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2009年4月 6日 (月)

テボドン発射情報と科学技術リテラシー

北朝鮮の人工衛星(ミサイル)に関して、情報が錯綜している。
北朝鮮は衛星軌道に乗ったと報道し、ロシアもこれを追認したが、アメリカは否定している。
国連の安全保障理事会でも、2006年の安保理決議1718に違反しているのかどうか、見解が分かれている。
この決議は、北朝鮮が2006年10月9日に行った核実験を受けて、同月14日に、全会一致で決議したもので、北朝鮮に追加的な核実験や弾道ミサイルを発射しないよう求めたものだ。

日本やアメリカは、「明確な違反」と断定しているが、中国やロシアは、精査が必要との慎重意見である。
北朝鮮の報道するように、人工衛星打ち上げならば、必ずしも決議違反にあたらないともいえるからである。
もちろん、頭上を核兵器を搭載できるような飛翔体が飛んでいくのは決して気持ちのいいものではない。
しかし、情報が錯綜している段階で、逐一反応するのもどうかな、と思っていた。

日経ビジネスオンライン4月6日号に、伊東乾という人が、『なぜ日本はテボドンで右往左往するのか?』という論考を寄せている。
伊東乾氏の略歴は以下のように紹介されている。

1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学講師、慶応義塾大学などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。

要するに、芸術家の感性と物理学者の論理性を兼ね備えた人ということになるのだろう。
その伊東氏は、上掲論文で、大阪府吹田市の万博記念公園内に建設構想があった「国立産業技術史博物館」のために、大阪府などが作った協議会が蒐集した歴史的な産業資料2万数千点が、一度も公開されないまま廃棄処分されることが決まったというニュースから話を始める。
「国立産業技術史博物館」の構想はバブル期に暖められたものであるが、バブル崩壊後に計画は頓挫していた。
同博物館に展示するべく集められた、膨大な「産業資料」は、日の目を見ることなく万博公園内の旧万博パビリオン「鉄鋼館」の中に保存されていが、その「鉄鋼館」が万博資料館「EXPO'70パビリオン」として改修されることとなり、資料の保管場所がなくなったので廃棄処分にすることになった。
つまり、わざわざ集めた貴重なものを、塩漬けの果てに丸ごと「産業廃棄物」にしてしまうというのである。

大阪商工会議所によれば、今まで万博記念機構の厚意で無償保管してもらっていたが、「倉庫を借りれば年額1000万以上かかり、保管を続けることはできない」という。
確かに諸般経済事情が厳しい世の中ではあるが、年額1000万円程度の保管料なら、それほどの金額ともいえない。
国として対応することも可能だったのではないだろうか。
伊東氏は、「貴重な産業史の1次資料を、定見がなく、モノの価値を知らない指導層が、短期的な損得勘定でドブに捨てる。「モノづくり」で20世紀の繁栄を作った日本が、21世紀は緩やかにその役割を終え、これから衰亡してゆくことを象徴するような、なんとも心寒いニュース」と慨嘆しているが、同感である。

私は、1985年につくばで開催された「科学万博」の出展に関連して、アメリカとカナダの科学博物館を見て回ったことがある。
有名なスミソニアン博物館などは当然のことであるが、地方都市の科学博物館(自然史博物館)でも、見学者が参加できるよう展示に工夫が凝らされ、貴重な一次資料が収集されているのを体験した。
日本の地方都市でも、このような博物館があれば、理科離れといわれている中・高生なども、理科志向に回帰するのではないか、という気がする。

伊東氏の祖父の藤田香苗氏は、草創期の自動車エンジニアで、GMと川崎重工業の二重社籍だったそうである。
ミシガン大学の工学部出身であるが、当時は工学部工学科しかなかったという。
その祖父の遺したノートを見た時に、その余りの美しさに衝撃を受けたと、伊東氏は記している。
私も、日本のコンピュータの黎明期に活躍した池田敏雄氏を記念する富士通の池田記念室で、池田氏のノートを見たときのことを思い出した。
優れた先人の遺品は、強い刺激を与えるものである。

伊東氏は、科学技術教育において本物に触れることの重要性を説きつつ、テボドン情報に右往左往するのは、日本人が「定見」を失っているからだ、と指摘する。
吉田ドクトリン以来、「定見」のないフリを続けた結果、本当に「定見」を失ってしまったのではないのか、と。
そして、伊東氏は、技術とは結局「人」の能力の問題であるとし、テボドンで右往左往しているような状況では、大阪の産業技術史博物館の収集資料が廃棄されるのは必然だった、とする。
テボドンに右往左往するのも、貴重な産業史の資料が廃棄されるのも、ともに指導者層に(ということは国民一般にということにもなるのだが)、「科学技術リテラシー」「戦略リテラシー」が欠如している結果だというのである。

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