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2009年6月30日 (火)

天皇の金塊(5)…「金の百合」と国際金融相関図

どうも関心があちこちに移ってまとまりがないが、6月4日の項の続きである。
高橋五郎『天皇の金塊』学習研究社(0805)によれば、旧日本軍がフィリピン山中に隠した財宝を探り当てたロジャー・ロハスは、マルコス元大統領に、その財宝を奪われてしまう。

フィリピンの宗主国はスペインだったが、高橋氏の義父を自称するベラスコは、カトリックとスペイン語が支配する諸国を動き回った第二次大戦時のスパイだった。
マルコス元大統領に財宝を奪われたロハスは、1970年代末から80年代初頭にかけて、復活の日を待ち続けたが、その頃高橋氏は、マドリードのベラスコのアパートに入り浸っていた。
ベラスコは、日本が真珠湾を攻撃した2週間後から、日本政府の要請でスパイ活動に臨んだナチスの諜報機関員だった。

高橋氏が入り浸っていたマドリードのベラスコの家には、南米に逃亡したナチス・ドイツの高官のマルティン・ボルマンとアドルフ・アイヒマンが潜伏していた。
南米はベラスコのホーム・グラウンドだった。
カトリック教徒がスペイン語で暮らすアルゼンチンは、ベラスコが幅を利かした国で、ナチス亡命者が競って逃亡先に選んだ。
ボルマンとアイヒマンも、そのアルゼンチン・チャンネルで逃避したのだ。
アルゼンチンのファシスト独裁者ファン・ドミンゴ・ペロンは、ムッソリーニ崇拝者で、ベラスコのスパイ網に所属した1人だった。

ペロンは、ドイツの敗戦直前の1945年3月27日に連合国側に寝返った。
ベラスコがペロンに渡した秘密工作資金は、ナチスと日本政府が出所だった。
アルゼンチンは、ナチスが略奪した金塊財宝類や美術骨董品類の集荷先だった。
元ナチス党員が、旅客機、貨物船、潜水艦で運び込んだものである。
ベルリンから搬出した金塊財宝類をアルゼンチンで荷受管理したのがペロン夫妻だった。

ベラスコは、バチカンもホーム・グラウンドの1つだった。
上掲書によれば、バチカンとシチリア・マフィアは、正反対の行動を実践する組織だが、表裏一体の関係にある。
バチカンは、「物事には合法的に臨むべし、美徳を何よりも尊重すべし」を信念とし、シチリア・マフィアはその反対である。
表向きは、水と油であり、まじめで敬虔なカトリック信者にとっては、見たくも知りたくもないコインの裏面が、シチリア・マフィアだった。
社会にはダブル・スタンダードがある、というのがベラスコの説明である。

そのコインの表と裏を繋ぐのがマネーである。
イタリアの総統ムッソリーニの著書印税は、スイスのクレディスイス銀行のチューリッヒ支店に開設されたムッソリーニの個人口座に振り込まれている。
ヒトラーの印税も、スイスユニオン銀行のベルン支店に設けられたヒトラーの(代理人管理)の口座に支払われている。
昭和天皇は、真珠湾攻撃の直前に、バチカンの付属金融組合に4500万米ドルを寄贈して、終戦のための調停を依頼していた。
天皇の資金は、連合国が支配管理するスイスの銀行に振り込まれ、移動を繰り返していた。
つまり、資金の銀行移動は、戦争とは無関係だった。
地中に埋没されている「金の百合」も、銀行振り出しの小切手(預手)に換えて銀行実務の流通に乗れば、相当額の金額が流通する。
それが信用創造である。

上掲書には、国際金融の相関図が示されている。
何となく、高野孟『M資金-知られざる地下金融の世界』日本経済新聞社(8003)に示された「金融地下帝国」の関係図を思い出させる相関図である。
09年5月3日の項:金融地下帝国とM4の世界
2

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