と比熱
2009年8月17日 (月):「同じ」と「違う」(1)温度と熱 その2.水の特異性
2009年8月18日 (火):「同じ」と「違う」(2)ギラン・バレー症候群と砒素中毒の鑑別診断
2009年8月24日 (月):「同じ」と「違う」(3)大川隆法と田母神俊雄
2009年8月26日 (水):「同じ」と「違う」(1)熱と温度 その3.熱伝導率と熱拡散率
2009年8月27日 (木):「同じ」と「違う」(1)熱と温度 その4.熱伝導率と熱拡散率(続)
2009年8月28日 (金):「同じ」と「違う」(4)さまざまな「戦後」
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