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2009年3月23日 (月)

ロッキード事件⑮…田中角栄無罪論

私たちの世代にとっては、「ロッキード事件といえば田中角栄、田中角栄といえばロッキード事件」である。
田中角栄は、立花隆氏の追究によって、金権政治家のイメージが定着し、ロッキード事件がそのイメージを増幅した。
しかし、既に30年余を過ぎた現時点で振り返ると、果たして田中角栄を、金権の一語で片づけてしまっていいものだろうか、という思いが湧いてくる。
特に、西松建設献金問題等に関する検察の捜査を見ていると、ロッキード事件における検察捜査はどうだったのか、ということが気になるところである。

木村喜助という元田中角栄弁護人が著した『田中角栄消された真実』弘文堂(0202)という著書がある。
もともと自費出版として構想されていた著作が、弘文堂から『田中角栄の真実―弁護人から見たロッキード事件』(0009)として出版され、その読者からの「もっと知りたい」という要望に応えた増補版である。
著者の木村氏は、「はじめに」で次のように書いている。

ロッキード事件は田中元総理大臣の金権イメージを定着させるものになってしまった。しかし、本書をお読みいただき、この事件が極めてあいまいであり、有罪判決が下されるような証拠はないということ、そして、田中元総理は知・情・意を兼ね備え、日本が決して失うべきではなかった大政治家であったということをおわかりいただけると幸甚である。

もちろん、田中元総理弁護人であるから、立場はアンチ検察で田中びいきにバイアスがかかっているはずである。
しかし、裁判の経過も歴史的事象として捉えられるだけの時間的距離感を得たとも言えよう。
木村氏は、本文の冒頭で、次のように書く。

田中元総理は無罪であった。田中元総理が有罪となるような公正かつ厳然たる証拠はなかった。
検察官が冒頭陳述や論告において主張した「総理の犯罪」の筋書きは、密室で無理に作られた検事調書を中心とした不自然極まりないものであった。どのような不自然な筋書きでも、それが真実であれば、なるほどと腑に落ちるものがある。しかし、ロッキード事件は、不自然な部分は不自然なまま腑に落ちず、さまざまなこじつけで辻つまを合わせたものに過ぎない。
裁判所はそのような検察の主張を鵜呑みにしたのである。証拠の取捨選択やその価値判断、事実認定の論理の進め方、被告人に有利な証拠の排斥の仕方、さらには嘱託尋問や内閣総理大臣の職務権限についての法律問題のとらえ方、ほとんどすべてがマスコミや検察の論理そのもの、あるいはそれ以上のものであった。すなわち刑事裁判の基本となるべき、主尋問・反対尋問を十分に行った公判証言が軽んじられ、後記のように検事調書が不当に重視された。特に重要な証拠である嘱託尋問調書に関しては、法定手続の保障(憲法三一条)、被告人の反対尋問権の保障(憲法三七条)等において裁判所は慎重な配慮をしたとは到底いえないのである。

ここでは、嘱託尋問調書に絞って上掲書の主張を見てみよう。
嘱託尋問調書の問題性については、既に09年3月15日の項で触れた。
角栄の死後に最終結論が出た「丸紅ルート」の最高裁判決で、ロッキード社のコーチャンおよびクラッターへの嘱託尋問調書には「証拠能力がない」と判断されたのだった。

ロッキード事件は、その端緒がアメリカ上院の院外交委員会の多国籍企業小委員会(チャーチ委員会)によるロッキード社の不正献金の発覚であった。
すなわち、捜査のはじめには、米国からの資料(チャーチ委員会でのコーチャンらの証言等)が存在するだけだった。
これらの資料の吟味のために、コーチャンらの取り調べが必要であったが、アメリカに出張した東京地検検事らは、コーチャンらに拒否されて、全く取り調べができなかった。

コーチャンらの証言の真偽の吟味ができない東京地検は、刑訴法上の起訴前の裁判官による証人尋問制度に名を借り、さらには検察官の持つ起訴猶予権を濫用し、アメリカの裁判所に証人尋問を嘱託して、コーチャンらに刑事免責を与えてその黙秘権を剥奪し(刑事免責を与えても証言しないと、そのことがアメリカの法律では罪となる)、証言させたのだった。
それが、昭和51年5月22日付で東京地検検事から東京地裁裁判官宛に出された証人尋問請求書であり、刑訴法226条に基づき、コーチャン、クラッター及び他1名の証人尋問を請求するから、アメリカの裁判所に送って尋問を嘱託してもらいたい、というものであった。

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