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2009年9月17日 (木)

八ツ場ダムの入札延期 その6.華山謙さん

萩原好夫『八ツ場ダムの闘い』岩波書店(9602)の中に、個人的に胸が痛くなるような思いのする故人が2人登場する。
東京工大元教授の華山謙さんと、(社)日本能率協会や(財)都市調査会等のシンクタンクで活躍した奈良忠さんである。

華山さんは、ダムの補償問題からスタートし、環境政策における合意形成など、幅広い分野で活躍していた学者だったが、1985(昭和60)年のクリスマスの夜に、46歳の若さで自ら命を絶ってしまった。
私は何回か少人数で話を聞く機会があり、そのプロセスで知り得た人柄と識見について、深く尊敬していた。
まさに知・情・意を兼ね備えた人であったと思う。

主著は、『補償の理論と現実 ダム補償を中心に』勁草書房(1969)で、ダムの水没者をフォローして、その実態を明らかにした。
いささか古い資料ではあるが、『ジュリスト増刊総合特集23・現代の水問題-課題と展望』に収載されている「水没補償と生活再建のあり方」という論文を見てみよう。
華山さんの問題意識は、ダム建設は上流地域に犠牲を、下流地域に受益をもたらすが、この利害対立を円滑に調整する手段が欠けており、新たな調整の仕組みが必要ではないか、というところにある。

華山さんは、補償問題には次元を異にする3つの課題があるとする。
第一は、起業地の範囲内において、そこで従前生活していた人々の生活をどのようにして再建するか、という課題である。
第二は、起業地の周辺に住む人々に対して、事業が及ぼす悪影響をどう補償するか、という問題である。
第三は、事業によって被害を受ける地域と利益を受ける地域との格差の問題である。言い換えれば、開発利益をどう還元するかという問題である。

第一の生活再建の問題は、ダム建設が、水没者の財産の一部を取得するものではなく、全生活の根本的変更を求めるものであり、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」では、十分な解決を得ることができないところに問題の原因がある。
ダムの起業者は、補償を財産権に対するものと考え、個々の物件に対して補償額を計算しようとするが、被補償者は、受け取る金額で生活の再建を図らなければならない。
被補償者は属人主義、起業者は属物主義の立場ということもできる。

ダムの場合、水没者の大部分は下流平野に移転する。
貯水池周辺は、地形の制約等から移転が困難であるからである。
そして、取得される土地の評価額は、水没予定地の近傍類地の取引価格を基準としており、その単価は一般に下流部に比べて低廉であるから、補償金で下流地域で土地を取得することは困難になる。
この問題は、生活権補償の観点から、下流部での宅地取得が可能な補償額を払うか、宅地に対する補償額を近傍類地を基準にするのではなく、下流平野部の類地を基準にするかしないと解決しない。

長年住み慣れた土地を離れることは、大きな精神的負担を強いられるものである。
しかし、この精神的負担は定量的に評価することが難しく、社会生活上受忍すべきものとされている。
上記の「要綱」にも精神補償の項目はないが、現実には、下流感謝金などを名目として、各戸に支払われる金額がある。
これは、現実に、被補償者の受ける苦痛が、社会的受忍の範囲を遙かに超えるものであることが共通認識になっているためである。

第二の事業損失についてはどうか?
事業損失とは、工事の期間中に起こる騒音や振動の問題、工事完成後に起こる電波障害や日照の問題、移転に伴う人口減少の問題等である。
この問題は、起業者の責任範囲をどう捉えるか、ということに帰着する。
起業者が故意または過失があれば賠償の責任があるとするものを過失責任論、故意または過失がなくても、損害の実態が相当の因果関係を持つものであれば責任ありとするものを無過失責任論とすれば、「要綱」は過失責任論の立場に立っている。
事業損失については、その損失の実態を厳密に把握し、損失と事業との関係に相当の因果関係が認められるならば、無過失責任論の方が妥当性を有すると考えられる。

第三の開発利益の還元についてはどう考えるべきか?
公共投資は、公平・公正の観点と効率の観点を両立させることが求められる。
しかし、多くの場合、この2つの観点は両立しない。
ダム建設の開発利益の還元について、公平・公正性を優先しようとすれば、従前より上流域への還元を増やす方向になるだろうし、効率性を優先しようとすれば、人口の稠密な下流域への還元額が大きくなる。

華山さんが亡くなられて既に20年以上の時間が過ぎている。
華山さんの提起された問題に対して、もっと速やかな対応がなされていれば、八ツ場ダムもここまでこじれなかったと思われる。
それにしても、政権交代が実現し、地域主権をどう具現化していくかが問われている現在、華山さんが生きていれば、と考えるのは私ばかりではないだろう。

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