« 東京湾金塊引揚げ事件をめぐる怪死者(2) | トップページ | LEDの技術開発への期待 »

2009年4月22日 (水)

証拠判断と裁判員制度

和歌山市園部で、平成10(1998)年7月に起きたいわゆる「毒入りカレー事件」の最高裁判決が下りた。
1審、2審の死刑判決を支持し、林真須美被告の上告を棄却したものである。
この事件は、発生当初から、さまざまな問題性を含んでいた。

被害は、自治会の夏祭りが行われたときに、地域住民に振舞われたカレーにヒ素が混入していて、カレーを食べた4人が死亡し、63人がヒ素中毒に罹患したというものだった。
事件の第一報は、以下のようなものだった。
病院の話では、住民の手作りのカレーを食べた人が発症し、いずれも命に別状はないが、激しい嘔吐を続け、手がしびれたり、不整脈が出るなどの症状が見られ、35人が入院した。
また、和歌山市保健所は、集団食中毒とみて、症状の確認や原因食材の特定を急いでいる。

翌日になると、報道内容がガラリと変わった。
新聞の見出しは、以下のようなものとなった。
「カレーに青酸、4人が死亡」「42人入院、無差別殺人か」「和歌山市内夏祭り」
集団食中毒という判断が、青酸入りカレーに変化し、命に別状はないとされていたものが、既に4人亡くなっている。

事件発生時に中学3年生だった三好万季さんという少女は、最初の報道に接したときに違和感を持った。
はたしてカレーで食中毒が起きるのか?
食中毒で、短時間で手が痺れたり、不整脈が出るなどということがあるだろうか?

三好さんは、それから、まだ当時はさほど一般的ではなかったインターネットを駆使し、さらに専門書を購読して、食中毒の可能性を検証し、青酸の可能性を検証した。
その過程と判断を、夏休み理科の宿題として「毒カレー事件の四人は医療事故死である」というレポートにまとめた。
そのレポートを再整理したものが、「毒入りカレー殺人 犯人は他にもいる」というタイトルで、『文藝春秋9811号』に掲載された。

このタイトルは、文春の編集部によるものと思われるが、「毒入りカレー『殺人犯人』は他にもいる」と誤読するような仕掛けになっており、三好さんが、「殺人犯人」と呼んでいるように短絡する読者がいた。
その場合、三好さんが指し示しているのは、病院関係者や保健所関係者と受け止められるような文脈でもあったことから、懸命に救助活動を行っている者を、「殺人犯人」扱いするとはケシカラン、というような見解もあた。
原題を確認すれば、殺人と犯人の間にスペースがあるのであるが、一見するとそれには気づかないようにさせたところが、文春側のポイントだったとも言えるだろう。
この論文は、読者に大きな反響を呼び、第60回文藝春秋読者賞を受賞した。

私も、文春掲載論文を一読し、そのレベルに驚倒し、知人たちに薦めた記憶がある。
また、三好さんが開設していたサイトの掲示板では、三好さんの説の適否をめぐって、激しい論議が展開された。
私自身は、中学生という要素を除いても、卓越した思考力の持ち主だという判断だった。
三好さんの文章は、その後『四人はなぜ死んだのか』文藝春秋(9907)という単行本に収録された。

ところで、折りしも裁判員制度が導入される直前のタイミングである。
林真須美被告は、容疑を一貫して否認しており、被告と犯行を直接的に結びつける証拠はない。
状況証拠による事実認定をどう考えるべきか、格好のケースでもある。

一般国民である裁判員は、証拠に対してどう判断すべきか?
たまたまではあるが、いわゆる「足利事件」のDNA鑑定結果によって、科学的と思われる証拠も、必ずしも万全ではないことが示された。
以下のような内容である。

栃木県足利市で1990年、4歳女児が殺害された「足利事件」で殺人などの罪に問われ、無期懲役が確定した元幼稚園バス運転手菅家利和受刑者(62)の再審請求即時抗告審で、東京高裁が専門家に委嘱したDNA型の再鑑定の結果、菅家受刑者と女児の下着に付着した体液の型が一致しない可能性が濃厚であることが21日、関係者への取材で分かった。
田中康郎裁判長(現札幌高裁長官)が昨年12月、再鑑定の実施を決定した。今月末をめどに鑑定結果が書面で高裁に提出される。
確定判決は、捜査段階で行われた導入間もないDNA型鑑定で、女児の半袖下着に残された体液が菅家受刑者のものと一致したとされたことを有罪認定の柱の一つとしていた。今回の鑑定で明確に不一致と判断されれば、再審が開始される可能性が大きくなる。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009042100368

個人的な心証として、林真須美被告は、クロだと思う。
しかし、万が一にも冤罪の可能性はないだろうか?
私は以前に「裁判員制度に関する素朴な疑問」を記したことがある(09年1月24日の項)。
「毒入りカレー事件」の最高裁判決に接し、改めて、一般国民に冤罪判断を担わせることになる可能性を秘めた裁判員制度に疑問を感じざるを得ない。

|

« 東京湾金塊引揚げ事件をめぐる怪死者(2) | トップページ | LEDの技術開発への期待 »

ニュース」カテゴリの記事

思考技術」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

三好万季さんと彼女が書いたレポートのことは初めて知りました。
yahooで検索をしてみました。その内容まで知ることは出来ませんでしたが、
東京のド真ん中で起きた‘地下鉄サリン事件’と、和歌山県のとある地方に起きてしまった‘寝耳に水’の事件とでは、その後の対応や処置に、雲泥の差が出てしまうのですね。
そういえば、同じサリン事件でも、長野県でそれが起きた時には、警察は冤罪を作ってしまいました。
医療も、警察も、地方のそれ等の機関の能力は低い、ということを露呈していると思います。

投稿: 重用の節句を祝う | 2009年4月23日 (木) 10時35分

重陽の節句を祝う様

コメント有難うございます。
「四字熟語」は脳トレとして活用させて頂いています。
三好さんの文章は、「文藝春秋」に掲載された時点で読んで、「最近の中学生は大変なものだ」とビックリした記憶が鮮明です。
彼女のサイト
http://www.platz.or.jp/~yoroz/
のBBSもかつては大変な賑わいでしたが、最近はアクセスできないようです。
ご本人の消息も不明です。
どなたか教えてくれる人がいれば、と思いますが。

投稿: 管理人 | 2009年4月24日 (金) 11時34分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/395349/29232774

この記事へのトラックバック一覧です: 証拠判断と裁判員制度:

» 極北クレイマー【海堂 尊】 [本・月のうさぎ堂]
海堂 尊の本領発揮、医療事故、産科医療の問題に鋭くメスを入れています。事故か?過失か?現実世界の問題としても非常に考えさせる問題です。 [続きを読む]

受信: 2009年4月22日 (水) 23時10分

« 東京湾金塊引揚げ事件をめぐる怪死者(2) | トップページ | LEDの技術開発への期待 »