富士山学の可能性
富士山に降った雨や雪が、山麓の水とどのような関係にあるかを追求するのが、いわば「富士山の水文学」ということになる。
それは、もちろん自然科学としての一分野である。
土隆一『富士山の地下水・湧水』では、富士山の地下水、湧水の特徴を以下のように総括している。
1)水量が豊富なこと
2)水温は12~15℃と平均気温よりやや低いほぼ一定な低温であること
3)よく濾過されあためか鉱物資源がほどよく溶け込んで美味しいこと
そして、長年月の間溶岩層間に蓄えられ、高さによる水圧で湧き出す被圧地下水であることから、何年間もの降水量の平均的な水圧で押し出されることになるので、少雨が2~3年続いても減少しないし、大雨の年が続いてもそれほど変化しない。
つまり、水害などは滅多に起こらない。
小浜池や柿田川の湧水量の減少は、黄瀬川・大場川流域水循環システム対策協議会の報告書を見ても、流域の地下水利量と湧水量を加えたものは毎年ほぼ一定であること、年末・年始に湧水量が一時的に上昇することなどから、地下水利用量の増加によることは明らかである、としている。
同じ溶岩流の中であれば、上流側と下流側は互いに水圧でつながっているので、どちらで取水しても圧力が減る点では同じである。
湧水・地下水の利用に際しては、こういう事情を勘案して、より一層上下流で協力し合うことが必要である、というのが土論文の〆の言葉である。
このように、富士山の地下水・湧水は、流域の人間にとっての大きな恵みである。
しかし、もちろん富士山と人間との係わりは、水に限られるものではない。
山梨県に都留市という地方都市がある。
人口が約3万5千人ほどの、標高約500mの山あいの小都市である。
この小都市にある都留文科大学は、1953(昭和28)年に設立された教員養成大学として知られる。
文学部だけの単科大学であるが、市の人口の約10%近くの約3200人の学生が在籍している。
この都留文科大学で、昨年から「富士山学」という講義が行われている。
講座開設を伝える新聞記事である。
富士山の自然、文化を講義だけでなく、ごみ拾い体験などを通じて総合的に学ぶ履修科目を山梨県都留市の市立都留文科大が4月から導入する。
世界文化遺産登録を目指す富士山の自然再生に貢献できる人材育成を目指すと同時に、「富士山学」として定着させるのが狙いだ。
同大は文学部のみの単科大学で、富士山学は4月9日に始まる社会学科新2年生向けの専門科目「環境教育・教育創造」として導入される。
専任教授には、富士山の環境保全活動に23年間携わってきたNPO法人「富士山エコネット」(山梨県富士河口湖町)の渡辺豊博事務局長(57)を迎える。動植物や地質などの自然や温暖化に伴う変化などの環境問題だけでなく、富士山信仰など歴史文化を学ぶ90分講義を15回行う。また、ごみ拾い体験のエコツアーのほか、森づくりなどの実践者から環境再生手法を聞き、富士山再生の手立てを考える。
渡辺事務局長は「日本の環境問題が集約されている富士山での実践活動を通して、『富士山学』という新しい学問を確立させたい」と意欲を見せている。 (2008年3月31日 読売新聞)
上記記事中の渡辺豊博氏は、地球環境大賞を受賞した三島市のNPO法人の事務局長も務めている。
09年4月24日:水の都・三島と地球環境大賞
また、エジプト学で知られる吉村作治さんが学長を務めるサイバー大学でも、「自然環境を守る」という講義を開講している。
サイバー大学での学生へのメッセージの一部を引用する。
多様な知識の習得は、社会や環境の複雑性と重層性、困難性を学ぶことができます。新たな情報の集積は、社会を広角的・包括的に考え、改革していくための基盤になるものです。今まで何気なく見ていた、いろいろな物事の根底に隠されている真実や不思議、因果関係などが、今までよりはすっきりと理解できるようになります。私からの情報提供の原資は、現場から発信されたものであり、現実的な課題です。富士山の環境問題、地域でのまちづくり、合意形成にしろ、現実的な社会問題を投影したものであり、臨場感の高いものだと考えています。
観念論ではなく、フィールドに出て、行動しながら考えよ、ということだろう。
同感である。
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