水俣病患者の救済について
水俣病未認定患者救済の特別措置法案が、衆議院で可決され、早ければ8日にも参院で成立の見込みだという。
救済の対象を、現在の「四肢末梢の感覚障害」に加え、民主党が主張していた①全身性の感覚障害、②口の周囲の感覚障害、③舌先2カ所の感覚障害、④視野狭窄の4つの障害を加えて、救済範囲を広げる。
しかし、現在救済を求めている人は約3万人いて、約2万人はこの範囲に入るが、それでもなお約1万人は対象外ということになる。
救済の方法は、一時金を支給することなどで、金額は与党が150万円、民主党が300万円を主張している。
斉藤環境相は3日の閣議後記者会見で、一時金の額や救済対象となる症状の診断方法などについて「関係議員や被害者団体と相談していく」と述べ、法案成立後に、救済策の具体化を急ぐ考えを示した。
水俣病は、1956(昭和31)年に熊本県水俣市で発生が確認されたことから、その名前が付けられた。
発生の確認から既に50年以上の時間が過ぎている。
当然のことながら、症状に苦しみながら亡くなられた人も少なくないし、被害者の高齢化も進んでいる。
早期救済を図るべきことは当然で、その道が開けたことについては一定の評価をすべきだろう。
水俣病の病像をどう捉えるかについては論議があるが、Wikipedia(09年6月13日最終更新)では次のように記されている。
水俣病はメチル水銀による中毒性中枢神経疾患であり、その主要な症状としては、四肢末端優位の感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、聴力障害、平衡機能障害、言語障害、振戦(手足の震え)等がある。患者には重症例から軽症例まで多様な形態が見られ、症状が重篤なときは、狂騒状態から意識不明をきたしたり、さらには死亡したりする場合もある。一方、比較的軽症の場合には、頭痛、疲労感、味覚・嗅覚の異常、耳鳴りなども見られる。
従来、救済の対象は、重篤な患者に焦点があてられ、したがって限定的なものとならざるを得なかった。
今回はより軽症的・慢性的な患者も対象になるわけで、一歩前進であることは間違いない。
しかし、全面解決とするにはほど遠いというべきだろう。
今回の法案のポイントの1つは、原因企業であるチッソを持ち株会社(親会社)と事業会社(子会社)に分け、親会社が得る株式の配当や売却益を補償費用に充てることになっている。
問題は、補償支払いが完了した後に、子会社を存続、親会社は清算されて解散することになるという。
補償支払いが、完全に被害を償うものであるならば、責任会社を解散してしまってもいいかも知れない。
しかし、完全に被害を償うことなどあり得ない。
過去の時間は取り戻せないし、一時金の額も十分なものなどとは言えないからだ。
被害が拡大したことについて、チッソの責任が大きいことは当然である。
私も化学会社に在籍したことがあるから、他人事ではないのだが、明らかにチッソからの廃液が原因物質であることが明確だと推論される段階になっても、それを認めようとしなかったことの責任を、化学会社は教訓とすべきであろう。
現に、後に新潟県で昭和電工からの廃液によって、新潟水俣病あるいは第二水俣病と呼ばれる被害が発生している。
チッソの責任に加えて、国の不作為が、被害拡大をもたらしたことも改めて指摘するまでもない。
今回の法案では、「水俣病被害の拡大を防止できなかったことについて、政府の責任をみとめ、おわびする」ことが盛り込まれている。
この「おわび」をどう具体化するのか?
患者の中には、今回の法案は、患者の救済ではなく、(分社化による)チッソの救済ではないか、という怒りの声もあるという。
また、加害者の一部でもある国が決めた、という反発もある。
水俣病患者は、自身の身体に被った被害だけでなく、偏見や差別という被害も受けてきた。
そういう事情から、患者認定を申請してこなかった潜在患者もいる。
今回の法案成立で、最終決着などではない。
あくまで一時的な対策と位置づけるべきだと考える。
政府の「おわび」は、恒久的な対策を講じる「しくみ」を整備する形で具体化していくべきではないだろうか。
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