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2009年7月29日 (水)

湧水量の減少の原因と影響

『どこに消えたか三島の湧水』(三島自然を守る会)のサイトにより、三島における富士山湧水の減少経過を追ってみよう。

1954(昭和29)年11月、三島商工会議所は、地域経済活性化のために、野戦重砲連隊跡地に自衛隊砲兵連隊を三島市に働きかける動きをみせた。
そのような状況の中で、東レの三島工場進出話が持ち上がったのだった。
三島市当局は、誘致運動に対し積極的で、東レの三島進出に対して数々の特典を与えた。
当時においては、ごく自然な地域振興策だったといえよう。
しかし、不思議なことに、三島自然を守る会の契約書開示要求に対し、三島市、長泉町、静岡県のいずれも契約書の原本を保管していないという返事だった。
ただ、当時の長泉町助役の個人的な文書綴りの中に、コピーが残っており、それを当時の記事と照合したところ、原本と同一であろう推定できる、というのが同会の判断である。

三島の水は冬場は減少する。それが田植頃には湧いてくるといわれ、小浜池の水位も、例年2~3月頃が最も低く、4月から増水に展示、6月には満水になるというパターンであった。
東レの生産量増大に対応して揚水量も増えていったが、それと反比例して三島市内の湧水は減少し、小浜池の水位も低下していった。
1962(昭和37)年3月26日には、はじめて小浜池が完全に枯渇した。5月になってもカラカラの状態が続き、湧水を農業用水に利用している下流の中郷地区住民は死活問題であるとして、一時的に揚水をストップさせることを三島市に申し入れた。

1965(昭和40)年1月4日には、中郷地区農民約600人が小浜池のセリの瀬で、三島地区生活用水確保住民大会を開催し、損害賠償を求めて、耕運機40台を連ね、のぼり旗を立てて東レ三島工場までデモ行進した。
1月末に、東レは地域社会との摩擦を避けるため静岡県に、工業用水の供給を受けられるよう要請した。
東レと農民との話し合いにより、東レの冷却水の排水を源兵衛川に導入し、中郷地区等三島市南部の農業用水として使用することに合意した。
源兵衛川は、現在は親水環境として知られており、2008(平成20)年度に、環境省の認定する「平成の名水百選」に選ばれると共に、フジサンケイグループが主催する「地球環境大賞」の「環境地域貢献賞」を受賞している。
09年4月24日:水の都・三島と地球環境大賞
4月27日に、三島市は水不足非常事態宣言を出したが、その後上流の裾野市伊豆島田に三島市営水道水源を完成させ、給水を開始して危機を脱した。

果たして、三島市内の富士山湧水の減少、小浜池の水位低下の原因は、東レの揚水にあると特定していいだろうか?
東レに三島進出を勧めたのは、地下水研究者の蔵田延男氏であった。
蔵田氏は、当時、湧水量の減少は、富士山の降水(雪)量減少が原因であるとした。
1962(昭和37)年頃は、実際に積雪が少なかったことは事実である。
静岡県の調査では、「枯渇の原因ははっきりしない」とされたが、三島市の依頼した調査では、湧水減少の原因は、「三島周辺の工業化(=東レを示唆)」による人為的要因であるとしている。

ところで、東レ誘致の経済効果はどうであっただろうか?
東レからの税収は、長泉町が圧倒的に多く、三島市は他の事業者に比べても小額であった。
従業員の現地採用も、事前の説明と比べるとはるかに少なく、東レの従業員の多くが北陸や東北の出身者であった。
結果的に、東レ誘致の経済効果は、負担に比べて小さなものと評価せざるを得ず、三島市議会でも問題とされるところとなった。

東レの操業による地下水湧出量の減少は、三島市民に、工業用水の取水による環境変化を実感させることになった。
1962(昭和37)年8月に、新産業都市建設促進法が施行された。
静岡県は、沼津・三島地区の新産業都市指定を目指したが、指定から漏れ、同地区は東駿河湾工業整備特別地区となった。
静岡県は、東京電力、富士石油、住友化学等による石油化学コンビナート計画を策定し、工業用水として柿田川湧水を利用するとした。
これに対し、三島市、沼津市、清水町の住民が強力な反対運動を展開し、ついに計画断念に追い込んだ。
わが国の工場立地、住民運動史における一大転機となるものであった。
09年2月28日:全日空M資金事件

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