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2009年6月15日 (月)

茶臼山古墳の巨大な丸太垣

奈良県立橿原考古学研究所は、12日、桜井市の桜井茶臼山古墳で、巨大な丸太をすき間なく建ち並べた跡を発見したと発表した。
茶臼山古墳は、磐余の地に接した初瀬川の左岸にあり、墳丘長207メートル、前方部が柄鏡形をしている柄鏡式古墳である。
6_22_20古墳時代初期の内でも比較的新しいものであり、箸墓に続いて造営された巨大な前方後円墳である。
初期大和政権の大王級の墓とされている。
先日、箸墓の築造年代が、卑弥呼の死亡年代と重なることが発表され、大きな反響を呼んだばかりであるが(09年5月29日の項)、古墳時代前期の実態について、論議が活発化しそうである。
写真は、http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090612/acd0906122049004-n2.htm
図は、http://www.asahi.com/culture/update/0612/OSK200906120102.html

2_172_15 橿考研によれば、丸太の本数は約150本で、被葬者を安置した石室の真上部分である。
古墳から木造構造物跡が出土したのは初めて。
石室の神聖さを守る「結界」の役割や、死者を弔う祭礼の館の可能性があるという。
方形壇の周囲4カ所から幅約1mの溝が見つかり、いずれにも丸太がすき間なく並んだとみられる柱穴(直径30cm)が計10個あった。
柱が埋め込まれた深さは1.3mで、通常はこの2倍程度が地上に出るとされる。
つまり、地上高2.6mの柱が「丸太垣」として、方形壇を四角に囲っていたと推測される。
橿考研の寺沢薫・総務企画部長は「初期大和政権の大王墓級の古墳の実態はまだよく分らないが、神聖な場所である埋葬施設を外部と遮断して結界し、邪気が入ってこないようにしたのだろう」と語っている。
図は、http://www.asahi.com/culture/update/0612/OSK200906120102.html

また、調査を担当した岡林孝作・同研究所付属博物館総括学芸員は、「王の偉大さに対する恐れがあったのだろう。何が何でも死者の魂を封じ込めたい、という強い思いが伝わってくる」と話し、石野博信・香芝市二上山博物館長(考古学)は柱列が垣の痕跡ではなく、屋根のある建物の壁だったのではないかと考える。「垣根ならこんなに深く柱を埋める必要はない。古代中国には『死者の魂は建物に宿る』とする思想がある。ホケノ山古墳(桜井市)の木槨(もっかく)には屋根があった可能性を示す柱があるし、勝山古墳(同)でも周濠(しゅうごう)から建築部材が出ている」と指摘する。
http://mainichi.jp/photo/archive/news/2009/06/12/20090613k0000m040091000c.html

同古墳は1949~50年に発掘調査されたが、竪穴式石室の構築法などの解明を目指し約60年ぶりに今年1~3月に再調査されたもの。
当時調査にかかわった森浩一さん(同志社大学名誉教授)は、1949年8月11日、三重県に向かう列車の車窓から外を眺めていたら、巨大な古墳が目に飛び込んできた、という。
翌日、古墳に向かい、長く伸びた前方部の上を歩きながら、「こんなに大きな古墳がまだ奈良にもあったんやと思うと、頭がジーンとした」と、思い出を語っている。
後円部で、地中にあるはずの石室の天井石が露出しており、保存のため急いで調査する必要があると考え、後に、橿原考古学研究所長になる故末永雅雄博士に報告し、2カ月後の10月から発掘調査が始ったという。
http://mainichi.jp/area/nara/news/20090613ddlk29040464000c.html 

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