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2009年5月19日 (火)

虚業とは何か?

詐欺と似て非なるものに、虚業と呼ばれるものがある。
詐欺は、最初から人を騙す意図があることが要件であるが、虚業には必ずしもそのような意図があるとは限らない(09年5月4日の項)。
それでは、虚業とは何か?

一般的な意識として、「堅実でない事業」を指して虚業と呼ぶことが多い。
しかし、山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)は、現在のような状況下で、10年後に確実に生き残っている「堅実な」企業が果たしてどれくらいあるだろうか、と問いかける。
そもそも、新たな事業には「堅実な」成果など見込めない。
ベンチャー・ビジネスは、リスクがあるからこそベンチャー・ビジネスであるが、そのリスクを敢えて引き受けようとするところに経済発展の原動力がある。
確かに、最も堅実な企業とみられるトヨタ自動車だってパナソニックだって、史上最高益から翌年には一転して赤字に陥る時世だから、堅実性という評価も難しい。
また、ベンチャー・ビジネスと虚業とは、明らかに区別されるべきである。

『広辞苑』では、虚業家の定義は、「(実務を行わず)実業家を気取る者」とされている。
山崎氏は、実務とは、実際の事務や実地に扱う業務のことであるが、これらを行っている虚業は多く存在しており、むしろ大虚業家といわれた人は「実務」も手広く行っていた、とする。
また、「実業家を気取る者」という規定もおかしい、という。
「俺は虚業家だ」と自称する虚業家は、虚業家ではない、ということになってしまうからだ。
気取るか気取らないかというような、本人の気の持ち方で決まるような区分は、客観的ではないだろう。

有名なイベント・プロモーターの康芳夫氏に『虚業家宣言』という著書があるという。
石原慎太郎現都知事を隊長とするネス湖探検隊や、モハメド・アリ対アントニオ猪木の異種格闘技などのイベントを成功させた伝説的な仕掛け人である。
自らを「虚業家」と規定して「実業家を気取らない」康氏は、果たして実業家なのか虚業家なのか?

「ものづくり」の復権が喧伝されている。
「ものづくり」こそ実業で、「ものづくり」ではない仕事は虚業である、というようなニュアンスも感じられる。
しかし、現代社会では、銀行業を虚業という人はいないだろう。
大実業家とされる渋沢栄一が最初に作ったのは銀行だった。

実業と虚業を、合法か非合法かに対応させることができるだろうか?
一般的に実業と目される企業が違法行為を行うことはまれではない。
食品業などは、食という生存に係わる物財を供給する産業であるから、実業に区分すべきだと考えられるが、偽装表示などの違法行為が頻出したことは記憶に新しい。
山崎氏は、虚業家の方が、法的な知識も豊富であるし、違法行為を自ら戒めることが少なくない、とする。
「正業」に就いている人が組織の論理で動くために、違法行為に手を染めてしまうことが起きるのに対し、虚業家は自律心が高い、ということである。

山崎氏の虚業の規定を見てみよう。

虚業とは実業に対する「概念」である。虚業そのものは存在せず、実業があってはじめて虚業という「概念」が成立する。言いかえれば、「虚」は「虚それ自体」では存在せず、「実」あってこそ、はじめてそれを鏡とした「虚」があるのだということになる。ここが虚の虚たる所以である。
虚業というものは「それ自体」として存在するのではなく、人間の理性や感性が虚業という概念を構成しているのだ。虚業なるものは、「ものそれ自体」として認識の彼方に現存するのではなく、人の認識能力の中に存在する。

いささか哲学的ではあるが、山崎氏は、「ないもの」を説明するのに、次の2つの方法があるという。
(1)「あるもの」との対比で説明する
例えば、ゼロは1とマイナス1の中間にあるもの
(2)○○でないもの、として説明する

この(2)の説明の仕方を適用すれば、「実業の概念にないもの」が虚業ということになる。

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