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2009年5月24日 (日)

盧武鉉前大統領の自殺

韓国の盧武鉉前大統領が自殺したという衝撃的なニュースが飛び込んできた。
韓国は、日本に比べて政争が激しく、議論なども熱しやすいという印象がある。
しかし、盧氏は、2002年の大統領選で勝利し、2008年まで大統領を務めた。
ついこの間のことと言ってもいいだろう。
盧氏は、不正資金疑惑で韓国最高検察庁の捜査を受けていたという。
報道されている内容は以下のようである。

盧武鉉前大統領が、自宅付近の山を登山中、転落して死亡した。側近によると、遺書があり、自殺だったという。
盧武鉉氏は、収賄容疑で最高検察庁の事情聴取を受け、近く在宅起訴されるのではないかと見られていた。夫人と、実兄の娘婿が有力後援者から計600万ドル(約6億円)の外貨を受け取った疑惑に直接関与したとの疑いである。
その最中の突然の死だ。収賄疑惑が関係したに違いあるまい。パソコンに打ち込まれていたという遺書に、「私のせいで人々が受けた苦痛はあまりにも大きい」「小さな石碑を残してほしい」など、心情がつづられていたようだ。
それにしても、なぜ命を絶たなければならなかったのか。
盧武鉉氏は、先月末の10時間に及ぶ事情聴取の際、「カネの授受を知らなかった」と述べて収賄容疑を否定したとされる。
検察当局は前大統領の死を受けて捜査の打ち切りを決め、盧武鉉氏にかけられた疑惑の全容は解明されずに終わることになった。
だが、どうにも説明のつかない不明朗な巨額のカネを家族が受け取った事実は残る。
人権派の弁護士で能弁家で知られた盧武鉉氏も、家族の罪状までは弁解のしようがなかったろう。面目なさと後ろめたさにさいなまれ、精神的に相当追い込まれていたのかもしれない。
盧武鉉氏の悲劇は、韓国の“政治文化”の所産とも言える。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090523-OYT1T00997.htm?from=y10

韓国では、歴代大統領が暗殺されたり、逮捕されたりする例にこと欠かない。
李承晩:1960年の学生革命で失脚し、ハワイに亡命
朴正熙:在任中の1979年に、側近のKCIA部長金載圭によって射殺
全斗煥:退任後に、光州事件や不正蓄財などで無期懲役の判決
盧泰愚:収賄容疑で逮捕、懲役17年の判決
金泳三:不正融資で次男らが収賄容疑で逮捕
金大中:斡旋収賄容疑で息子2人が逮捕

まことにすさまじいという感じが否めない。
厳しい政治的な対立、権力の集中度の高さ、血縁中心主義などが背景にあるといわれる。
盧武鉉前大統領の場合は、在任中の金銭疑惑によって捜査が続けられていたが、全斗煥や盧泰愚などのように、財閥企業からの巨額政治資金容疑ではない。
家族や親戚が、以前から知り合いの業者から金銭的支援を受けていたもので、相対的には悪質性は低いという評価もある。

縁故主義というのは確かに強いのだろう。
10年以上も前のことであるが、私の所属していた企業も、韓国企業とアライアンスを組んで、ある新規事業を企画したことがあった。
その頃も、青瓦台とパイプがある、などということが言われていた記憶がある。
「法よりも人情」ということらしい。

盧武鉉氏は、初の戦後生まれの大統領として、若い世代を中心に、大きな期待を集めた。
しかし、イメージと実像との間に、大きな乖離があったということだろう。
反米的な言動だったにもかかわらず、自分の子供はアメリカに留学させ、しかも業者からの「包括的ワイロ」の一部が、子供たちに送られ、豪華マンションの購入資金に使われていたと疑われていた。
高卒の人権派弁護士つぃて、庶民の味方を売りにしていたが、夫妻ともども業者から高価な時計などをプレゼントされていたという。

それにしても、自殺するまで追い詰められていたとは思わなかった。
わが国でも、年間3万人以上が自ら命を断つ、という状況が続いている。
遺書の中に、「余生も他人の荷物となるしかない。」という言葉があった。
これからの人生に望みを失ったとき、人は自ら死を選ぼうとする。
しかし、「生きていれば、いいこともある」ということではなかろうか。

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