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2009年5月

2009年5月31日 (日)

虚業の類型(4)不祥事対応と結果としての虚業

実業の精神ではじえmたものが、「勇み足」のレベルを超えて商道徳を逸脱すると、虚業ということになる。
その例として、山崎和邦氏は、『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)で、シティ・バンク在日支店の業務停止処分をあげているが、具体的な内容については触れていない。
2004年9月のシティ・バンクの業務停止事案についてみてみよう。

金融庁は十七日、米大手金融グループのシティバンク在日支店に対し、多数の法令違反が認められたとして、富裕層を対象に資産運用(プライベートバンキング=PB)業務を担当する東京・丸の内支店と名古屋、大阪、福岡の各出張所を合わせた四拠点を九月二十九日から一年間の業務停止(預金解約など既存取引の解消業務は除く)とし、十七年九月三十日に認可を取り消すと発表した。また、九月二十九日から十月二十八日までの一カ月間、個人金融本部の外貨預金業務にかかる新規顧客との取引業務の停止も命じた。
認可の取り消しは、平成十一年のクレディ・スイス・ファイナンシャル・プロダクツ銀行東京支店への免許取り消し処分に次ぐ厳しい処分。これにより、シティバンクは事実上、日本でのPB業務から撤退を迫られることになる。
金融庁が重い処分に踏み切ったのは、同庁の検査を通じ、PB業務で法令違反や不適切な取引が多数見つかったため。「今後の業務の継続は不適当」と認定し、外貨預金業務も内部管理体制が整っておらず、「業務の改善に専念させる必要がある」と判断した。
具体的な処分理由としては、在日支店のPB業務では、顧客や取引内容の事前調査や貸し出し審査などが「実質的に行われていない」と指摘。有価証券の相場操縦などの罪で起訴された被告人らへの多額の資金流用を許す貸し出しにつながるなど、「法令順守態勢」の不備を指摘した。
さらに(1)マネー・ロンダリング(資金洗浄)と疑われる取引を許すなど「本人確認義務」違反(2)顧客に対し、金融商品のリスクの適正な説明を行わず勧誘販売をする「情報提供義務違反」-なども発覚した。

http://www.asyura2.com/0406/hasan36/msg/777.html

事実上PB業務から撤退せよ、という厳しい処分である。
偽装国家と呼ばれるように(07年9月2日の項)、企業の不祥事があとを絶たない。どの企業においても、業務遂行上ミスが発生することは避けられない。
そのミスが株主や、顧客などに迷惑をかけるものであったら、速やかに公表して善後策を講じなければならない。
問題は、事後の対応である。

日本ブランド戦略研究所が行った「企業・機関の事件・事故に対する消費者の意識調査」において、「事件・事故を起こした後、企業の信頼回復にとって有効であると思う対応」について質問している。
結果は以下の通りで、Httpwwwgamenewsnejparchives200804po 消費者が重要視している対応は、情報公開が第一である。
同調査報告書では、基本は普通のビジネスと同じで「相手のことを考えて行動する」ことに他ならない、としている。

また、具体的な不祥事と事後対応についての評価をみると、最も評価の高いのは松下電器産業(現パナソニック)のFF式石油暖房機の不具合への対処であった。
評価の低い事案として、社会保険庁やNHKがあるのは、納得的ではあるが、同時に、納得してしまってはいけないのだろうと思う。
Httpwwwgamenewsnejparchives200804_3

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2009年5月30日 (土)

虚業の類型(3)健全な競争に反する強者の論理

山崎和邦氏は、『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)において、虚業の第三類型として、「経済力の集中と『強者の論理』を度を超えて図るケース」をあげている。
強大な企業が、財力によって、一般的な社会通念を超えて、経済・産業システムの操作を行う場合である。
産業全体の能率を犠牲にした私利獲得を目的としていることが顕著な場合ということになる。

山崎氏の規定では、会社の利益が、産業能率の向上や生産性向上によるのではなく、独占化を図るなど、産業システムの撹乱によってもたらされるとすれば、それは虚業である。
それによって得られる利益は、社会の利益と反するものであるからである。
経済力の過度の集中は、他企業の生産性を抑制する。

独占禁止法が成立した背景には、このような考え方があった。
ロックフェラー・グループは、トラストという企業支配の方式を生み出して、スタンダード・オイルを統合した。
これが社会的に大きな問題視され、アンチ・トラスト・ロー=独占禁止法が成立した。
独占が違法行為であるとされたのである。

独占禁止法は、以下のように解説されている(Wikipedia/09年5月10日最終更新)。

2007年現在100以上の世界各国で独占禁止に関する法が制定されている。2000年頃には30カ国であったので隔世の感がある。世界の政治経済体制を支える経済憲法としてほぼ共通の認識となったといえる。
独占禁止法の大きな源泉はアメリカのシャーマン法と、クレイトン法である。ただし、エリザベス1世の時代の独占的特許とそれによる独占の弊害に対してクック判事が出した独占に関する法令(the act of monopoly)が最初の法であるとされている。
多くは資本主義国家において制定されている例が多いが、中華人民共和国においても2007年8月1日に制定されたように市場があるところには独占禁止法がありうるということがいえる。
市場経済においていかなる規則が必要かという経済の法を定めるものである。経済の憲法という意味で経済憲法と呼ばれてもいる。企業の基本的人権、経済の刑法という意味でもある。各国の独占の定義、合併の定義、域外適用の定義などは様々であるが、様々な行為類型が違法であると定められている。世界的な経済活動が対象となるために、世界的な法の調整が必要であるが、主要な法源はEU法、アメリカのシャーマン法とクレイトン法である。

ジョン・D・ロックフェラーは、1863年にオハイオ州で石油精製業スタンダード・オイルを創業した。
1870年には、ロックフェラー・グループを形成して、鉄道会社に介入し、運賃割引を実現して、競争優位性を確立した。
その優位性を生かして、同業者の統合(水平的統合)に乗り出し、1879年には、石油精製業の90%以上を支配下に入れることになった。
さらに、垂直的統合を目指して、石油販売店の統合に着手し、84年には、全国的な販売店網を支配するようになった。
その結果として、スタンダード・オイルの価格政策が市場を支配することになった。

スタンダード・オイルは、生産と配給のコントロールによって巨利を実現したが、それは公共の利益に反するもので、実業思想に背反するものだった。
このような状況に対し、1890年にシャーマン法(Sherman Act)が、1914年にクレイトン法(Clayton Act)が制定されて、健全で公正な競争状態を維持することが図られた。
石油という重要な物資を生産し、販売をしていたのであるから、実業のように思えるが、社会的公正に反するビジネスモデルは、虚業と位置づけられざるを得なかったということになる。

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2009年5月29日 (金)

箸墓は卑弥呼の墓か?

5月29日の各紙は、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)が、奈良県桜井市の箸墓古墳の築造時期が、240~260年と推定されると発表したことを報じている。
(写真は、http://www.iza.ne.jp/news/newsphoto/slideshow/all/all/date/187320/
Httpwwwizanejpnewsnewsphotoslidesho 『魏志倭人伝』の記述によれば、卑弥呼の死亡推定年代は、248年ごろと考えられるので、時期が重なることになる。
箸墓古墳は、いわゆる畿内説論者が、かねてから卑弥呼の墓ではないか、としてきたことから、今回の発表により、畿内説論者は勝負あったかのように主張するであろうことが目に見えるようだ。

歴博の調査結果は、おおよそ次のようなものである。

歴博は全国の5千点を超す土器の付着物や年 輪の年代を測定。
2_3その結果、箸墓の堀や堤 からも出土し、箸墓が築造された時期の土器と考えられている「布留(ふる)0式」が使われた期間を240~260年に絞り込んだ。
31日にハワイで始まる放射性炭素国際会議と、同日に早稲田大である日本考古学協会の研究発表会で報告される。
http://www.asahi.com/culture/update/0528/TKY200905280355.html

箸墓は、奈良にある前方後円墳の中でも有名なものと言えよう。
古墳の規模は、被葬者の地位を示していると考えられるから、箸墓の被葬者は、相当な権力者だったと考えられる。
『日本書紀』では、箸墓は、第7代孝霊天皇の皇女・倭迹迹日百襲姫の墓とされ、「昼は人が造り、夜は神が造った」と書かれている。
『日本書紀』によれば、倭迹迹日百襲姫は、聡明で英知に長け、霊能力が優れており、第10代崇神天皇の支配力を背後で支えるような存在だった(系図はWikipedia/09年1月12日最終更新)。

1102_2 たとえば、全国に疫病が流行して田畑はあれ、多くの民が飢えに苦しんでいたとき、崇神天皇は大三輪氏の祖オオタタネコに大物主命を祀らせて疫病を鎮めたという話がある。
このとき大物主命は、最初に倭迹迹日百襲姫に憑依し、「大和の国の主である自分を重く祀れば、必ず国土は平安になろう」と託宣した。それを倭迹迹日百襲姫が崇神天皇に進言して国の疲弊を救った。
また、あるときタケハニヤスヒコ命が謀反を計画するという事件のときには、倭迹迹日百襲姫がいち早くそれを予言して叛乱を未然に防いだ。
倭迹迹日百襲姫が妻となる大物主命は三輪山の主であるが、三輪山というのは大和朝廷にとっては非常に重要な祭場であった。
のちに伊勢に太陽神・天照太神が祀られる以前には、三輪山において大和朝廷の太陽神祭祀が行われていた。
その祭司をつとめたのが倭迹迹日百襲姫だった。
http://www.din.or.jp/~a-kotaro/gods/kamigami/yamatomomoso.html

畿内説の中でも、纏向遺跡を邪馬台国に比定する人は数多い(08年12月12日の項12月18日の項)。
邪馬台国の所在地論争は、いつ果てるともなく続いてきたが、いよいよ最終的な決着をみたのだろうか?
そもそも、歴博の研究グループが用いた放射性炭素年代測定が、果たして今回の発表のような精度を持ち得るのだろうか?
2また、箸墓の築造年代が、歴史民俗博物館の説明の通りだとしても、年代が重なるというだけでは、卑弥呼の墓に決定した、などということはできないと思う。
もし、箸墓の内部から、「親魏倭王」の金印でも見つかれば、それは決定的な根拠といえるだろう。
しかし、箸墓は、陵墓参考地に指定されているので、発掘調査を行うことは当面期待できない。
かなりセンセーショナルな報道にもかかわらず、不思議なことに、歴博のホームページには開示がない。
こういうことに関しては、積極的な広報を心がけるべきではないだろうか。
(図は、http://www2.odn.ne.jp/hideorospages/yamatai05.html

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2009年5月28日 (木)

虚業の類型(2)財力による市場経済の操作

市場を操作して、不正な投機活動によって利益を得るとか、不当な買占めによって利益を得る、などは虚業である。
これらを可能にするためには、相応の財力が必要である。
しかし、投機活動そのものが虚業というわけではない。
そもそも、資本主義の最初の担い手は、ベンチャー精神に満ちた投機家たちだった。

投機行為が虚業となるのは、市場のルールを踏み外したときでる。
欺瞞行為であったり、政治権力と結託したりするような場合である。
山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)は、建設談合などもこれに類するものとしている。

産業の未発達だった明治初期には、官金を取り扱うことが、銀行にとって大きな利益の源泉だった。
大蔵大臣だった井上馨は、税金の納付送金を三井銀行に委託したので、三井財閥は、巨額の官金を事業に運用することができた。
官金の取り扱いが、銀行を成長させ、銀行の成長が資本主義の発展を後押しした。

しかし、そのことは、官僚に対する銀行マンの立場を卑屈なものにし、政治権力との癒着による背任事件等を引き起こすことにもなった。
現在はどうなっているのか良く知らないが、ごく最近まで、大蔵省(財務省)を担当するいわゆるMOF担が、都市銀行のエリートポストだったことは良く知られている。
過剰接待事件なども記憶に新しい。
これらは、ほとんど虚業の域に近いと言っていいだろう。

福沢諭吉の甥である三井の中上川彦次郎は、諭吉の教えの独立自尊の実業精神に基づき、官金の取り扱いを一切辞退した。
このスタンスが、三井財閥の近代化と再強化を実現した、と山崎氏は上掲書で評価している。

中上川について見てみよう(Wikipedia/09年5月10日最終更新)。

現在の大分県中津市金谷森ノ丁に中津藩士・中上川才蔵・婉夫妻の長男として生まれる。イギリス留学後に工部省に入った。後に福澤の勧めで時事新報社社長となる。
1887年山陽鉄道(現在のJR山陽本線の前身)創設時の社長となる。
……
1891年、三井銀行の経営危機に際して井上馨の要請を受けて山陽鉄道を退社して三井財閥に入る。三井銀行及び同財閥の経営を任された中上川は益田孝らとともに三井財閥が政商として抱えていた明治政府との不透明な関係を一掃して財務体質の健全化を図る一方、王子製紙・鐘淵紡績・芝浦製作所などを傘下に置いて三井財閥の工業化を推進した(没後の1904年に三井呉服店(旧越後屋)を三井本体から分離して三越百貨店としたのも中上川の構想とされている)。また、武藤山治・小林一三・池田成彬ら有能な人材を育てた。そのため、「三井中興の祖」として高く評価されている。

山崎氏は、大阪の実業界は、政治権力と結託して巨利を得ることはほとんどなかった、としている。
独立独歩で地元に密着し、消費財を中心とする軽工業に進出した。
紡績・薬品などがその中心だった。
大阪商人は、「のれん」「看板」を大切にし、質素・勤勉な社風の確立に努めた。
その代表格が住友財閥だった。
住友の総帥・伊庭貞剛の「浮利を追わず」という言葉は、実業の精神を示したものと言える。

そういう大阪でも、いつの間にやら、質素・勤勉の精神は失われていったのだろう。
住友銀行は平和相銀を吸収して、東京に地盤を築いた。
その裏では、政治権力との結託などもあったようだし、いわゆる「バブル紳士」の中には、大阪方面の人も少なくない。

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2009年5月27日 (水)

虚業の類型(1)経営者による権限の乱用

山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)に、「虚業」の類型が示されている。
第一は、経営者による権限の乱用である。
ガルブレイスの『権力の解剖』には、権力獲得の過程を、次のように整理している。
①個人的資質による
②財力による
③組織掌握による
そして、組織掌握による権力が、最終・最後のものである、という。

この組織掌握による権力者としての経営者が、私腹を肥やすために会社制度を操作する場合には、まともな企業も虚業化してしまう。
経営者への行き過ぎた権力集中と株主支配の後退が、経営者の恣意的な権力の行使を生み出す、という観点から、最近は、コーポレート・ガバナンスということが言われている。

権力の集中による恣意的な行動を防ぐためには、どうすべきか?
商法では、三権分立の考え方が基礎になっていた。
つまり、立法=株主総会、司法=監査役制度、行政=取締役会、という役割分担である。

しかし、現実はどうか?
一般に、監査役の選任は、社長によって行われる。
自分を選任した社長に対して、厳格な監査を行えるだろうか?
監査役の選出は株主総会で行われるが、その議長は社長が務めるのが普通である。

つまり、商法の建前と現実との間には、乖離がある。
この乖離をどう解消していくのか?
2006年5月から、会社法が施行されて、上記の問題の解消を図る動きとなっているが、現実はどうだろうか?
大会社に関しては、それなりに実効性があるのだろうが、中小零細企業に関しては、旧態依然のところが多いのではないかという気がする。

権力の乱用というほど大げさなことではなくても、経営者が公私混同しているような事例はザラにある。
私的な飲食費や旅行費用などを、会社の経費として処理するようなことである。
まあ、それがせめても役得というものなのかも知れないが……。

権力は腐敗する、ということがよく言われる。
山崎氏も、権力者はある一定期間を過ぎると、程度の差こそあれ、腐敗する、と指摘している。
最初は小出しにしていたものが、次第に常態化し、次第にエスカレートしていくのである。
権力者というのはそういうもので、説明能力も次第に身に付いていくことになるから始末が悪い。
私が身近に見聞する例でも、残念ながら同じようなことがある。

零細企業では、特に社長の権力は相対的に大きい。
不正が行われていても、見て見ぬフリをすることなどは当たり前である。
職を賭して諫言する勇気など、殆どあり得ないことと言えよう。

それでは具体的には、権力が腐敗する期間のメドはどの程度か?
山崎氏は、その人の資質や教養、少年時代の育ち方などによって異なるが、たいていの場合、任期が6年を超えると怪しくなるとしている。
その辺りを1つの目安として、出処進退を考えたらいいのではなかろうか。

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2009年5月26日 (火)

実業の思想(3)資本主義の精神

明治時代の初期には、官尊民卑の風潮が強かったが、これに対して、商工業者の地位を向上させることが、国家の発展にとって重要だ、という考え方が出てくる。
儒教的な武士道精神に対する、「実学の思想」である。
その代表格が渋沢栄一ということになる。
渋沢栄一とは、以下のような人物だった(Wikipedia/09年5月6日最終更新)。

渋沢 栄一(しぶさわ えいいち、天保11年2月13日(1840年3月16日) -昭和6年(1931年11月11日)は、幕末の幕臣、明治~大正初期の大蔵官僚、実業家。第一国立銀行や王子製紙・日本郵船・東京証券取引所などといった多種多様の企業の設立・経営に関わり、日本資本主義の父と呼ばれる。
主君の慶喜が将軍となったのに伴い、幕臣となり、パリで行われる万国博覧会に将軍の名代として出席する慶喜の弟徳川昭武の随員として、フランスを訪れる。パリ万博を視察したほか、ヨーロッパ各国を訪問する昭武に随行する。
パリ万博とヨーロッパ各国訪問を終えた後、昭武はパリに留学するものの、大政奉還に伴い、慶応3年(1867年)に新政府から帰国を命じられ、12月に帰国した。
帰国後は静岡に謹慎していた慶喜と面会し、静岡藩に出仕することを命じられる。しかし、フランスで学んだ株式会社制度を実践するため、仕官を断り慶応4年(1868年)1月に静岡にて商法会所を設立するが、大熊重信に説得され、10月に大蔵省に入省する。大蔵官僚として民部省改正掛(当時、民部省と大蔵省は事実上統合されていた)を率いて改革案の企画立案を行ったり、度量衡の制定や国立銀行条例制定に携わる。しかし、予算編成を巡って、大久保利通や大隈重信と対立し、明治6年(1873年)に井上馨と共に退官した。
退官後間もなく、官僚時代に設立を指導していた第一国立銀行(現:みずほ銀行)の頭取に就任し、以後は実業界に身を置く。また、第一国立銀行だけでなく、七十七国立銀行など多くの地方銀行設立を指導した。
第一国立銀行のほか、東京ガス、東京海上火災保健、王子製紙、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビールなど、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上とされている。

まさに、日本の近代化のエンジンとなった人物と言えるだろう。
渋沢は、「片手に論語、片手にソロバン」「道徳経済合一」「利を見ては義を思う」などの言葉によって、商工業者の地位の向上を図った。
渋沢栄一の実業思想は、山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)では、以下のように整理されている。
①道義に則った方法で事業を遂行すること
②社会に貢献することによって利益を得ること
③したがって権力に媚びる必要がないこと
④かくて商工業の地位を高めること

利潤の追求に関して、パラダイムの転換をもたらしたのは、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 』だった。
鈴木正三や石田梅岩の肯定した利潤は、仏教的良識による、分に応じた取り分であった。
これに対して、マックス・ウェーバーの資本主義ビジネス観は、最大利潤の追求を肯定するものであった。
つまり、分に応じた額ではなく、無限の額を求めるものである。

最大利潤の追求のために必要なことは何か?
怠惰や放漫を退けて身を律し、目的に向かって必要ならば禁欲もして、己の行動を合目的的に組織化していくことである。
私益の追求が、見えざる手に導かれて公益の実現につながる。
あくなき利潤の追求は、資本主義の発展の原動力であり、近代国家の充実に資するものである。
つまり、利潤の追求という行為に関して、マイナス評価の否定から、積極的な肯定への転換である。
言い換えれば、利潤追求は、職業人の倫理的義務なのである。

マックス・ウェーバー以前には、商業が発達して営利行為が是認され、資本が蓄積されて生産技術が進歩し、それによって産業が発展して、近代資本主義が発生した、と考えられていた。
しかし、古代ギリシャ、カルタゴ、インド、中国、オリエントなどでは、商業も資本蓄積も技術も高度に発達したにもかかわらず、近代資本主義が誕生しなかった。
それは何故か?
資本主義の精神が発達していなかったからである。

近代資本主義は、誕生して100年足らずで、それ以前の人類の歴史が蓄積してきた富を凌駕する富を作り出した。
その根本動因を、資本主義の「精神」であると、マックス・ウェーバーは見るのである。

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2009年5月25日 (月)

政府の相対的なサイズと財政出動の効果

「100年に1度」という経済危機の中で、政府が大規模な財政出動に踏み切っている。
人為的な供給の増加により、景気の回復・雇用の創出を図ろうとするものである。
ケインズ政策の復活と言っていいだろう。

国の姿を論じるときに、「大きな政府」か「小さな政府」か、ということが問題になる。
アダム・スミスは、「自由競争」と「合理性」によって市場経済は最大のパフォーマンス(需要と供給の均衡=パレート最適,Pareto Optimality)を発揮するので、必要以上に国家が人為的に市場に介入すべきではないと考えた。
いわゆる「神の見えざる手」である。
しかし、もちろん市場だけですべてが解決できるわけではない。

公共性のある経済活動の多くは、営利企業が手を出そうとしない不採算事業である。
市場原理だけに委ねていると、社会的弱者への社会福祉事業や社会復帰の支援が手薄になってしまうことになる。
市場原理だけで、貨幣や資源を分配し続けていくと、特定の企業や個人に異常に偏って富が蓄積される可能性が高くなる。
いわゆる格差である。

聖域なき構造改革を掲げた「小泉改革」は、まさに「小さな政府」論をベースにしたものだったと考えられる。
郵政民営化や道路公団民営化などに象徴されるように、政府による公共サービスを民営化などにより削減し、市場にできることは市場にゆだねることを主張したと理解していいだろう。
その反映もあって、自民党と民主党との比較でいうと、イメージ的には、自民党が小さな政府、民主党が大きな政府という感じである。

しかし、「小さな政府」の実現をめざしたはずの小泉政権下で、国家予算のGDP比が高くなっている事実には注目すべきだろう(図は、産経新聞09年5月24日)。2
小泉政権は、平成13年4月~18年9月である。この間の政府の相対的な大きさは、平成18年度の一般会計と特別会計の合計額は、GDPの70%に達している。
国債の借り換え償還分を差し引いてもいても、50%近く、平成の初期頃に比べると、著しく大きくなっている。
小泉改革は、決して小さな政府の方向に向かったわけではなかったのだ。

一般会計と特別会計の関係も問題が解決されていないと考えるべきだろう。
特別会計は、国が直轄する道路、郵便、保健、水資源開発など特定の事業を例外扱いにして、一般会計の外に置いたものだ。
国会で議論されるのは、一般会計だけで、特別会計は一般会計の2~3倍の規模であるにもかかわらず、情報公開も余り行われて来なかった。
小泉改革では、特別会計の見直しと再編も進めた。
しかし、そのシンボルのはずだった郵政改革で、「かんぽの宿」のような事態が起きている。

もっとも、小泉元首相自身は、ほとんど政策音痴だったという説がある。
以下は、毎日新聞政治部の伊藤智永記者の文章の抜粋である。
http://www.asyura2.com/0601/senkyo21/msg/850.html

5年前、小泉純一郎首相が自民党総裁に選ばれることが確実になった前夜、山崎拓前副総裁から聞いた小泉評は忘れがたい。
……
「いいか、君たちびっくりするぞ。30年も国会議員やっているのに、彼は政策のことをほとんど知らん。驚くべき無知ですよ」
すぐにそれは証明された。
……
内政の小泉改革も、郵政民営化を除きほとんどは最初の総裁選公約になかった。例えば1年目に好評を博した特殊法人の予算1兆円削減は、総裁選のライバルだった橋本龍太郎元首相の公約にあったのを、就任後ちゃっかり横取りした。指示に驚く自民党や財務省の幹部らに「(政策通の)ハシリュウが公約したんだからできるはずだ」と言ったそうだ。道路公団など7法人を重点に指名したのは「大きいから」だった。良くも悪くもひらめき型なのだ。
政策の大事な説明が、がっかりするほど薄っぺらい。でも、だから分かりやすい(本当は何も分からないのだが)。小泉首相が一貫して「政治を身近にしてくれた。政治に関心を持つようになった」という理由で支持されてきたのは、よく言われるメディア戦略より、政策を恐ろしく単純化した効果が大きかった。

まあ、この論評の適否はそれぞれの判断があるだろう。
しかしながら、果たして何が改革されたのだろうか、という思いを禁じえないのは私だけではないだろう。

そう言えば、議論のあった定額給付金もほぼ給付されたのだろうが、2兆円を使った効果はどうなのだろうか?
わが家でも、既に銀行の口座に振り込まれてはいるが、だから何か特定の支出をしようということにはならない。
もちろん、その分家計は潤っているのであるが、正直なところ、何に使おうかという話題にすらなっていないのだ。
財政出動も必要なのだろうが、「ワイズ・スペンディング=賢い支出」であるのか否かの評価システムが必要ではないのだろうか。

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2009年5月24日 (日)

盧武鉉前大統領の自殺

韓国の盧武鉉前大統領が自殺したという衝撃的なニュースが飛び込んできた。
韓国は、日本に比べて政争が激しく、議論なども熱しやすいという印象がある。
しかし、盧氏は、2002年の大統領選で勝利し、2008年まで大統領を務めた。
ついこの間のことと言ってもいいだろう。
盧氏は、不正資金疑惑で韓国最高検察庁の捜査を受けていたという。
報道されている内容は以下のようである。

盧武鉉前大統領が、自宅付近の山を登山中、転落して死亡した。側近によると、遺書があり、自殺だったという。
盧武鉉氏は、収賄容疑で最高検察庁の事情聴取を受け、近く在宅起訴されるのではないかと見られていた。夫人と、実兄の娘婿が有力後援者から計600万ドル(約6億円)の外貨を受け取った疑惑に直接関与したとの疑いである。
その最中の突然の死だ。収賄疑惑が関係したに違いあるまい。パソコンに打ち込まれていたという遺書に、「私のせいで人々が受けた苦痛はあまりにも大きい」「小さな石碑を残してほしい」など、心情がつづられていたようだ。
それにしても、なぜ命を絶たなければならなかったのか。
盧武鉉氏は、先月末の10時間に及ぶ事情聴取の際、「カネの授受を知らなかった」と述べて収賄容疑を否定したとされる。
検察当局は前大統領の死を受けて捜査の打ち切りを決め、盧武鉉氏にかけられた疑惑の全容は解明されずに終わることになった。
だが、どうにも説明のつかない不明朗な巨額のカネを家族が受け取った事実は残る。
人権派の弁護士で能弁家で知られた盧武鉉氏も、家族の罪状までは弁解のしようがなかったろう。面目なさと後ろめたさにさいなまれ、精神的に相当追い込まれていたのかもしれない。
盧武鉉氏の悲劇は、韓国の“政治文化”の所産とも言える。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090523-OYT1T00997.htm?from=y10

韓国では、歴代大統領が暗殺されたり、逮捕されたりする例にこと欠かない。
李承晩:1960年の学生革命で失脚し、ハワイに亡命
朴正熙:在任中の1979年に、側近のKCIA部長金載圭によって射殺
全斗煥:退任後に、光州事件や不正蓄財などで無期懲役の判決
盧泰愚:収賄容疑で逮捕、懲役17年の判決
金泳三:不正融資で次男らが収賄容疑で逮捕
金大中:斡旋収賄容疑で息子2人が逮捕

まことにすさまじいという感じが否めない。
厳しい政治的な対立、権力の集中度の高さ、血縁中心主義などが背景にあるといわれる。
盧武鉉前大統領の場合は、在任中の金銭疑惑によって捜査が続けられていたが、全斗煥や盧泰愚などのように、財閥企業からの巨額政治資金容疑ではない。
家族や親戚が、以前から知り合いの業者から金銭的支援を受けていたもので、相対的には悪質性は低いという評価もある。

縁故主義というのは確かに強いのだろう。
10年以上も前のことであるが、私の所属していた企業も、韓国企業とアライアンスを組んで、ある新規事業を企画したことがあった。
その頃も、青瓦台とパイプがある、などということが言われていた記憶がある。
「法よりも人情」ということらしい。

盧武鉉氏は、初の戦後生まれの大統領として、若い世代を中心に、大きな期待を集めた。
しかし、イメージと実像との間に、大きな乖離があったということだろう。
反米的な言動だったにもかかわらず、自分の子供はアメリカに留学させ、しかも業者からの「包括的ワイロ」の一部が、子供たちに送られ、豪華マンションの購入資金に使われていたと疑われていた。
高卒の人権派弁護士つぃて、庶民の味方を売りにしていたが、夫妻ともども業者から高価な時計などをプレゼントされていたという。

それにしても、自殺するまで追い詰められていたとは思わなかった。
わが国でも、年間3万人以上が自ら命を断つ、という状況が続いている。
遺書の中に、「余生も他人の荷物となるしかない。」という言葉があった。
これからの人生に望みを失ったとき、人は自ら死を選ぼうとする。
しかし、「生きていれば、いいこともある」ということではなかろうか。

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2009年5月23日 (土)

実業の思想(2)鈴木正三と石田梅岩

三井高利は、実務の人だった。
三井高利の実務の理念的側面を示したのが、石田梅岩の石門心学であり、その先駆が江戸初期の鈴木正三だった。
鈴木正三は、以下のような人物である(Wikipedia/08年10月18日最終更新)。

鈴木 正三(すずき しょうさん、俗名の諱まさみつ、道号:石平老人、天正7年1月10日(1579年2月5日)-明暦元年6月25日(1655年7月28日))は、江戸時代初期の曹洞宗の僧侶・仮名草子作家で、元は徳川家に仕えた旗本である。法名に関しては、俗名の読み方を改めただけと言われているが、俗名は重三で正三は筆名であるなどの異説もある。
その武士時代から常に生死について考えてきた正三は、より在家の人々に近い立場で仏教を思索し、特定の宗派に拘らず、念仏などの教義も取り入れ、仁王・不動明王のような厳しく激しい精神で修行する「仁王不動禅」を推奨し、在家の人びとには『萬民徳用』を執筆して、「世法即仏法」を根拠とした「職分仏行説」と呼ばれる職業倫理を重視し、日々の職業生活の中での信仰実践を説いた。
また、正三は在家の教化のために、当時流行していた仮名草子を利用し、『因果物語』・『二人比丘尼』・『念仏草子』などを執筆して分かりやすく仏教を説き、井原西鶴らに影響を与えた。

鈴木正三は、仏教哲学に裏づけられた職業倫理を説いた。
江戸初期という時代において、商業利潤の正当性を論じ、商業の地位を評価した。
商業利潤が正当であるための要件として、以下をあげた。
①正直と共存共栄
②社会への貢献
③そのために目前の利益にとらわれず、長期的視点を重視すること

これらは、最近説かれることの多いCSR(企業の社会的責任)論とほとんど同じである。
正三の生きた時代は、商業について、モノを生産せず、造作もせず、ただ流通させるだけで利潤をあげる「賎業」という見方が強かった。
これに対し、正三は、あらゆる職業が世のためになっているのであるから、それ自身が仏行に等しく、職業に尊卑はない、と説いた。

正三は、世俗の職業に励むことが仏道に通ずる修行の道に適うものであるとし、出家をすすめず、在家を奨励した。
宗教を現世の職業倫理に転換した点において、マックス・ウェーバーの有名な。「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」と同じ発想であると、山崎和邦氏は、『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)において書いている。
そして、資本主義的禁欲とは、ある目的のためにあることを断念して、目的に向かってすべての整合性を図り、全力投入することである、としている。
それは「行う」ことに力点があるのであり、「断つ」ことに力点があるわけではない、ということである。

鈴木正三は、『万民徳用』という著書の中で、顧客との共存共栄、社会への貢献、長期的利益の重視という正しい道を踏まずに、「心悪しきときは賎業なり」と断じ、実業と虚業は業種や商品によって区別されるのではなく、「心悪しきとき」という条件の問題だとする。
山崎氏は、これを、実業に反するものを虚業とする、という考え方の最初の記述であろう、という。
鈴木正三は、時代のはるかに先を行っていたということになる。

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2009年5月22日 (金)

女子高生と濃厚接触?

女子高生と濃厚接触?
一瞬何のことかと思った。
濃厚接触って、どんな接触だ?

何ということはない、新型インフルエンザの話だった。
アメリカから帰国した八王子市と川崎市の女子高生2人が、新型インフルエンザに感染していたことが分かり、この女子高生と同じ飛行機の便で、近くに座っていた乗客17人を追跡調査するという報道である。
つまり、「近くに座っていた人=濃厚接触者」というわけである。
この「濃厚接触者」は、いずれも機内の検疫では異常を訴えていなかったが、女子高生2人がアメリカ滞在中に感染した可能性が高く、とすれば「濃厚接触者」も既に感染している恐れがあるということだ。

まったく新型インフルエンザというのは人騒がせである。
当初は、豚インフルエンザと呼ばれていた。
いつの間にか、新型インフルエンザと呼ばれるようになった。
最初に見つかったのが豚ではない、ということのようだ。
それでは、新型インフルエンザという呼び方は適切だろうか?

新型はいつか新型ではなくなる。
その時には、どう呼べばいい?
そんなことよりも、そもそも今言われている新型インフルエンザは、どうも新型ではないらしい。
新種ではなく、ありふれた(弱毒型の)A型インフルエンザの亜型にすぎない、ということである。
http://openblog.meblog.biz/article/1528167.html

新型か亜型かは別として、このインフルエンザはどれ位怖いのか?
ゴールデン・ウィークには、病院が一斉休診したという。
病院が感染を恐れるほど怖いものなのか?
関西で感染者が見つかり、休校措置が取られた。
止むを得ないことなのだろうが、保育園が休園になって、困っている保護者もいるらしい。

判断に迷うのは、イベントなどの担当者だろう。
エイベックス・マネジメントは、所属する浜崎あゆみさんや大塚愛さんなどが大阪や神戸で予定していた公演の中止を決定した。
一方で、宝塚歌劇団や吉本興業の劇場などは、従業員にマスク着用を義務付けるなどして、公演を続けるという。

桂三枝さんが会長を務める上方落語協会は、天満天神繁昌亭で使える割引券のセットを発売するという。
新型インフルエンザ騒動で商店街の客が減って元気がなくなっているので、「元気な人はマスクをして落語に来て欲しい」ということだ。
その意気やよし、と言いたい気持ちもするが、どこまで慎重に考えるべきか、素人には判断が難しい問題である。

女子高生の話に戻ると、川崎市の女子高生は、今月11日から18二地まで、ニューヨークで開かれた模擬国連会議に参加した。
19日午後成田着の便で帰国したが、機内で発熱や悪寒があって、検疫で申告した。
簡易検査では院生だった。
帰宅後熱は下がったが、20日未明から発熱して市販薬では熱が下がらなかったため、都の発熱相談センターに連絡した。
都で詳細な検査を行った結果、新型陽性と確認された。

成田からリムジンバスで京王多摩センター駅まで行き、京王線、JR横浜線を乗り継いで帰宅したという。
舛添厚生労働大臣等は、当初、空港の検疫で感染者が発見されたときは、水際で国内侵入を防止できたと自慢げだった。
しかし、潜伏期間があることを考えれば、いずれ国内で発症者が現れることは必定だったと考えるべきだろう。
今回の女子高生だって、帰宅までの間、大勢の人と濃厚接触しているはずだ。
厚労省は、女子高生の飛行機内での「濃厚接触者」の所在確認を始めたというが、バスや電車などの公共交通機関については、とても追跡しきれないだろう。

厚労省は、対応を第二段階の「国内発生早期」から、第三段階の「感染拡大期、蔓延期」へ切り替えることを検討するという。
対応は、念入りに行うにこしたことはないだろう。
しかし、その前提の認識はどうなのか?
毒性の強さは? 感染力の強さは?
現時点では、どうやら当初考えられていたよりも、毒性は弱いものらしい。
国の行動計画も、「強毒性」を前提としたものだったものを、「弱毒性」の対応に変更するという。

「強毒性」と考えられていたこととも関連するのだろうが、感染した人が、何か悪いことをしたかのような報道がされているようにも感じられた。
何となく、魔女狩り風である。
もちろん、感染者が、意識して感染しているはずはない。
つまり、故意ではない。

それならば、過失があったのだろうか?
女子高生らのアメリカでの具体的行動が不明なので何とも言えないが、感染したと推定される時点では、よもや、ということだったのではないだろうか。

女子高生らの責任性はどうか?
報じられている範囲では、感染したことの責任を問うのは酷のような気がする。
異端を排除する心理が働いていたとしたら、憂慮すべきことだろう。
異端はしばしば新しい価値の創造者である。
それこそ、新型の可能性が高い。

新型とみるか、亜型とみるか?
これも、なかなかやっかいなような気がする。
AとBとを、同じとみるか違うとみるかは、視点によって変わってくる。
○●は、形は同じであるが、塗りつぶしているか否かによって違う。
これは、同じか、違うか?
○●□は、皆違うのか?
新型のインフルエンザか否かを判断するというウイルスのたんぱく質構造も、似たようなものだろう。

危機管理における情報管理(開示と保秘のバランス)は難しい。
感染の疑い例の公表を巡って、中田横浜市長と舛添厚労省との間で対立があった。
私は、舛添大臣のテンションが上がり過ぎと感じたが、「危機管理にやり過ぎはない」と言われれば、そうかも知れないという気もしてくる。
「危機管理にやり過ぎはない」としても、感染者を差別するような言動は厳に慎むべきだろうと思う。

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2009年5月21日 (木)

実質GDPの大幅減と文明史の転換

内閣府が、20日、1~3月期の国内総生産(GDP)速報値を発表した。
物価変動を除く実質値で、年換算で15.2%減となり、4四半期連続のマイナスとなった。
昨年10~12月期の12.7%減(09年2月17日の項)を超えて、戦後最大の減少率である。

確かに、景況感も戦後最悪だし(09年4月2日の項)、身の回りでも、景気のいい話は皆無だ。
グラフ(日本経済新聞09年5月20日夕刊)を見ても、「100年に1度」であるかどうかは別として、歴史的な減少率であることは間違いないように思われる。
2_22008年度のGDPは、実質3.5%減で、01年度7年ぶりのマイナスだった、ということであるが、果たして09年度はどういうことになるのであろうか?

昨年秋のリーマン・ショック以降の輸出の急減に、設備投資や個人消費の冷え込みが加わって、需要が総崩れといった状態である。
1~3月期は、在庫調整という面が大きかったようだ。
この在庫調整が順調に進んで、景気は下げ止まるのであろうか?

もちろん、景気は悪いよりもいい方がいいと考えるべきだろう。
しかし、である。
私たちは、もっと根源的なライフスタイルの変換を迫られているのではないだろうか?

確かに、LOHAS(Lifestyles Of Health And Sustainability)の意識が広まりつつある。
また政策的にも、グリーン・ニューディールということが主張されている(09年2月17日の項4月23日の項)し、その一環として、太陽光発電の推進施策が具体化している(09年2月25日の項)。

瀬戸内海に面した水島臨海工業地帯の中核を占めるJFEスチールの西日本製鉄所倉敷地区第3高炉が、1月中旬に一時休止に入った。
再稼働のめどはまだたっていないという。
2月には、新日本製鉄の君津製作所の高炉1基を一時休止した。
大手4社の粗鋼生産量は、前年度から1000万トン以上減少しており、各社とも4割以上の大幅減産を余儀なくされている(産経新聞09年5月21日)。

もちろん、鉄鋼の大幅減産は、自動車など主要顧客の輸出不振のせいである。
加工貿易立国という国のビジネス・モデルをどう転換していくのか?
内需主導への転換がいわれて久しいが、実効性はなかなか出ていないように思われる。

西村吉雄『硅石器時代の技術と文明 』日本経済新聞社(8508)は、「硅石器」という言葉で、鮮やかな時代認識を示した著書だった。
西村さんは言う。

一九七○年代以後のエレクトロニクスを特徴づけるのはIC(集積回路integrated circuit)、LSI(大規模集積回路Large-scale integrated circuit)と光ファイバーである。どちらも硅素(シリコン、元素記号はSi)を主成分としている。硅素は地球にはありふれた材料だ。地球構成元素では酸素に次いで多い。土とか、石とか、焼物・ガラスなどにはだいたい硅素が入っている。LSIの形状も石といえば石である。約5ミリ角、厚さ0.5ミリくらいの小さな石ころだ。技術屋なかまの俗語であ、実際、ICとかLSIをよく「石」と呼んでいる。材料は硅素そのもの。光ファイバーの方はガラスである。髪の毛ほどの細いガラス線だ。材料は石英が多い。石英の成分は水晶と同じで、二酸化硅素(化学記号はSiO2)である。2
LSIと光ファイバーはこれからの情報化社会を支える基本的なハードウェアだ。一方は情報を処理し、他方は情報を伝える。硅素でできた石やガラスがますます世にはびこるというわけだ。ここはひとつ硅石器時代と呼んでやろう。

そして、硅石器時代の到来を示すものとして、シリコン供給量、鉄鋼生産量、エネルギー供給量の年次推移を示すグラフを提示した。
マクロに見れば、1970年代前半で、鉄鋼の生産量もエネルギーの消費量もほぼ飽和に達したのである。
それに比べて、シリコンの供給量が急増している。
まさに文明史的な転換の姿を示す図ではないだろうか。

この転換の始まりから既に30年余が過ぎている。
私たちの国は、この間に、どのような構想力を持ち得たのか?
些末なことの重要性を否定するものではないが、政権争いは、国のあり方に関する構想力で勝負して欲しいと思う。
 

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2009年5月20日 (水)

実業の思想(1)享保商人

虚業を、実業に非ざるもの、として規定するとすれば、実業とはどういうものかを明確にしないと虚業を規定したことにならない。
山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)は、わが国における実業思想は、享保商人から始まったとする。
つまり、戦国時代の海賊まがいの豪商や政商、元禄時代の紀伊国屋文左衛門のような投機家的商法から脱却して、「実業」がその姿を現したが享保の次代であるとする。

享保とはどのような時代か?
享保といえば、思い浮かぶのは徳川吉宗の「享保の改革」であるが、江戸時代全体の中での享保の位置を見てみよう。
2httpwwwpastelnetorjpuserseikoherae
徳川将軍家は15代続いたことからしても、まさに江戸時代の真ん中の時期ということになる。
「享保の改革」について、Wikipedia(09年4月7日最終更新)を見てみよう。

享保の改革(きょうほうのかいかく)は、江戸時代中期に行われた幕政改革。8代将軍徳川吉宗が主導した諸改革で、在任期間の1716年から1745年の年号に由来する。宗家以外の御三家紀州徳川家から将軍に就任した吉宗は先例格式に捉われない改革を行い、寛政の改革天保の改革と並んで、江戸時代の三大改革の一つと呼ばれる。財政安定策が主眼であった。

享保に先立つ元禄は、いわばバブル経済の時代であった。
高度成長末期は、「昭和元禄」などと称されたが、江戸時代の元禄は、紀伊国屋文左衛門に象徴される一発屋的請負業と政治権力との結託、特定少数を相手にした交渉や駆け引きによる値決めによって、大幅な利益を得ようとする一回勝負の商いであった。
因みに、紀伊国屋文左衛門は、生没年がはっきりせず、人物伝には不明な点が多くて、半ば伝説上の人物であるが、その伝説の中心は、和歌山のみかんの投機的なビジネスだった。
次のように解説されている(Wikipedia(08年11月29日最終更新))。

文左衛門が20代のある年、紀州は驚くほどミカンが大豊作だった。
収穫されたミカンを江戸に運ぼうとしたが、その年の江戸への航路は嵐に閉ざされていた。
江戸へ運べなくなり余ったミカンは上方商人に買い叩かれ、価格が暴落した。
紀州では安く、江戸では高い。これに目をつけたのが文左衛門だった。
文左衛門は、大金を借りてミカンを買い集め、家に残ったぼろい大船を直し、荒くれの船乗り達を説得し命懸けで船出した。
大波を越え、風雨に耐えて何度も死ぬ思いをしながら、文左衛門はついに江戸へたどり着く事が出来た。
ミカンが不足していた江戸でミカンは高く売れて、嵐を乗り越えて江戸の人たちの為に頑張ったと、江戸っ子の人気者になった。
大坂で大洪水が起きて伝染病が流行っていると知った文左衛門は、江戸にある塩鮭を買えるだけ買って、先に上方で「流行り病には塩鮭が一番」とデマを流し上方に戻った。
デマを信じた上方の人々は我先にと塩鮭を買い求め文左衛門が運んできた塩鮭は飛ぶように売れた。
紀州と江戸を往復し大金を手にした文左衛門は、その元手で江戸に材木問屋を開き、明暦大火の時には材木を買占めて一気におよそ百万両を手にした。
こうして文左衛門はしがない小商人から豪商へと出世、富と名声を掴んだ。

享保に入ると、ゼロ成長時代となる。
一回限りの大儲けを意図するよりも、顧客との間に継続的な関係を築き上げることに主眼が置かれた。
いわば、固定客・リピーターの重視である。

1673年に江戸で呉服屋を開業した越後屋三井の三井高利が、享保型商人の始祖とされる。
三井高利は、掛売り・掛値が当たり前だった商慣習の中で、現金・定価販売方式を導入し、一反単位ではなく、買い手の必要な量に応じて販売する「切り売り」方式を導入した。
商業における大きなイノベーションだった。

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2009年5月19日 (火)

虚業とは何か?

詐欺と似て非なるものに、虚業と呼ばれるものがある。
詐欺は、最初から人を騙す意図があることが要件であるが、虚業には必ずしもそのような意図があるとは限らない(09年5月4日の項)。
それでは、虚業とは何か?

一般的な意識として、「堅実でない事業」を指して虚業と呼ぶことが多い。
しかし、山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)は、現在のような状況下で、10年後に確実に生き残っている「堅実な」企業が果たしてどれくらいあるだろうか、と問いかける。
そもそも、新たな事業には「堅実な」成果など見込めない。
ベンチャー・ビジネスは、リスクがあるからこそベンチャー・ビジネスであるが、そのリスクを敢えて引き受けようとするところに経済発展の原動力がある。
確かに、最も堅実な企業とみられるトヨタ自動車だってパナソニックだって、史上最高益から翌年には一転して赤字に陥る時世だから、堅実性という評価も難しい。
また、ベンチャー・ビジネスと虚業とは、明らかに区別されるべきである。

『広辞苑』では、虚業家の定義は、「(実務を行わず)実業家を気取る者」とされている。
山崎氏は、実務とは、実際の事務や実地に扱う業務のことであるが、これらを行っている虚業は多く存在しており、むしろ大虚業家といわれた人は「実務」も手広く行っていた、とする。
また、「実業家を気取る者」という規定もおかしい、という。
「俺は虚業家だ」と自称する虚業家は、虚業家ではない、ということになってしまうからだ。
気取るか気取らないかというような、本人の気の持ち方で決まるような区分は、客観的ではないだろう。

有名なイベント・プロモーターの康芳夫氏に『虚業家宣言』という著書があるという。
石原慎太郎現都知事を隊長とするネス湖探検隊や、モハメド・アリ対アントニオ猪木の異種格闘技などのイベントを成功させた伝説的な仕掛け人である。
自らを「虚業家」と規定して「実業家を気取らない」康氏は、果たして実業家なのか虚業家なのか?

「ものづくり」の復権が喧伝されている。
「ものづくり」こそ実業で、「ものづくり」ではない仕事は虚業である、というようなニュアンスも感じられる。
しかし、現代社会では、銀行業を虚業という人はいないだろう。
大実業家とされる渋沢栄一が最初に作ったのは銀行だった。

実業と虚業を、合法か非合法かに対応させることができるだろうか?
一般的に実業と目される企業が違法行為を行うことはまれではない。
食品業などは、食という生存に係わる物財を供給する産業であるから、実業に区分すべきだと考えられるが、偽装表示などの違法行為が頻出したことは記憶に新しい。
山崎氏は、虚業家の方が、法的な知識も豊富であるし、違法行為を自ら戒めることが少なくない、とする。
「正業」に就いている人が組織の論理で動くために、違法行為に手を染めてしまうことが起きるのに対し、虚業家は自律心が高い、ということである。

山崎氏の虚業の規定を見てみよう。

虚業とは実業に対する「概念」である。虚業そのものは存在せず、実業があってはじめて虚業という「概念」が成立する。言いかえれば、「虚」は「虚それ自体」では存在せず、「実」あってこそ、はじめてそれを鏡とした「虚」があるのだということになる。ここが虚の虚たる所以である。
虚業というものは「それ自体」として存在するのではなく、人間の理性や感性が虚業という概念を構成しているのだ。虚業なるものは、「ものそれ自体」として認識の彼方に現存するのではなく、人の認識能力の中に存在する。

いささか哲学的ではあるが、山崎氏は、「ないもの」を説明するのに、次の2つの方法があるという。
(1)「あるもの」との対比で説明する
例えば、ゼロは1とマイナス1の中間にあるもの
(2)○○でないもの、として説明する

この(2)の説明の仕方を適用すれば、「実業の概念にないもの」が虚業ということになる。

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2009年5月18日 (月)

大型詐欺の事例(6)CIA準備金とガリオア・エロア資金

アメリカ政府が日本を共産主義に対するアジアの防波堤にすべく、自民党とその幹部に資金を提供した、とされている。
たとえば、1994年10月8日付のニューヨーク・タイムズ紙は、米国CIAが1950年代から60年代にかけて、自民党に「防共資金」として多額の資金援助を行っていたとされる。
CIAの資金に関しては、ロッキード事件との関連(09年3月1日の項)、M資金との関連で既に触れた(09年4月30日の項)。
ニューヨーク・タイムズ紙の内容は、10月10日の各紙で報道されている。

CIAは世界最大の謀略機関としての性格を持っている。
巨額の資金と組織を駆使し、アメリカの戦略に沿って世界各国の情報を収集するだけでなく、場合によっては政権転覆をも厭わない。
もちろん、そういうことは非公然活動である。
そのための予算はどう措置されているのだろうか?
非公然活動の必要性がCIA長官に認められると、「CIA準備金」が動くということらしい。

「文藝春秋」の1994年12月号に、大野和基「新証言CIA対日秘密工作の全文書」と題する記事が掲載された。
同記事によれば、1958年4月11日に、自民党への資金提供が検討された。
55年体制が成立し、「保守系の与党・自民党」対「革新系の野党・社会党」という図式が確定した時代である。
時の蔵相は、佐藤栄作。佐藤は、社会党の勢いを抑えるために「防共」という名目で、アメリカに選挙資金を要請した。
そもそも、自由党と日本民主党の保守合同による自由民主党の結党資金にも、CIAの資金が流れているということである(09年3月1日の項)。

CIA準備金なるものが、日本の政界に流れ込んでいたのはおそらく事実なのだろうが、それは極秘事項とされているから、そこから詐欺話が誕生することになる。
たとえば、資金の受け取り役として、川島正次郎元幹事長の名前が出てくる。
川島氏は、その資金を株式市場で倍増させようとしている。
そのための銘柄は、○○だ、というようにである。

この話を信じた投資家(投機家)が、○○株をいっせいに買えば、当然○○は値上がりする。
そうすると、最初はこの話を信じなかった人たちも、追随して買いに走り、さらに値上がりする。
多くの人が買ったところが天井である。

山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)には、「ガリオア・エロア資金」に関する話も照会されている。
「ガリオア・エロア資金」に関しては、戦後の日本に存在した秘密資金と1つとして、「G資金」と呼ばれていることについて、既に触れたことがある(09年4月16日の項)。
「ガリオア(占領地域統治救済資金)・エロア(産業復興資金)」資金の返済に関して、日米の間に金額の食い違いがあった。
その差額がどうなったのか?
「M資金」の源流となったという説、自民党の選挙対策費として株式市場に流入したという説、官僚の政治家転出時の資金としてファンド・マネジャーに預けられたという説、等々がある。
つまり、得体のよく分からない資金の話があれば、詐欺師たちは、それを応用動作でさまざまに活用する、ということである。

山崎氏は、上掲書で、「第二次大戦戦略物資」についても触れている。
石橋湛山委員長、世耕弘一副委員長の「隠退蔵物資等処理委員会」(いわゆる世耕機関)の活動については、「M資金」との関連で触れた(09年1月16日の項4月21日の項)。
世耕機関の摘発にも拘わらず、隠匿物資はごく一部しか見つからなかった。
世耕機関は、47年8月に廃止になっている。
隠匿物資がほんの一部しか出てこなかった理由について、毎日新聞社会部出身の取違孝昭氏は、官僚とアングラ紳士の結託と推測している。
山崎氏も、「M資金」に代表される簿外の伏流資金について、その不存在を証明することはできない、としている。
「ある」ことは一例を示せば足りるが、「ない」ことを照明することは至難である。
それが「伝説」を生む下地になっていることは事実だろう。

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2009年5月17日 (日)

世襲議員による吉田・鳩山戦争の再来か?

民主党の新代表に、鳩山由紀夫氏が選出された。
まあ、大方の予想の通りで、ハプニングは起きなかったと言えるだろう。
という意味では、民主党は大きな機会損失だったと言えよう。
選挙日程を含め、世間の耳目を集める絶好の機会だったはずである。
みすみすその機会を見逃したのだから、本気で政権交代をする意欲があるのか、という疑問が湧いてくることも否定できない。
ともあれ、この結果により、間近に迫っている総選挙は、麻生太郎氏を党首とする自由民主党と、鳩山由紀夫氏を党首とする民主党が、政権を争うという図式になることは間違いないだろう。

この図式から、60年以上も前の吉田茂元首相と鳩山一郎元首相の争いのことを想起する人も多いだろう。
周知のように、麻生太郎氏は、母親が吉田茂元首相の娘であるし、鳩山由紀夫氏は、鳩山一郎元首相の孫である。
祖父の世代の争いが、再現されるように見えることを、果たしてどう考えるべきか?

折しも、議員の世襲制限が話題になっている。
私は、政治家の資質にもDNA的な要素があると考えるものであり、世襲だから不可、ということは言えないと考える。
しかしながら、小泉純一郎、安倍慎三、福田康夫、麻生太郎というここ数年の歴代首相が、すべて世襲の政治家であることについては、やはり疑問を感じざるを得ない。
要するに、日本社会の構造に流動性が失われているということだろう。
社会構成が固定化してしまっている社会は発展のダイナミズムを失うことになるのではないか。

吉田・鳩山時代を振り返ってみよう。
第二次大戦(東亜・太平洋戦争)の敗戦後、政党再建の態勢が比較的早く整ったのが、日本自由党と日本社会党だった。
日本自由党は、「保守本流」を目指して結党され、戦前の政友会のメンバーで、大政翼賛会に加わらなかった鳩山一郎や芦田均らが中心となった。
1946年の総選挙で、日本自由党が第一党となり、鳩山一郎を首班とする連立内閣が組閣されようとした。
しかし、鳩山一郎が戦前からの政党人であり、特に京都大学の「滝川事件」の際の文部大臣だったことなどから、GHQは鳩山一郎を公職追放処分にした。

その結果、鳩山一郎は、止むを得ず英米協調派の外交官として知られていた吉田茂に政権を譲った。
この際に、鳩山一郎が追放解除になった際には、いつでも総裁を鳩山一郎に渡すという密約があった、という説があるが真偽は不明である。
政権を担当した吉田茂は、ワンマンと呼ばれる体制を構築し、連合国との講和を果たした。
吉田茂のワンマン的政権運営が可能になった条件として、次の2つがあげられる。
1つは、外交官としての履歴の中で、占領軍とのパイプを築いたこと、もう1つは、池田勇人、佐藤栄作などの官僚出身を抜擢したことだった。
池田や佐藤は、いわゆる「吉田学校」の優等生として、戦後政治の重要な担い手となる。

占領終了により、吉田のアメリカとのパイプが細くなる一方で、追放解除によって、鳩山一郎、岸信介、重光葵、石橋湛山らが政界に復帰することになった。
しかし、鳩山一郎は、追放解除の直前に脳溢血で倒れ、吉田は、鳩山に総裁を譲るという約束を反故にしてしまった。
その結果、吉田系と鳩山系の間で、人事などをめぐる争いが激しくなっていく。

鳩山系の力に押されるようになった吉田首相は、抜き打ち的に衆院解散に打って出る。
総選挙で、追放解除組は日本自由党に復党して選挙活動を行うが、吉田は、河野一郎、石橋湛山という2人を、反吉田演説を行ったという廉で、除名処分にする。
しかし、総選挙の結果、鳩山系の勢力が伸長し、党内に「民主化同盟(民同)」を結成し、抗争はさらに激化していく。

1954年に、政界を揺るがす造船疑獄が発生する。
検察庁は、幹事長だった佐藤栄作を収賄容疑で逮捕する方針を決定した。
しかし、犬養健法相は、指揮権を発動し、佐藤藤佐検事総長に、逮捕中止と任意捜査を指示した。
この指揮権発動は、吉田首相の意向を受けたものだった。

この事件を契機に、鳩山一郎や岸信介らの戦前からの実力が政界に重きをなすようになる。
1954年秋に、鳩山派と改進党が新党結成で合意し、日本民主党が結成される。
暮れには鳩山内閣が成立し、翌年の総選挙で日本民主党が第一党を確保するものの、左派社会党の勢力が伸長し、左派主導で左右社会党が統一すると、保守も、自由党と民主党が合同し、いわゆる「55年体制」が成立して、戦後政治の枠組みが固まることになった。

戦後の混乱から復興の時代へ、良くも悪くもダイナミックな変化の時代だったと言えるだろう。
それに比べ、孫の世代は世襲が常態化して閉塞してしまっているようにも見える。
その閉塞感を突破するために、野党への期待は大きい。
その辺りの空気を、新執行部がどこまで汲み取ることができるか?
政権交代のカギはそこにあるのではないだろうか。

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2009年5月16日 (土)

裁判員制度と量刑判断

福岡市で平成18年8月に起きた飲酒運転事故事故に対して、福岡高裁は、危険運転致死傷罪の成立を認め、懲役20年の判決を言い渡した。
同罪を認めなかった福岡地裁の懲役7年6月という判決に比べ、3倍の量刑ということになる。

地裁と高裁の判断の分かれ目はどこにあったか?
飲酒の程度、運転の状況と事故の状況などに関して、事実認定は、地裁と高裁との間に差異はないと考えていいだろう。
要は、飲酒していた被告が「正常な運転が困難な状態」だったかどうかの判断の違いである。
地裁は、事故を起こすまで、狭い道を無事故で運転した点や、事故直後、ハザードランプをつけて降車したり、携帯電話で友人に身代わりを頼んでいることなどをもって、相応の判断能力を失っていなかった、と判示している(08年1月9日の項)。

しかし、である。
狭い道だって、飲酒を自覚していれば、普段より慎重に運転するだろう。
身代わりを頼むことが相応の判断能力の証拠になるのか?
それでは、隠蔽の奨励のようなものである。
むしろ友人を巻き込もうとすること自身が、相応の判断能力を失っていると考えるべきではないのか?

高裁は、同じ運転状況に対して、「前方の注視が困難な状態で、先行車が間近に迫るまで認識できず、アルコールの影響で正常な運転が困難だったとしか考えられない。脇見が事故原因とした一審判決の事実認定は誤りだ」と判断した。
運転状況に関する認識では、高裁の見方を支持したいと考える。
本件に関して、危険運転致死傷罪の適用を認めなかった地裁判断を、「非常識な判決」と批判したことがある(08年1月9日の項4月23日の項)。
今回の高裁の判断は、危険運転致死傷罪を認定したことにおいて、より妥当なものであると考える。

しかし、である。
いよいよ導入が始まる裁判員制度との関連で考えるとどうだろうか?
もし、私が裁判員に選定され、この事件に係わったとしたらどうだろうか?
地裁の場で、裁判官の意見に反対して、危険運転致死傷罪を主張できただろうか?
おそらくは大いに迷ったことだろう。
判断に迷ったら、被告の利益を重視すべきか?
しかし、本件を危険運転致死傷罪に問わないとすれば、同罪を定めた意義はどこにあるのだろう?
迷いに迷った末に、それでも危険運転致死傷罪を主張しただろうとは思う。

次の問題は、危険運転致死傷罪を認定した上で、量刑をどう判断するか、である。
本件に関しては、いわゆる市民感情として、今回の高裁判断を支持したいという気持ちになりがちである。

しかし、である。
量刑は、この事件のみで考えていいのか?
つまり、他の事件とのバランスである。
専門家は、以下のようなコメントを寄せている。

メディアコメントも多い日大大学院法務研究科の板倉宏教授(刑法)は、判決について、「25年いっぱいの懲役刑はありえないことですが、それでも、かなり厳しい判断だと思います」と感想を話す。
この事件は、結果的にひき逃げしたとしても、殺すために故意に追突したという殺人案件ではない。板倉教授は、「殺人でも、こんなに重くなりません。懲役10数年になることが多いです。傷害致死3人でも、懲役20年はなかなかありません。遺族や市民の処罰感情を反映したものでしょうが、自動車の事件に限って重い感じがします。(高裁は)危険運転致死傷罪を適用する前提で事実認定したとしか思えませんね」と言う。

http://www.j-cast.com/2009/05/15041250.html

裁判員となった一般国民の多くは、職業法曹に比べ、より強く「遺族や市民の処罰感情を反映」することになるのではないだろうか?
少なくとも、私はそうなりがちだと、自分で思う。
裁判員制度の趣旨が、「遺族や市民の処罰感情を反映」するためのものであるならば問題はないが、そうではないだろう。
裁判員制度によって、量刑判断の公平性が損なわれるのではないかというのは、杞憂に過ぎないのだろうか?

また、次のような意見もある。

交通事故死者数は、自動車保有台数に比例する物理的な問題である。
Httpwwwnewsjanjanjpliving0703070304 交通事故の防止を、「被害者対加害者」「当事者同士の注意」という関係で捉えているかぎり、どんな対策も、本質的な交通事故対策とはならない。
公共交通や、徒歩・自転車で暮らせるまちづくりを促進し、自動車に依存しない交通体系を作ることが、真の交通事故防止である。厳罰化を強調するのは、交通行政に対する本質的な論点が提起されることを避けるための世論操作であり、マスコミは注意して対処すべきである。

http://www.news.janjan.jp/living/0801/0801098680/1.php
(図は、http://www.news.janjan.jp/living/0703/0703041018/1.php

国民皆ドライバーともいうべき状況において、厳罰化という世論の方向だけでは問題は解決しない。
交通事故という身近な問題に関しても、量刑判断に迷うことになるだろう。

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2009年5月15日 (金)

大型詐欺の事例(5)N資金

「Mの次はN」ということでもないだろうが、「N資金」というものもある。
アフリカの中西部にあるナイジェリアを舞台にした話である。
ナイジェリアは、かつてはイギリスの植民地だったが、1960年に独立した。
私には未知の国であるが、Wikipedia(09年4月28日最終更新)では、以下のように解説されている。

アフリカ最大の人口を擁する国であり、乾燥地帯でキャラバン交易を通じてイスラム教を受容した北部と、熱帯雨林地帯でアニミズムを信仰し後にヨーロッパの影響を受けキリスト教が広がった南部との間に大きな違いがある。また、南部のニジェール川デルタでは豊富に石油を産出するが、この石油を巡って内戦や内紛が繰り返されるなど、国内対立の原因ともなっている。

上記のように政情不安定であることから、地下資源をめぐって不正蓄財したとか、クーデターに追われた側の亡命資金がある、というような話が生まれやすい。
このナイジェリアから送られてくる手紙による「ナイジェリアからの手紙」と称される詐欺事件がある。
Wikipedia(09年5月12日最終更新)を見てみよう。

ナイジェリアの手紙ナイジェリアからの手紙又はナイジェリア詐欺 (Nigerian money transfer fraud, Nigerian scam, 419 scam) とは、アフリカ地域(主にナイジェリア)を舞台に多発している国際的詐欺の一種であり、先進国など豊かな国に住む人から、手紙やファクシミリ、電子メールを利用して金を騙し取ろうとする詐欺である。現在では電子メールで行われることが多い。
……
もともと詐欺師たちは、1980年代には企業オーナーや教会指導者ら個人に手紙を送り話を持ちかけていたが、電子メールの発達にともない、低いコストで不特定多数の一般人に対して詐欺を仕掛けることが可能になった。
2001年頃から世界中でこの「ナイジェリアからの電子メール」による被害が多発し、日本の個人のメールボックスにも英文で書かれた丁寧な申し出が多数届くようになり、受取人を困惑させている。
手紙、FAXあるいは電子メールの差出人は、無差別に送るメール等の中で「大量の資金を持つ人が、その金を安全に持ち出す方法で困っている。あなたの口座を貸してもらえないだろうか?」と丁重に呼びかける。

上掲サイトには、典型的な文例が載っている。

From: "BIBI LUCKY" <bibialora1@example.com>
Subject: can you?
Date: Thu, 28 Mar 2002 15:03:44 +0100
To: John.Doe@example.com
Reply-To: bibialora1@example.com

Dear Sir,

ASSISTANCE REQUIRED FOR ACQUISITION OF ESTATE

I write to inform you of my desire to acquire estates
or landed properties in your country on behalf of the
Director of Contracts and Finance Allocations of the
Federal Ministry of Works and Housing in Nigeria.
以下略

私にも、「ナイジェリアからの手紙」は届いたことがある。
この「ナイジェリアからの手紙」による資金話を、「N資金」というのだそうである。
「ナイジェリアからの手紙」に乗って金を騙し取られる人は限られているだろうが、「N資金の絡んだ銘柄」などという形で、資本市場にリンクすることがあるらしい。
N資金の話などはとても信じられないが、株が上がるのならば、別にデマでも構わない。
そう考えて、手を出す人は結構いるらしい。

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2009年5月14日 (木)

大型詐欺の事例(4)M資金

山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)も、「M資金」を扱っている。
山崎氏は、「地下資金」とか「アングラマネー」と呼ばれるものは、正確には、「unrecorded money=記録されざる金」のことである、という。
つまりは「簿外」であり、ダブルスタンダードということであって、それが詐欺事件の温床になっている構図については既に触れた(09年4月26日の項)。
そして、ほとんどの国で、GDPの20~30%の金が地下経済に潜んでいる、とする。
日本は最も少ないといわれるが、それでも13~14%くらいはいくだろう、ということである。

つまり、日本では表に出てこない資金が、総額70兆円ぐらいある、というのが通説だ、という。
しかし、そもそも「記録されざる」ものを、どう推測するのだろうか?
それはともかくとして、M資金の話には、一部に歴史的事実があることが、社会的地位のある人が引っかかる1つの原因である、と山崎氏は指摘する。

社会的地位の高いM資金の被害者は、詐欺に引っかかったことが明るみ出ると、自分の名誉にかかわることなので、極力隠そうとする。
したがって、新聞ダネになるM資金話は、氷山の一角と考えられる。
山崎氏は、「某大手航空会社社長」「某自動車メーカーの役員」「某大手化学品メーカーの社長」などの例を挙げている。

山崎氏は、M資金の源流として、以下の3つを挙げている。
1.GHQが残した対共産圏防衛機密費
日本の地政学的条件や、知識階層の動向等を踏まえ、GHQが引揚げるとき、当時の吉田首相に、巨額の資金を対共産圏防衛機密費として残していった、とするもの。
この大量の資金は、機密費扱いにせよ、とされた。
なぜならば、日本国憲法は思想の自由を保障しているから、共産主義諸国を仮想敵とすることは具合が悪い。GHQの経済科学局長マーカット少将の名を冠して、コード名「M資金」が残された。
共産主義の脅威が薄れてくると、この資金を、日本の産業育成に使うべし、ということになった。
しかし、今更公然化するわけにはいかない。
というような話をすると、特段の挫折体験もなく、周りに苦言を呈してくれる人もいなくなった裸の王様の権力者が、案外簡単に騙されてしまう、というのである。

2.戦時中の民間から供出させた貴金属・宝石類
日本政府が、第二次大戦中に、民間から貴金属および宝石類の供出を受けたのは、歴史的な事実である。
その貴金属・宝石類が、戦争終焉間際の混乱に紛れて、日本銀行の地下金庫に保管されたまま、終戦となった。
1982年9月に公開された「外務省外交文書」によると、これらの貴金属類等は、連合軍に無償で接収された。
講和条約締結後、大蔵省・日銀はこれを処分して現金として保管することになったが、戦時中に供出させた民間の財産が、眠ったままであったという発表はできない。
そこで、この大量の資金が、正式統計の外、国家予算外の資金となって保管され続けた、とするもの。
その総額は、当時の金額で2億5000万ドル(当時の為替レートで900億円)である、と外務省文書に記されている。
その中には、下記が含まれているとされる。
a 戦時中に民間が供出したものが大蔵省や日銀などの機関に移されたもの
b 民間企業が工業用に在庫していた物資
c 日本陸海軍がタイやインドシナなどの占領地から略奪してきた物資

3.国債利子還付金
戦後のどさくさに紛れて、GHQの指示で国有地の払い下げをほとんど無償で受けた政治家がいる。
それを売却したところ、3兆円になったが、その政治家はその金を国家に供託して、国債という形で受け取った。
その国債の利息だけで、年に1180億円になる。
その1年分を融資するが、その還付金手数料として、1%(12億円)を用意することが条件である。
その手付金として、10%(1億2000万円)を用意してもらいたい、というのがストーリーである。
実際に、この話で手付金をせしめたグループがあり、その総額は50億~70億円に達するといわれている。

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2009年5月13日 (水)

拙速に過ぎる民主代表選

民主党の小沢代表が辞任し、後継の代表を選出する選挙が、16日に実施されることになった。
何かと課題の多い時節であるから、時間をかけないで体制再構築を図ろうということであろうが、余りにも拙速というべきではなかろうか。

何のための代表交代かといえば、間近に迫っている総選挙に勝って、政権交代を実現するためであるはずだ。
そして、そのために何よりも必要なことは、国民に広く理解と共感を得ることであるはずではないのか。
後継候補者として、既に岡田克也氏や鳩山由紀夫氏の名前が取り沙汰されている。
おそらくはこの2人の争いということになるだろう。

政党の代表を選ぶ選挙は、その政党にとって、PRのための最大のチャンスであるはずだし、またそう活用すべきだろう。
しかし、もし、下馬評通りに岡田氏と鳩山氏しか立候補せず、投票権者が国会議員だけという事態で終わるとすれば、多くの国民は肩透かしを食ったような気持ちになるのではないだろうか?
代表交代によって、民主党という政党が、国民に何を訴えたいのか、そのメッセージが明確に伝わって来ないのである。

岡田氏も鳩山氏も、共に民主党代表の経験者である。
そして共に、お金持ちの家庭で生まれ育っている。
それは、基本的にお金に対してはクリーンだということに繋がるだろうとは思う。
また、2人とも、東京大学の出身で、学歴・履歴面でも十分エリートである。
私などからみると、どちらかといえば、似た者、という感じが否めない。

このような生まれや育ちからすると、庶民感覚が不足しているのではないか、という感じがする。
はたして格差社会における弱者の立場を理解できるだろうか。
そういう心配を払拭するためには、やはり議論を戦わせて、それぞれの考え方を表明するための時間が必要なのではないだろうか。

また、2人の差異はどこにあるのだろうか?
鳩山氏は小沢代表のもとの幹事長だったこともあり、親小沢とみられている。
そして、岡田氏はこれに対抗する勢力と位置づけられている。
しかし、小沢氏との距離感が、ポジショニングの軸だとしたら、何のための代表交代か、ということになりはしないか?

私は、小沢代表の秘書の捜査から起訴に至る検察のスタンスには疑問を感じるものであるが、それでも小沢氏が説明責任を果たしていない、と考える。
代表辞任の記者会見でも、その辺りは全く無視されていた。
西松建設との間には何もなく、「無いことを証明することは難しい」ということであろうか?

とはいえ、政治資金の使途等について、もう少し説明を加えることは可能だろう。
もちろん、これから公判の過程で、さまざまな事実が明らかにされていくだろうから、それを待つというのも1つの考え方である。
しかし、だとしたらその間は、小沢氏は、影響力の行使を自粛すべきではないだろうか。
もし、代表選の過程でも、政策等に関する説明が不十分なままだと、小沢氏が説明責任を果たしていない、という世間の批判は、次の代表にも継承されることになるのではないか。

小沢氏は、代表辞任の記者会見で、盛んにメディア批判を行った。
私たちも十分に批判的な目でメディアに接しなければならないとは思うが、民主党の執行部が代表選の日程を決める様子は、明らかにマイナスのイメージを与えているのではないか。
常識的に言って、小沢氏は自らの影響力を保持するために、鳩山氏を後継にしたいと考えているだろう。
そして、そのためには、投票の有権者の範囲を広げることなどせずに、なるべき速やかに選挙を実施することが有利だと判断したのだろう。

しかし、小沢氏は、あくまで引責辞任をした身であることを自覚すべきだろう。
あるいは、引責ということではなく、メディアの批判を避けるためだ、ということかも知れない。
しかし、辞任せざるを得なかったのは事実である。

民主党の議員の中には、週末に地元の意見を聞きたい、とする人が何人かいたようである。
私はもっともなことだと思う。
その何日かの日程も割けないということだろうか。
小沢氏の剛腕は、与党に向けて発揮されるべきではないのか。
自党内の反対派に向けて剛腕を振るっても、所詮内弁慶に過ぎないと思うのだが。

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2009年5月12日 (火)

大型詐欺の事例(3)「遠山青峰型」詐欺

人は非日常の生活に対する憧れを持っている。
例えば、南太平洋の島で、のんびりと過ごしたいなどと思う。
そして、身近なもののリスクははっきり認識できるが、手の届かない遠くにあるものは美しく見える。
近くに行けば沼地もあるし、蛇もいるし、岩はごつごつしている。
しかし遠く離れて見れば、青い山が白い雲の上にあるだけで美しく見える。

富士山なども同じである。
遠くから見れば、霊峰と呼ぶにふさわしい美しい山である。
しかし実際に登って見れば、単調でゴミが多かったり、山小屋はすし詰めだったりでガッカリということが多い。
山崎和邦氏は、このように、遠くにあるために本来のリスクが見えなくなってしまっていることを、「遠山青峰型」と命名している(『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511))。

バブルという現象が発生するのも、一種の「遠山青峰型」の現象であろう。
バブル史上において有名な「南海泡沫事件」というものがある。
Wikipedia (09年4月9日最終更新)では、以下のように解説されている。

南海泡沫事件(なんかいほうまつじけん、英語: South Sea Bubble)は、1720春から秋にかけてイギリスで起こった常軌を逸した投機ブームによる株価の急騰と暴落、およびそれに続く大混乱を指す。のちにイギリスの初代首相と見なされる政治家ロバート・ウォルポールがこの混乱を収拾、政治家として名をあげる契機となった。バブル経済の語源になった事件である。
南海会社(The South Sea Company, 南洋会社とも)は1711年にトーリー党のロバート・ハーリーによって設立された。イギリスの財政危機を救うため、国債の一部を南海会社に引き受けさせ貿易による利潤でそれを賄う目的でつくられた。

しかし、海難事故等で本業が振るわず、金融会社に業種転換し、新たなビジネスモデル(南海計画)を考案した。
当時のイングランドでは、中産階級が投資先を探している状態で、市場に資金がだぶついていたこともあり、南海会社の株価は急成長をとげた。
しかし、政府の規制等によって、南海会社の株価は急落した。
同社の株価の推移を示す。
Photo
南海会社事件では、ニュートンやヘンデルなども経済的に大きな打撃を受けたといわれる。
ニュートンは、『天体の動きなら計算できるが、人々の狂気までは計算できなかった』と述べたとされている。

日本でも、バブル経済の只中に、環太平洋リゾート計画などが打ち出された。
ハワイ、タヒチ、フィージー、ニューカレドニア、ゴールドコースト……。
まさにドリームプランの名に相応しい。
しかし、イギリスの南海計画と同じように、バブルの泡のように消える結果となった。
環太平洋リゾート計画などは、ロマンに満ちていると言えば言えるが、やはり計画そのものが非現実的だったと考えるべきだろう。
もちろん、この場合も、最初から騙すという意図ではないのだから、詐欺罪には相当しないということになる。

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2009年5月11日 (月)

大型詐欺の事例(2)海底や山中の宝探し

家族ぐるみのイベントなどで定番のゲームが、「宝探し」である。
単に見つかりにくい場所に隠すだけのものから、暗号やヒントを頼りに隠し場所を推論するものまで、子どもから大人まで、レベルに応じてバリエーションが設定できるのが人気の源泉だろう。
最近では、ジオキャッシングというGPSの位置情報を用いた「宝探しゲーム」もある。
ジオキャッシングとは、「Geography(地理)」と「Caching(物を隠すこと)」を組み合わせた造語のこと。
「キャッシュ」と呼ぶお宝を隠す際に、GPS端末を用いて隠し場所の位置情報をWebサイトに登録し、参加する人は、その情報を基にキャッシュのありかを探し出すというものだ。
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/col/20050608/112420/

このサイトには、以下のような記述がある。

徳川の埋蔵金やフィリピンの山下財宝、M資金……ちょっと洒落にならない例を挙げてしまったかもしれないが、洋の東西を問わず「財宝伝説」は枚挙に暇(いとま)がない。幼き日、冒険小説や漫画に登場するこうした“宝探し”に、胸躍らせた方も多いだろう。現実には“徳川埋蔵金発掘番組”のように、無残な結果に終わるのが関の山で、大人になるにつれてほとんどの人はそのようなトキメキを忘れてしまう。

この子供の頃のトキメキが、時に現実になることがある。
第一次大戦中に、日本郵船の八坂丸という客船が地中海でドイツ潜水艦に撃沈された。
この船に大量の金貨が積載されていて、それを積み荷リストで確認した男が、海底の金貨を引揚げて出資金に応じて分配するという事業を企画した。
そして、見事に金貨を海底から引揚げ、出資者に約100倍の配当金を支払った。

こういうことがあったこともあって、沈船の引揚げ計画に出資させようという詐欺がある。
1905年の日露戦争における日本海海戦で、撃沈された帝政ロシアのバルチック艦隊の一隻が、軍用資金を積んでいた、という積み荷リストをもとに、出資者を募った男がいた。
プラチナの延べ板を引揚げたという発表もあったが、真偽のほどはわからない、と山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)ではしている。

赤城山中の徳川埋蔵金を掘り出そうという話は、TV番組になったこともある。
幕府最後の財務大臣・小栗上野介は、名前の示すように群馬県出身で、江戸幕府の軍資金を日光か赤城山に埋蔵したという説がある。
それで、出資者を募り、本格的に掘削事業をしようと企画した男がいた。
しかし、この案件は、一種の地域おこしとして企画されたとも見ることができる。
徳川幕府だけでなく、武田信玄の軍資金を掘り当てよう、という企画もあった。

石油は現代社会には不可欠の物資である。
この石油ビジネスにおいて最も高い利益を得るのは、原油の探索と油田の開発である。
油田の開発には、地質学などの科学が動員され、複雑な算式を計算して原油産出の可能性を導き出す。
コンピュータの科学技術計算の重要な分野の1つである。

このオイルビジネスを詐欺の仕掛けに利用するケースもある。
油田の開発のために出資金を募るという話である。
鉱山の開発は、スーパーコンピュータを用いていくら精緻な計算をしても、根底に当たるも八卦当たらぬも八卦というような要素がある。
つまり本来的にヤマ師である。
ヤマ師が、最初から騙すつもりで資金を集めれば詐欺であるが、目論見が外れた場合には詐欺にはならない。

堀内光雄元通産大臣の指摘をきっかけとして廃止に至った石油公団などは、ほとんど詐欺に近い状態だったのではないか。
堀内通産大臣が問題提起した頃の状況は下記のようであった。
http://www.hit-press.jp/column/sk/sk41.html

当時通産相であった堀内は、平成9年12月の衆院決算委員会で「公団の財務内容は大丈夫です」と当時の石油公団総裁が答弁を繰り返すことから石油公団の状況に疑問を抱いた。その後自らの調査によって同公団が巨額の不良債権を抱えていることを突き止め、石油公団の問題点を報告書にまとめて国会に提出したり通産省に同公団の調査を命じた。また2度に渡って月刊誌「文藝春秋」に公団問題に関した論文を掲載した。その内容は、1度目は同公団のずさんな経営への批判と抜本的改革の要求を、2度目には同公団の改革に対する甘い取り組みや、公団及び公団の出融資先が一般の民間企業であれば法に触れる不明朗な経営を行っていることを厳しく指摘した。

しかし、もちろん石油公団が詐欺罪に問われるなどということは、ブラックジョークに過ぎない。

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2009年5月10日 (日)

大型詐欺の事例(1)不動産等の利回り保証

山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)には、山崎氏が「大型詐欺」と位置づける事例がいくつか取り上げられている。
その第一は、不動産の利回りを保証する、というものである。

不動産は扱う金額も大きいので、不動産詐欺には、トリビアルなものから手の込んだものまで、詐欺の対象となる事例に事欠かない。
幼稚な例として挙げられているものの1つが「原野商法」と呼ばれるものである。
この手の詐欺師は、その筋では「国定師」といわれるらしい。国定は、赤城山に立て篭もった国定忠治の国定で、赤城山の山奥のような場所を、住宅地や別荘地として販売するものである。
案内書には、「調整区域」であることが明記されている。しかし、大概は、目立たないように書かれている。
そして、そう明記されていて、「現状有姿」つまり現在の状態のままで販売するとも書かれているから、詐欺にはならない。

山崎氏の紹介する詐欺は、形を変えた不動産詐欺とでもいうべきもので、その1つが、有料老人ホームにかかわるものである。
有料老人ホームに投資することによって、安全確実な資産運用ができる、というのがウリで、年5.7%の配当を保証し、しかも元本保証である。
社会的意義もある。

こうした説明で富裕層からお金を集め、何もしないで休眠状態になっているファンドがある。
上掲書には、キャピタルインベストメントジャパン(CI社)という社名と、元北海道・沖縄開発庁懲戒稲垣實男という名前が載っている。
稲垣氏は、橋本龍太郎内閣のときに閣僚を務めたが、2000年に落選し、2002年にCI社の社長に就任、05年1月に辞任している。
投資を勧誘するパンフレットに、稲垣氏が写真入りで載っていたという。

このパンフレットをみて、元大臣が載っているから信用できると思う人もいるだろう。
しかし、山崎氏は、政治家や著名人、俳優などの名前を使ったり、写真を載せたりするような投資勧誘は、それだけで信用を半減させて考えるべきだ、という。
高率の配当がどのようなビジネスモデルで可能になるのか、その説明も明示すべきだということである。
そういう情報なしに信用するとすれば、信用した方にも問題がある。

山崎氏は、この事業は、最初から詐欺の意図はなかったのではないか、と推測している。
当初はうまくいくだろうと思って始めた事業が、結果として失敗して出資者に被害を与えることになった。
この場合には、詐欺罪は成立しない。
事業(企画)の失敗であり、投資家の失敗ではあるが、CI社の計画が最初から失敗を前提として構想されていたのでない限り、詐欺罪には該当しない、ということになる。
ただし、勧誘の仕方によっては、出資法違反に問われる可能性はある。

和牛預託商法というのも似たような類型といえるだろう。
Wikipedia(09年1月9日最終更新)では、以下のように説明されている。

和牛預託商法(わぎゅうよたくしょうほう)は、和牛の飼育事業に出資を募った上で、約束した配当を行わないという詐欺商法の一つで、現物まがい商法の一種である。
元々は、生産農家や協同組合などが和牛飼育に出資を呼びかけるもので、「一頭の和牛子牛に数人が共同して出資し、牛が売れたらお礼程度の牛肉を配当する」ものであった。数万円程度の出資で高級牛肉を購入するに等しく、この程度の投資呼びかけは現在でも続いているが、和牛預託商法は、これとは一線を画する。具体的には、「高額で売買される和牛子牛の飼育に出資すれば、成牛になったとき多額のリターンが望める」という触れ込みで、出資者から金を集める詐欺商法で、出資法に触れるような高利回りを謳ったものも少なくなかった。
牛一頭を数人で共同出資するなどと小規模なものではなく、実際の牛とはかけ離れて投資金額の額面と利回りだけが一人歩きしている特徴がある。実際には飼育していない和牛を多数飼育していると称して出資者から金を集め、配当せずに出資金を詐取することが多く社会問題になった。
1996年-1997年が事件被害のピークで、「特定商品等の預託等取引契約に関する法律」の特定商品に家畜が追加され規制されることになった。
法規制もあり最盛期には17社あった和牛預託商法の企業は出資者からの返金要請に応じて次々に破綻し、軽井沢ファミリー千紫牧場とジェイファームの2社の元社長が出資法違反と詐欺により逮捕・起訴されるなどして、同商法の被害は一旦収まった。

和牛預託商法はいくつかの牧場・協同組合で行われ、被害が発生したが、詐欺罪に問うのは難しいとされ、出資法違反で起訴された案件が多い。

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2009年5月 9日 (土)

詐欺の類型(2)未上場株の譲渡

金融庁のサイトには、次のような注意が記されている。

最近、新規公開株の人気上昇に伴い、金融庁の金融サービス利用者相談室等において、 「上場間近」、「値上がり確実」、「発行会社との強いコネにより入手」、「貴方だけに特別に譲渡します」などと称して未公開株の購入を勧められ、購入した ものの、「発行会社に問い合わせると上場の予定はないと言われた」、「株券が届かない」といった相談が増えています。

つまり、未公開株をテーマにした詐欺に気をつけてください、ということである。
一般に、株式の新規公開(IPO)時には、株価は何倍にも値上がりする。
情報化が進んで、そういうことを多くの人が知るようになった。
そこに詐欺師の付け入る隙間ができる。

長岡哲生『極秘資金』講談社(0801)にも、未公開株譲渡の詐欺事件が扱われていることは、既に紹介した(09年2月5日の項)。
未公開株譲渡詐欺でよくあるパターンには、以下のような例がある。
http://www9.atwiki.jp/kabutempra/pages/51.html

・儲かる未公開株の電話勧誘がありました
・聞いたことのある有名な会社がもうすぐ上場するので買わないかと電話
・先輩の会社が上場するそうで、一口乗らないかと言われました
・彼氏の会社が・友達の会社が上場するので買いたいです
・未公開株に投資する夢のあるファンド
・外国(ベトナム・インドなど)の未公開株に投資するファンド

しかし、考えてみれば、確実に儲かるような株を電話勧誘などするはずがない。
そういう話に乗る方が問題ではあるが、セールスをしている側の人間は、本当に儲かるものと思っているケースもある。
つまり、セールスマン自体が無知なのだが、本人は本当に儲かると思っているのだ。

比較的最近の事例として、以下のような相談をしている例があった(相談の日付は、09年2月21日)。
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa4736441.html

先日、必ず儲かると言われ「株式会社H4O」という会社の未公開株を勧められ購入しました。この会社の話では近いうちにジャスダック市場に上場する事が決まったということです。最近になって、本当に上場するのか?と疑問が湧いてきています。上場するといわれて買った未公開株ですが上場しなかった場合にはどのように対応すればいいのでしょうか?買った値段で発行会社が買い取ってくれるのでしょうか?ご教示願います。

これに対し、H4O社のサイトでは、以下のように説明している(説明の日付は、09年3月10日)。

拝啓 春分の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。
平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
弊社株式について弊社株式を「所持している。」または、「入手することができる。」等の勧誘にて株式の譲渡を行わずして金銭を搾取する被害が出ております。
弊社株式の「譲渡」、「譲受」に関しましては・・・・
1. 取締役会の譲渡承認を必要とします。
2. 株式の譲渡先を把握するため、かならず、弊社が介入させていただいております。
3. 譲渡代金の受渡に関しては弊社を窓口とさせていただいております。
以上について、明確に説明のなき勧誘を受けた場合は弊社までご連絡いただけますようお願い申し上げます。
敬具
株式会社H4O公開準備室

山崎和邦氏は、『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)において、未公開株の譲渡のセールスを受けたら、次のような質問をする、としている。

①主幹事証券はどこか?
②類似会社比準方式の類似会社はどこで、その試算価格はいくらか?
③ディスカウント・キャッシュフロー法による株主価値はいくらか? 1株当たり株主価値はいくらか?
④直近3年間のバランスシートと損益計算書は?
⑤直近の有価証券報告書は?

株式の発行会社と縁のない人間に、未公開株を譲渡するような話はあり得ないと考えるべきだろう。

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2009年5月 8日 (金)

詐欺の類型(1)インサイダー情報を装う詐欺

山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)には、典型的な詐欺のパターンが紹介されている。
ビッグ・コンマンの主要な活動の場は、金融市場と不動産市場である。

株式市場ではインサイダー情報をもとに証券取引を行うことが禁じられている。
インサイダー情報の典型は、敵対的TOB(企業の合併・買収を、公開株式市場で株式を買い集めて行うので、株価が大幅に上昇することが多い)やM&A(企業の合併・買収)、画期的新製品の開発、予想外の決算飛躍などのプラス要因、あるいは近日中に一大スキャンダルが暴露される、破綻するなどのマイナス要因である。

しかし、山崎氏に言わせると、「資本市場というものは、インサイダー情報で売買しても大儲けできるようなものではないのが普通だ」ということである。
長銀や日債銀が破綻することを内部情報で知って空売りをかけても、その時の値段は、既に破たんが発表された時の値段に近いものになっている。
市場は、諸々の資料や現象面から、破綻の匂いを嗅ぎつけ、すでに十分に売り込んでいるのであって、株式市場はそういう性格を持っている。

新発明・新商品などについても、同様である。
画期的な商品ならば、その企業の開発力などが織り込まれ、発表前に十分に値上がりしていることが多い。
発表があると、「材料出尽くし」で下がったりする。
自分が本当の内部者でないならば、自分が聞いた情報は、すでに市場は知っていると考えるべきだ、ということはよく言われる。

経済学者として著名なケインズは、株で大儲けをしたという。
上掲書によれば、ケインズは、インサイダー取引について、次のように言っている。

内部情報にまどわされることさえなければ、人々はもっと儲かるはずなのに。

兜町にも「早耳筋には近寄るな」という格言があるらしい。
あるいは「早耳筋の早倒れ」。

インサイダー情報を規制するのは、わが国では、証券取引等監視委員会(日本版SEC)である。
山崎氏は、SECの活動が盛んになればなるほど、インサイダー詐欺が横行しやすい。
たとえば、「SECがうるさいから他の人には絶対に内緒だ」と耳打ちされとする。
その情報を聞いた人(カモ)は、その情報を確認するために反対情報でチェックすることができない。
つまり、SECが詐欺師に活躍の場を提供している、ともいえる。

経済学は、社会科学の中で唯一ノーベル賞の対象になっている。
それは、近代経済学が数理的な方法を用いて、高い分析力を持っているからであり、立論の過程が明晰で合理的だからである。
その前提として、市場は経済合理性で動くという仮定がある。

しかし、市場は、単に経済合理性だけで動くとは限らない。
人間(ホモ・サピエンス)は、ホモ・エコノミクス(経済人間)ではない。
理に合わない市場のプレイヤーがいる。
だから、市場は、しばしばファンダメンタルズ(国の経済や企業経営の基礎的な指標)から乖離する。
言い換えれば、インサイダー情報が正しいものであったとしても、市場は予想通りには動かないということである。

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2009年5月 7日 (木)

ビッグ・コンマンの条件

詐欺師のことをコンマンというらしい(山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511))。
コンは、コンフィデンス(信用)の意味で、それをゲームとして楽しむ男である。
山崎氏は、次のように定義している。

暴力や脅迫は一切用いず、知力だけを使って、カモのほうから喜んで札束を差し出したくなるように仕組む犯罪者

いつまで経っても絶えない「振り込め詐欺」などの小口の詐欺師は、ショート・コンマンである。
彼らは世間に隠れてコソコソ生きる場合が多い。
これに対し大型詐欺師(ビッグ・コンマン)は、全く異なる生活様式を持っている。
彼らはコソコソ生きるのではない。
普通の人よりも優雅で端正で礼儀正しい。

日頃から細かな事実について、正確な描写を積み上げる。
一流ホテルのメイン・レストランの名前、そこの支配人の名前、そのフロア階数など、細かい情報についてきわめて正確である。
つまり、そういう細部の真実性によって、話の全体の信憑性を高め、虚構を信じ込ませるのである。

山崎氏の挙げている話法を紹介してみよう。

ある人のスピーチが非常に冗長であることを評して、彼らはこんなふうにいう。
「モーゼの十戒は二九七語で、リンカーンのゲティスバーグ・スピーチは二六六語だった。アメリカの独立宣言は三○○語だし、般若心経は二六二文字だ。だいたい重要な意味をもつ内容というものは、三○○語内外のものではないだろうか。彼のスピーチの原稿はなんと四○○○語以上ある。」

手形・小切手を駆使した信用詐欺を白詐欺(白鷺)、暴力装置や脅迫を匂わせて遂行する詐欺を黒詐欺、結婚詐欺などを赤詐欺という。
白詐欺は、業界では黒詐欺、赤詐欺に比べ、高級・知的とされ尊敬の眼で見られるという。

世には著名な白詐欺師もいるが、それは本当の一流の詐欺師ではないらしい。
超一流の詐欺師は、生涯噂にもならず、悪名も出ず、普通の紳士として優雅に暮らす。派手さはなく、世間的に目立たないように、迷彩をまとっている。
彼らの信条は、「法律に明らかに触れることをやる奴はバカで、放棄に絶対に触れないことばかりやっていても、大儲けはできない。虚実皮膜の間に動く」。

かつて、安部譲二さんが『塀の中の懲りない面々』文藝春秋(8608)というベストセラーを書いたが、塀の上を口笛吹きながら歩いて、絶対に中に落ちないのが一流だという。
ビッグ・コンマンは、念入りに準備されたストーリーを練り上げ、それをカモに信じ込ませるための詳細なデータを作り上げ、場合によっては念入りに準備された架空の設備(証券会社、外国大使館など)を用いる。
詐欺師の世界も、なかなか大変である。

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2009年5月 6日 (水)

詐欺の第三段階としての財物の受け渡し

詐欺の完成は、相手(カモ)に財物を提供させることである。
カモが錯覚から覚めないうちに財物の受け渡しを済ませることが、詐欺が成立する要件である。
虚業が、結果として虚業になってしまった、ということがあるのに対し、詐欺は、当初からこの第三段階の意図、つまりカモに自らの意思で財物を交付せしめてそれを取得しようとする意図がある。

「君子危うきに近寄らず」という。
危険なことに近づかなければ、詐欺から身を守ることができる。
しかし、せっかくそこにあるかも知れないチャンスに、最初から蓋を閉ざしてしまうのももったいない。
できることならば、情報に広く接し、詐欺情報は峻別して、価値ある情報を取得しようと考える方がベターだろう。

それでは、詐欺的な情報をどう排除するか?
山崎氏は、反対情報によってチェックするのが第一であるという。
不動産に関してならば、他の不動産業者でチェックするのである。
そのためには、日頃の付き合いも重要である。

社会通念からかけ離れたウマい話に関しては、裏付けを取るまで信用しないという姿勢が重要である。
たとえば、契約書は「強制執行認諾条項付き公正証書」というものを弁護士に作成してもらうことだ、と山崎氏はいう。
私は、そういう機会に巡り合ったことはないが、その程度の費用は自分で負担するくらいでないといけないということだ。

第二に、証券の話ならば、他の証券会社の意見を聞いてみることである。
最近はネット証券の手数料が安いことから、ネット証券の利用者が多いようであるが、山崎氏は、売買手数料を気にするようなレベルならば、儲けはタカが知れている、という。
優秀な証券マンとの対面会話が必要だというのである。

面白いのは、「違法行為だから人には言うな」という詐欺師の言い分を信じてしまう素人が多い、という指摘である。
実際、「あなただけに特別に教える」などという情報に、ロクなものはないだろう。
そんなことを信じること自体が錯覚だというのである。

よくあるのは、もうすぐ上場するという未上場株が手に入る、という話である。
一般に、上場すれば株価は何倍にもなるから、もし本当ならばオイシイ話である。
この手の話の真偽は、主幹事証券の担当者に聞けば5分間でバレる、というのが山崎氏の忠告である。

しかし、中には本当にウマい話もある。
問題は、その話の真偽を見分ける力があるかどうかである。
相手が誰であっても、物件自体が確かであれば問題はない。

山崎氏は、チェックは比較的簡単にできるのだから、すべての話を受け付けないというのは如何なものか、という。
詐欺師の常套手段は、「これは耳よりの話だから、誰にも言ってはいけない」というものだ。
しかし、山崎氏は、それは三流の詐欺師の話であって、一流は、そんな口止めはしない。
人に聞けば聞くほど、ウマい話だと信じ込むように仕組むのが一流だという。
「人に相談する」のではなく、「反対情報でチェックする」のだ、と山崎氏は言うが、本当jに一流の詐欺師にあったら、反対情報でチェックするのも覚束ないのではないか、と思う。

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2009年5月 5日 (火)

詐欺の第二段階としての瑕疵ある意思決定

詐欺の第二段階は、カモが誘導された錯覚に基づいて意思決定するように仕向けることであり、これを「瑕疵ある意思決定」という。
瑕疵というのは、Wikipedia(09年4月12日最終更新)では、以下のように説明されている。

瑕疵(かし)とは、ある物に対し一般的に備わっていて当然の機能が備わっていないこと。あるべき品質や性能が欠如していること。欠陥(厳密には、瑕疵≒欠陥であり、瑕疵⊃欠陥の関係である。瑕疵は単なる不完全、欠陥は安全に係る不完全を指す)。

つまり、意思決定を行うために当然の条件が備わっていないということである。
この意思決定を行った第二段階までにおいて、必ずしも違法性が生じているとは限らない。
山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)では、以下のようなケースを例示している。
たとえば、手品・奇術において、その素晴らしさに酔った観客が、「次回も見に来よう」とか「友人を誘って一緒に見に来よう」と意思決定し、それを実行に移しても、その「錯覚による意思決定」を起こさせたことに関しては違法性がない。もちろん、犯罪でもない。

詐欺の本質は、この「錯覚によって、この人に財物を渡そう」という意思決定をさせ、それを実行に移させるところにある。
刑法第246条の規定は、まさに「人を欺いて」ということを要件としている。
欺くということは、相手を錯覚に陥らせて、ということである。

この「錯覚による意思決定」を、法律用語では、「瑕疵ある意思決定」という。
騙された側(カモ)が、錯覚から覚めてその意思決定を否定したら、法理的にはその契約は取り消され、無効となる。
言い換えれば、詐欺が成功するためには、カモが錯覚から覚めないようにすることが重要で、錯覚から覚めないうちに、カモに自らの意思で財物を提供させなければならない。

詐欺師は、財物を奪うのではない。また、盗むのでもない。
相手(カモ)に、自らの意思で財物を提供させるのである。
カモが自らの意思で差し出すのであるから、詐欺は、盗みや脅迫よりも罪を加える正当性(当罰性)は、少ないということになる。

一流詐欺師は、カモが錯覚から覚める前に、事情を知らない第三者(善意の第三者)にその財物を売り渡してしまう。
脅迫による意思決定は、善意の第三者を含む誰に対しても、取り消すことができ、財物を取り戻すことができる。
しかし、詐欺によって差し出した財物は、善意の第三者から取り返すことができないのである。

山崎氏は、一流詐欺師は、カモの錯覚が容易に覚めるようなことはせず、場合によっては一生気づかない場合もある、という。
詐欺という犯罪を考える場合、重要なことは、被害者の意思によって財物が詐欺師に移転するということである。

ビジネスの場合においても、社会通念上許される範囲で、過大な表現によって相手の満足度を高めようとすることは多々ある。
その社会的通念ということが曲者で、ここまでというような明瞭な定義はないし、計量できるものでもない。
いわゆる「才覚」というものと、相手に瑕疵ある意思決定をさせることとは、ほとんど紙一重ともいうことができる。

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2009年5月 4日 (月)

詐欺の第一段階としての錯覚誘導

「M資金」話のような詐欺案件は、一般的にどういうプロセスを経るのか?
あるいは、これらの話を仕掛ける詐欺師たちは、どういうような行動をとるのだろうか?
山崎和邦『詐欺師と虚業家の華麗な稼ぎ方 人はこうして騙される』中経出版(0511)は、詐欺と虚業の本質に迫り、そこから身を護る術を紹介しようという趣旨の書籍である。
著者の山崎さんは、著者紹介欄によれば、次のような経歴の持ち主である。

1937年シンガポール生まれ、長野県育ち。1961年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券㈱入社。1974年同社支店長、1980年同社を退社し、三井ホーム㈱九州支店長に就任。1983年同社取締役、1990年同社常務取締役兼三井ホームエンジニアリング社長、1997年三井ホームエステート代表取締役副社長を務める。2001年同社を退社し、駒澤大学経営学部講師等を経て、現在、武蔵野学院大学教授、産能大学講師、㈱アライヴコミュニティ非常勤取締役。
ウォールストリートクラブ日本代表。日本経済学会、景気循環学会、日本経営教育学会、日本ウズベキスタン協会、日本ビジネスインテリジェンス協会、全日本剣道連盟会員。
主な著書に『投機学入門』『あなたはなぜ株で儲けられないのか』(ダイヤモンド社)などがある。

山崎さんは、「はじめに」で、「現在、職業的大型詐欺師の主な稼ぎの場となっているのは、金融市場と不動産市場である」と書いている。
その金融市場と不動産市場をビジネスの場としてきた山崎さんは、詐欺師や虚業家たちの、ビジネスモデル、人となり、見せ場や正念場や修羅場などを見てきた。
彼らの何人かとは、現在でも親交を続けている、という。

詐欺には、日常見られる小口詐欺と非日常的な大型詐欺とがある。
「M資金」には、小口詐欺の要素もあるのかもしれないが、基本的には大型詐欺ということになるだろう。
山崎さんの経験や見聞は、どう一般化できるのだろうか?

はじめに、詐欺と虚業はどう違うか?
刑法では、詐欺罪について次のように規定している。

第二百四十六条  人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
 2  前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

(電子計算機使用詐欺)
第二百四十六条の二
 前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M40/M40HO045.html

つまり、詐欺は、「人を欺いて」ということが基本的な要件である。
相手からの騙しとろうとする意図が最初からあり、当初から違法性がある。
これに対し、虚業は、当初から違法性を含んで行うとは限らない。
商取引上の駆け引きや、自社商品の強調・誇張を社会通念上の許容範囲を超えて行った結果、虚業となったという場合が少なくない。

それでは、詐欺はどのようにして行われるか?
詐欺の第一段階は、サギろうとする相手(これを「カモ」と称する)を、ごく自然に錯覚に導くことである。
手品や奇術も、意図的に錯覚に導くという点において、共通性がある。
手品や奇術には、タネやしかけのあるものと、タネやしかけはなく、術者の熟練したパフォーマンスのみで行うものとがある。

大型一流詐欺師は、手品や奇術の熟練した芸と似ている。
長年かけて、カモの属するハイ・ソサエティの生活様式を身につけ、実業家の行動様式を模倣する習練を積む。
その結果、一般の人々よりもはるかに上品で見識があるように見える。
博学であり、話していて楽しく、タメになることも多い。
日常は、嘘やあてずっぽうを言わない。
話題の中味は、一般の人よりもはるかに正確である。

そうしたことの結果として、大きなヤマにおいて、人を錯覚させることができるのだ。
いかなる詐欺も、カモに対する錯覚誘導工作からはじまる。
手品や奇術の「タネモノ」のように、タネやしかけを用いる場合もある。
一流詐欺師は、小道具は本物を使う。
舞台装置も、帝国ホテルや五つ星のホテルの会議室や客室を使う。
M資金詐欺では、都市銀行の役員室が使われた例もある。

一流詐欺師の要件は、他人に信用されることである。
言い換えれば、この人と話していると、とても気持ちよくて楽しい、と思わせることである。
そこまで済めば、錯覚誘導工作は半ば成功したといえる。
この段階までは、何の違法性もない。

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2009年5月 3日 (日)

金融地下帝国とM4の世界

高野孟『M資金-知られざる地下金融の世界』日本経済新聞社(8003)は、小林中元開銀総裁・アラビヤ石油会長が、首都圏の地銀・相銀を統合しようとした動きなどから、国際三大シンジケートの日本における受け皿は、“TKO軍団”であり、そのパイプ役が山田社長ではないか、と推測している。
しかし、高野氏が会った山田社長は、M資金筋のいう山田社長とは風貌等がまるで異なっている。
そして、山田社長の影武者のもう1人の人物が、山田心一という人物ではないか、と突き止める。
山田心一は、元特務機関員で、アメリカで情報関係の仕事をしているという。

高野氏は、金融地下帝国の構図を示す。
2_3M資金に代表される巨額融資話は、根拠のない詐欺話なのか、それとも何らかの実体を備えたものなのか、と高野氏は問題提起する。
詐欺事件として立件されたものは、架空の話だったからこそ立件されたので、当事者以外に知られることのない融資(不発を含む)は、事件になりようがない。
富士製鉄事件の主役の山崎勇は、逮捕後間もなく釈放され、10年間もリベート支払いの義務の存在を主張している。
政財界のお庭番的存在の長谷村資は、なぜ熱心に全日空にM資金を導入しようとしたのか?
全日空の大庭社長は日航の松尾静麿元社長が、M資金に関わるのを目の当たりにした体験があったので、長谷村の話に乗ったのだという。

高野氏は、M資金には虚の部分と実の部分がある、とする。
これだけ超一流会社のトップ経営者がM資金話に手を染めるには、それなりの根拠があるはずだろう。
とすれば、その密かに融資されている巨額の資金は、“公的な”性格のものなのか、単に偽造された国際闇金融のようなものか。
家計にヘソクリがあるように、国にもヤミの財源があるだろう。
霞が関の埋蔵金 などというものもある(09年2月8日の項)。

権力というのは、裏の金に対する実質的な支配の度合による。
簿外の金を持たない企業はない、と高野氏はいう。
山一證券や第一勧銀などの例をみれば、首肯せざるを得ないだろう。
その簿外の金は、トップにならなければ知りえないことである。
このような裏金の存在が、企業のトップをして、M資金の存在を信じさせるのではないか?

高野氏の要約は以下の通りである。

M資金話の基本パターンには、①ユダヤ系財閥の金、②ペンタゴンの金、③理財局の金--の三つがある。①は私的な性格を持ち、②③は公的な性格を持つと考えられるが、戦後日本の実質的な権力構成とユダヤ系財閥との関係からすれば①も単純に私的なものは言い切れず、②③も闇から闇へと運用されなければならない宿命を負っているという意味では、純粋に公的なものとは言えない。
また、①②は(象徴的な意味で)アメリカの金であり、③は日本の金であると考えられるが、①②も、占領時代の母斑を刻印されており、講和とともに日米の了解事項として生き残ってきたとの説明が正しいとすれば、日本政府・大蔵省の意向を抜きにして運営されるはずのものでなく、他方③も、戦後の復興と成長を支えた金融・財政システムそのものが日米合作の創作物であったことからすると、純粋に日本政府のヘソクリであるわけではない。
さらに①②は、外資であるにはちがいないが、基本は日本国内にある蓄積円資金であると考えられる。しかし、地下銀行ルートを通じて国境を越えて自由に移動する限りでは、まさに“外資”であるといえる。

高野氏は、闇金融の世界をM4の世界とする。
M1:現金、流動性預金。日銀が金融政策の根幹に据えているマネー・サプライ(通貨供給統計)
M2:M1に定期性預金を加えたもの
M3:M2に、郵貯、農協・漁協・労働金庫の預貯金、信託を加えたもの

M4の世界は、企業社会の“裏金の世界”であり、その奥には“国の裏金”に通じる地下水脈が通じているような日本経済の闇の世界である。

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2009年5月 2日 (土)

田中角栄=児玉誉士夫=小佐野賢治のTKO軍団

高野孟氏は、『M資金-知られざる地下金融の世界』日本経済新聞社(8003において、「M資金」とは、世界の三大シンジケート(ユダヤ、華僑、マフィア)の地下資金が表面化したものではないか、という仮説を立てる。
それでは、これらの国際シンジケートと最も深くつながっている日本での実権者は誰なのか?

高野氏の社会福祉団体に務める友人が、「M資金」話にコンタクトしていることについては、既に触れた(09年4月27日の項)。
その友人の話では、社会福祉団体の理事は、大手建設会社の副社長と一部上場の電機会社に話を持ち込んだという。
この辺りの関係者は、長岡哲生『極秘資金』講談社(0801)の登場人物と類似している(09年2月7日の項)。
社会福祉団体の理事に話を持ってきたのは、元代議士秘書である。
その代議士は、大平(正芳)派に属していたが、実際は田中角栄に非常に近かった。
田中金脈・人脈の中の工作員という感じで活動していた。
M資金ブローカーの間では、佐藤栄作なき後、最も熱心にM資金に関わっているのが田中角栄である、というのが定説になっている、という。

高野氏は、評論家・山川暁夫が『現代の眼別冊/黒い不死鳥・田中角栄』(7511)に寄せた文章を紹介する。
ちなみに、山川氏は、現在高野氏の活動の拠点となっている『インサイダー』を創刊し、高野氏ら若いジャーナリストを育てた人である。

田中の金脈はそれ(土地ころがし)以上に、首都圏の地方銀行を中心とした“金ころがし”と海外からの外貨送金の操作の中にあるという。大企業あるいは銀行からの一企業への融資--その企業の不実化の中に操作があるといわれ、一方ハワイと韓国からの利潤送金にもう一つの操作があるとの風評がある

山川氏は、2000年2月12日に亡くなったが、そのジャーナリストとしての姿勢、視点、知識を惜しむ人は多い。
川端治などの名前で、日本共産党の理論誌『前衛』などに論文を発表していたが、「新日和見主義事件」などを契機として、日本共産党を離れた。
余計なことではあるが、山川氏などを包容できなかった辺りが、宮本共産党の弱点だったのではないだろうか。

高野氏は、田中角栄=児玉誉士夫=小佐野賢治の人脈を、“TKO軍団”と表現し、それに連なる首都圏中心の地銀・相銀のネットワークこそ、元代議士秘書などが動いている世界であり、M資金とは何かを解くカギが隠されている、とする。
ちょっと興味を惹かれるのは、防衛事務次官・守屋武昌への過剰接待などが話題になった軍需専門商社・山田洋行が登場してくることである。

山田洋行の山田正志社長(当時)は、アメリカに強いコネクションを持っており、東京相和銀行の長田庄一会長(当時)と深い関係がある、と記述されている。
私も何回かプレーしたことのある富士エースゴルフ場は、長田と山田が半々で出資して作った日本振興開発という会社が経営していた。
高野氏によれば、開発銀行の元総裁でアラビア石油会長(当時)の小林中が、東京相銀と小佐野賢治がオーナーだった国民相互銀行を合併させ、さらに埼玉銀行と統合させるという構想を持っていた。
これは、首都圏の地銀・相銀の間を徘徊している“戸籍のない金”に戸籍を設けることが狙いだったのではないか。

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2009年5月 1日 (金)

世界三大シンジケートとM資金

富士製鉄事件に関して、高野孟氏らのインタビューを受けた猪島リツは、以下のように答えている。
「M資金なんて、まったく知らない。自分は関係ない。富士製鉄への融資はあって不思議ではない。ユダヤの資金が流れていることは事実だし、エドムント・ロスチャイルドも、“戦後の経済復興に貢献した”ということで、日本政府から勲一等をもらっている」。
高野孟『M資金-知られざる地下金融の世界』日本経済新聞社(8003)

高野氏は、猪島リツが、“オーナー”なる人物を介して、ロンドン・ロスチャイルドの当主E・ロスチャイルドやキッシンジャー元国務長官と個人的なつながりを持っていることは事実だが、彼女がその資金の運営に直接タッチする立場にあるわけではない、と書いている。
彼女は、ブローカーの山崎勇と組んで、寸借詐欺まがいのことを続けているのが現実の姿であり、詐取した金額は、10年間で7億円から10億円に達する、という。

ロンドンとパリに本拠をおくロスチャイルドは、世界最大、最古のユダヤ系財閥である。
高野氏は、「もしユダヤ人が北半球諸国に散在しなかったら、近代資本主義は生まれなかっただろう」というW.ゾンバルト博士の言葉を紹介している。
そのユダヤ人の、事実上の“宗家”とみなされているのが、ロスチャイルド一族である、という。

ロックフェラー家はユダヤではないが、石油と金融を中心とした同財閥は、多くのユダヤ系企業と密接に絡みあっている。
ロスチャイルドとロックフェラーの二大財閥は、アジアにおいては、華僑のグループと緊密に連携している。
華僑を抑えるというkとは、東南アジアから台湾、香港経由で、中国本土の経済まで抑えることを意味している。

高野氏は、ある大手都市銀行の国際部スタッフの話から、ロンドンで“ウォッシャブル・ローン”というものが行われている、という話を聞く。
ある石油メジャーが余剰資金を一流銀行に預金して、銀行がそれを見合いにして、指定された相手に融資する。
まさしく導入資金と呼ばれるものであるが、銀行は、バランスシートから預金も貸付も“洗い落としてしまう”ということだという。

このような“戸籍のない金”が日本にも流れ込んでくるのではないか?
高野氏が質問した多くの一流企業ビジネスマンの誰もが、その可能性を否定しなかった。
ある一流商社の航空機担当者は、「航空機に関係した商売をやっていると、あちこちでユダヤ系シンジケートとつながったブローカーに出くわす」と語っている。
私も、かつてボーイング社の本拠地シアトル駐在の長かった一流商社役員から、怪しげな資金の話を、真面目な話として、聞いたことがある。

高野氏は、次のようまとめている。

ユダヤ、華僑、マフィア--それぞれに重なる部分をもつこの世界三大シンジケートこそ、現代資本主義を実質的に動かしている、金と情報の地下水脈ではないのだろうか。そして、M資金とは、その地下水脈からひそかに汲み上げられる“黄金の水”の一形態なのではないか。そういう気がしてならないのである。
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