過失論と予見可能性
JR西日本福知山線の脱線事故で、神戸地検は、JR西日本の山崎正夫社長を業務上過失致死傷罪で在宅起訴した。
安全対策の最高責任者の鉄道本部長(常務)時代、事故が起きる可能性を予見できたのに、現場カーブに新型の自動列車停止装置(ATS)の設置を怠った過失があると判断したことによる。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090709AT1G0802Q08072009.html
刑法において、原則的に、罪を犯す意思がない行為は、罰しないと定められている。
第38条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りではない。
もちろん、福知山線の事故が故意に行われたはずはない。
しかし、結果の重大性をみても、何ら罪に問われなくていいのか、という疑念は社会的な感情論としてもあるだろう。
業務上過失致死傷罪については、刑法に特別の規定があり、第38条の既定の「この限りでない」の条件に該当する。
第211条 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁固又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
問題は、JR西日本の幹部らが現場で事故を予測できたかという「予見可能性」の有無である。
神戸地検は、現場カーブにATSがあれば事故を防止できたと判断。その上で、平成8年12月に半径600メートルから304メートルに付け替えた際、緩いカーブから急カーブに付け替える工事は異例で、さらに完工の直前にJR函館線で、同様のカーブを速度超過で走行した貨物列車が脱線する事故が発生していたことを重視した。
山崎社長は社内会議で「ATSがあれば(函館線の)事故は防げた」との報告を受けており、危険性の認識があったと結論づけた。
業務上の過失は、一般の過失よりも重い。
それは、業務者には特に重い注意義務が課せられているから、という考え方と、業務者は注意能力が高いので、同一の注意義務に違反しても逸脱の程度が高いから、という考え方がある(前田雅英『刑法総論講義』東京大学出版会(第2版9402))。
もちろん、業務上の過失だけでなく、過失に罰が科せられることがある。
その場合、注意義務違反が存在することが前提といわれる。
注意義務違反とは、「意識を集中していれば結果が予見でき、それに基づいて結果の発生を回避し得たのに、集中を欠いたため結果予見義務を果たさず、結果を回避し得なかったこと」とされる。
結果予見義務が課されるためには、結果を予見することが可能であることが条件になる。
上掲・前田書では、下図のように説明されている。 つまり、違法であっても、予見不可能な事象であれば(図のbの部分)、責任は問われず、処罰すべきではない、という考え方である。
JR西日本の山崎社長側は、事故の発生は予見できないものであり、処罰に問われるものではない、と主張している。
水俣病の場合にも、チッソは、水俣病の発症は予見不可能であったと主張した。
予見可能であったか否かは、当該人の予見能力による要素もある。
業務者は、一般人よりも予見能力が高く、したがって責任の範囲も広い、と考えるべきであろう。
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コメント
「予見可能性」「回避可能性」を検索していて、ここに辿り着きました。
初めまして、井本雅利と申します。63歳です。
実は「求職者支援法」という裁判をしています。平成24年9月14日~平成25年4月26日まで6回の審理を経て、遂に結審しました。
この裁判は、国が、「就活してもなかなか働き口が得られない経済的困窮者に手に職を付けさせ、早期の就業に繋げようとするもの」で、根拠法は「求職者支援法」にあります。
ところが、国が訓練講座を民間の企業に委託するため、定員割れが起きると、さっさと民間訓練校が中止する。実際には6割くらいしか訓練講座を受けられない。当方もそのひとりです。そこで、次のような訴えの趣旨で提起した次第です。
人は誰しも年をとり、ある日突然、障害者にもなり得る。そして勤め先が潰れることもあれば、卒業しても就職できなかったりもする。ある意味それが機会均等である。本法はそのための恒久立法である。人は誰しもがそういう事態に遭遇しないとはいえない。 そしてそれは、国民誰しもに云えるのである。
判決は、4月26日に出ます。
控訴に備え、アドバイス等いただければ幸いです。
投稿: 井本雅利 | 2013年3月17日 (日) 12時41分