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2009年3月

2009年3月31日 (火)

西松建設献金問題の政治的影響力

1月の時点で、西松建設の裏金問題が、現代のロッキード事件になるか、ということを書いているサイトがあることを紹介した(09年3月5日の項)。
西松建設の裏金は現代のロッキード事件になるか(2009.1.21)
上掲サイトでは、西松建設献金問題に対する以下のような疑問点を指摘している。

第一に、事件の発覚が不自然である。
つまり、実行犯による「内部告発」による発覚ということについての疑問である。
第二に、問題化した時期である。
西松のダミーの政治団体からの献金は、とりあえず表献金であり、白日のものなので、献金自体を問題とするのならば、何年も寝かしておいて今頃出してきたということになる、と指摘している。
第三に、献金を受けたとされている議員の顔ぶれである。
上記サイトでは、共通項を以下のように括っている。
反(非)小泉、道路族、親中派。
上記サイトでは、このような現象をベースに、以下のような推測をしている。

未曾有の経済危機を何とかしなくてはならないオバマは、ブッシュ以上に日本からの収奪に励むにちがいない。
そんなアメリカにとって、小沢民主党が政権を取るのは問題外であるばかりでなく、国内に利権をもち、アメリカの言うことを素直に聞かないような自民党議員もさっさと切り捨ててしまいたいにちがいない。
まさに、アメリカの石油資本に逆らった田中角栄が逮捕されたロッキード事件と、同じことがおきようとしている。
発覚のきっかけは、裏金を横領した元部長・高原和彦の内部告発ということだが、西松建設がこの高原を追い詰めるわけがない。そんなことをしたら、こうしてバラされることは目に見えている。
考えられるのは、横領をかぎつけた「権力」から脅されてゲロッたということではないのか。
西松建設と言えば、かつては談合のまとめ役、いわゆる業務屋さんとして名を馳せていた。
だから、ちょっとマークされれば、不正をかぎつけることは困難なことではなかったのかもしれない。

ロッキード事件が、アメリカの謀略だったかどうかは分からないが、そういう疑いが出てくるに足りる条件はある(09年3月28日の項)。
既に風化してしまっているロッキード事件であるが、その経緯を再認識する中で西松建設献金問題を眺めると、奇妙な既視感のようなものを覚えることについては既に触れた(
3月29日の項)。

ロッキード事件のとき、田中角栄元総理が、マスコミとそれに影響された世論から袋叩きに近い扱いを受けていたことを覚えている。
私自身が、その世論を構成していた1人だった。
検察の正義を疑わず、特捜検事の活躍に喝采を送っていた。
マスコミの圧倒的な情報量の影響力は大きい。
いま、同じように、小沢氏に対する世論は批判的である。

例えば、3月27日付の読売新聞の社説は、以下のように論じられている。

読売新聞が実施した緊急世論調査で、小沢氏の公設第1秘書が、政治資金規正法違反で起訴されながら、小沢氏が続投を決めたことについて、有権者の3人に2人が「納得できない」と答えた。
小沢氏は、「続投が(民主党に)プラスかマイナスかは、国民の受け取り方次第だ」と表明してきた。調査に表れた国民の厳しい反応は、小沢氏に改めて進退について決断を迫るものとなろう。
小沢氏や民主党にとってマイナス材料はこれにとどまらない。
ゼネコンからの資金管理団体への違法献金について、小沢氏が「国民に説明責任を果たしていると思うか」との問いに、大多数がノーと答えている。
小沢氏は、これまで記者会見を重ねてきたが、事件を軽微な形式犯のように主張し、献金疑惑の核心に正面から答えてこなかった。有権者のこうした見方は、当然のことだろう。

小沢氏にとって、強い逆風というべきだろう。
もちろん、政党は世論の動向に右往左往することはないが、敏感であることも必要だろう。
そして、小沢氏自身が説いているように、重要なことは、政権交代である。
政権交代にとって、プラスかマイナスかで判断せざるを得ないのではないだろうか。
そして、国民としては、捜査のあり方、裁判の行方を、しっかりと見極めていくことが必要だと考える。
捜査の手法を見ると、検察は、政治資金規正法違反よりも、もっと悪質な違反を想定した筋読みをしていたように感じられる。
政治的影響力の大きな捜査が、予断に基づいたものでなければ幸いである。

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2009年3月30日 (月)

千葉県知事選と民意

千葉県知事選で、元衆院議員の森田健作氏が当選した。
森田氏は、2005年に行われた前回の知事選で、現職の堂本氏に6086票という僅差で惜敗した。
今回の選挙は、小沢民主党代表秘書の起訴と小沢代表の続投という状況に対して、どういう民意が示されるかという点において注目を集めた。

結果は、民主党など野党4党が推薦する吉田平氏(49)が破れたので、民主に逆風が吹いたということになる。
しかし、森田氏は、前回も惜敗であり、その後知事選に向けて活動してきたのであって、不利な状況からの逆転勝利というわけではない。
そういう意味からいえば、無党派に徹したことの勝利であって、政党離れという現象が確認されたとも考えられる。

国政選挙の場合は、2大政党の選択という性格が強くなるので、地方の首長選の結果がダイレクトに国政選挙の動向を示すものとはいえない。
しかし、民主党内にも、小沢氏の自発的辞任を求める声が大きくなってくることは必至だろう。
私は、小沢代表の秘書が逮捕されたという第一報を聞いた時点で、小沢氏は出処進退を明らかにすべきだとした(09年3月5日の項)。

その後、何回か、検察の捜査に関する疑問を書いてきた。
特に、ロッキード事件の経緯を再読する中で、私などがまったく疑いもしなかった田中角栄の有罪判決が、かなり疑わしい論拠に基づいていることを知り、西松建設献金問題に関しても、検察情報(マスコミ情報)だけで判断しないようにしなければいけない、と思うようになった。
しかし、小沢氏が続投すべきか否かは、検察の捜査に対する疑問とはまた別の問題である。

私は、今回の西松建設献金問題に関していえば、政治資金規正法違反だけで、今回のような捜査手法が取られるとしたら、明らかに政治的効果を意図した捜査と判断せざるを得ない。
西松建設献金問題がなくても、千葉県知事選で森田氏が勝利した可能性は高いと思うが、民主党などが推薦した吉田平氏にとっては、逆風であったことは間違いない。
つまり、民意は、検察の意図した方向に動いたのだろう。

ところで、今日の産経新聞の「正論」欄に、京都大学の佐伯啓思教授が、『「民意を問え」という政治暴論』という文章を寄稿している。
佐伯氏は次のように書いている。

民主政の中の政治家は、国民の代表であるが、この場合の代表というのは、公的事項について大きな判断をなしうる優れた人物という意味ではなく、「民意に従って動く人物」というような意味である。
しかし、「民意」なるものは明確でない。せいぜい世論調査の結果くらいしかそれを示すものはない。
また、大きな政治的論点に関して、国民が確かな民意を形成することは難しい。
旧来の政治が民意を反映していないとすれば、改革派は民意につくべく活動するということになる。

しかし、佐伯氏は次のような問題があるという。
第一に、政党の基本政策が「民意の反映」では意味をなさない。
政権交代が可能な二大政党などという構想は、両者が「民意の反映」を意図したら、成立しないだろう。
第二に、もし、「民意」を本当に反映したら、政治は「民意」と共に不安定化するだろう。
大衆社会では、「民意」は情緒とスキャンダルと映像的な効果によって動く。
つまり劇場型政治である。

政党がいずれも「民意」につこうとしたら、政策に差異がなくなってしまう。
そして、より「民意」を引きつけるためには、政策よりも、イメージと人気の方が有効である。
佐伯氏は、今日の政治課題は、民意が反映されていないことではなく、政治家が政治から逃げている点にあるとする。
そして、政治とは、政治理念を打ち出して、「民意」を動かす指導行為であると結んでいる。
佐伯氏の指摘は大いに首肯できることではあるが、現実政治とはいささか乖離している。
そして、千葉県知事選の結果などが、「民意」として大きな影響力を持つのではないかと予想される。

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2009年3月29日 (日)

ロッキード事件⑱…残されている謎

小林吉弥監修『知識ゼロからの田中角栄入門』幻冬社(0903)は、アメリカ発の疑惑という謎と共に、ロッキード事件の謎として以下を挙げている。

先ず、贈賄側の証人として嘱託尋問で証言したロッキード社のコーチャン元副社長とクラッター元東京事務所代表が、無罪どころか起訴すらされていないこと。
コーチャンやクラッターの嘱託尋問調書による証言の問題性については既に触れたが、贈賄側の主犯格が何ら罪を問われないというのも不自然といえよう。

そして、児玉ルートに手が付けられなかったこと。
上記のロッキード社の対日工作資金30億円のうち、大半は対潜哨戒機P3C絡みの児玉に渡り、丸紅経由で田中角栄に流れたとされている金額は5億円に過ぎない。
アメリカ側の資料に、児玉ルートに関する政府高官名がなかったこともあって、事件については5億円の詮議に集中して、児玉ルートに関しては追及されが不十分だった。
しかし、金額が大きく、しかも自衛隊の対潜哨戒機という公的な案件ということからしても、児玉ルートの方が大きな問題であったことは間違いないだろう。

さらに、木村喜助『田中角栄消された真実』弘文堂(0202)では、「5億円」の現金を誰が確認したか、という謎が指摘されている。
判決では、「5億円」は、伊藤宏丸紅専務から榎本敏夫秘書官に、段ボール箱に入れて渡されたと認定されている。
しかし、証拠上、「5億円」を見た者は、クラッターしかいない。
クラッターが、ロッキード社東京支社で、現金5億円を段ボール箱に詰めたと証言しているだけであるが、その証言は嘱託尋問の中でなされたもので、証拠排除されていて有罪の証拠にできない。
「5億円」を、丸紅側で確認した者がいないのである。

そんなことがあり得るだろうか?
丸紅という商社の人間が、領収書を出して段ボール箱を受け取ったとしたら、中味を確認するのは当然だろう。
まして、総理に献金するものだとしたら、慎重に確認してしかるべきだろう。
最終受取人の田中角栄が、「5億円」の受け取りを否認した状態だったのだから、「5億円」について、明確な裏付け証拠が必要だったにも拘わらず、判決は当然のように、伊藤→榎本の資金の流れを認定している。

西松建設献金問題の渦中で、ロッキード事件の経緯を振り返ってみると、奇妙な既視感のようなものを覚える。
第一は、逮捕容疑の類似性である。
7月27日、東京地検特捜部は、外為法違反容疑で、田中角栄前首相と秘書官の榎本敏夫を逮捕した。
この逮捕に関して、外為法違反は別件逮捕であり、外為法という形式的な行政犯で逮捕というのは大きな問題だ、と指摘した法律専門家がいた。
西松建設献金問題でも、政治資金規正法の虚偽記載という形式犯での逮捕から、捜査が始まっている。

第二は、丸紅や全日空などのトップが6月から始まると、稲葉修法務大臣が、「横綱級は2ヵ月以内に」などと発言して、角栄の逮捕が近いことを匂わせた。
この稲葉修法務大臣の観測情報は、漆間官房副長官の観測情報とそっくりではないだろうか。

そしてその結果として、第三に、マスコミ情報と検察情報がポジティブ・フィードバックしているように見えることである。
検察情報がマスコミによって世間に流され、それによって世論が形成される。
その世論に検察の捜査が後押しされ、裁判所の判断にまで影響を及ぼす。
おそらくは、西松建設献金問題でも、小沢民主党代表や大久保秘書について、クロの心証を形成している国民が多数だと思われる。
「推定無罪」などという言葉は、既に死語のようである。

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2009年3月28日 (土)

ロッキード事件⑰…アメリカの謀略?

産経新聞特集部編『検察の疲労』角川書店(0006)によれば、政官財界の構造汚職を暴き出したロッキード事件は、昭和43(1968)年の日本通運事件以降、十年にわたって「休眠状態」にあった特捜部にとって、権威と権限を世界にアピールするに十分なものであった。
しかし、このロッキード事件をめぐって、いくつかの不可解な謎が残されている。

第一の謎は、アメリカの謀略説とも絡む問題である。
ロッキード事件がわが国に報じられたのは、既に触れたように(09年2月26日の項)、アメリカの上院外交委員会の多国籍企業小委員会(チャーチ委員会)での公聴会の様子を伝えた外電だった。

ロッキード社が日本の自衛隊にP3C対潜哨戒機を、そして全日空にトライスター機を売り込むために、30億円にものぼる巨額の工作資金を右翼の児玉誉士夫や丸紅を通じて日本の政府高官に流した。

上掲書によれば、ロッキード事件捜査に関係した検察幹部が次のように語っている。
「ロッキード事件発覚の発端は、チャーチ委員会だが、その過程で不自然なことがあった」
何が不自然だったのか?

昭和50年夏、チャーチ委員会の事務所に小包が届けられた。
中身はロッキード社の極秘資料で、同委員会が公表した資料のほとんどは、この小包に入っていたものばかりだった。
その小包は、誤って配達されてきたと説明されている。
しかし、ロッキード社にとって社外秘の資料が、よりによって、多国籍企業を糾弾していた同委員会に「誤って」配達された、というのは余りにも出来すぎた話である。

ロッキード疑惑を最初にキャッチしたのはSEC(証券取引委員会)だった。
誤配は、単なるミスなのか?
それともだれか仕掛人がいて、誤配を装って、ロッキード社の機密文書をチャーチたのか?
あるいは、何者かが、SECの極秘文書をチャーチ委員会に届くように細工をしたのか?

上記の検察幹部は、米国発で、日本の捜査機関を動かし、徹底解明させようとした可能性が捨てきれない、という。
そして、その狙いは、田中角栄元総理だというのである。

田中元総理は、金脈問題で政権の座を降りていたが、巻き返しの機会を窺っていた時期である。
首相在任中に、日中国交正常化を行うと共に、日本独自の石油ルートの開拓を始めるなど、米国と対峙する方針を次々と打ち出してきた。
つまり、アメリカからすれば「宿敵」という位置付けになる。
当時通産相だった中曽根康弘は、田中角栄の「国産原油、日の丸原油を採る、という発言がメジャーを刺激した」と語っている。

謀略だったのか、単なるミスだったのかは別として、チャーチ委員会が発端で、疑惑は日本に波及した。
そして、東京地検特捜部の捜査はアメリカ主導で行われ、裁判では、東京地裁、東京高裁、最高裁ともに、いずれも検察側の主張を全面的に採用した。
田中角栄は、最高裁への上告審中に死去し、公訴棄却になったが、「総理の犯罪」による戦後最大の疑獄という評価が定着し、捜査の意図は達成された。
果たして、アメリカの謀略は存在したのか?

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2009年3月27日 (金)

ロッキード事件⑯…嘱託尋問調書の問題性

引き続き、木村喜助『田中角栄消された真実』弘文堂(0202)を中心として、嘱託尋問調書について考えてみよう。
東京地検の検事は、米国人であり米国に居住する被疑者のコーチャンやクラッターに対し、米国内で取り調べをすることができない。
そのために、東京地検は、東京地裁いコーチャンらの起訴前の証人尋問を請求し、東京地裁から嘱託して米国の裁判官に尋問してもらうという方法をとった。
しかし、わが国の刑事訴訟法には、外国の裁判所に嘱託して証人尋問をしてもらうという規定がない。
にも拘わらず、東京地裁は東京地検の請求を受けて、コーチャンらの証人尋問が実行された。

この嘱託尋問調書の問題の第一は、東京地検が、コーチャンらに刑事免責の約束をし、その代わりに黙秘権を行使させないという措置をとったことにある。
刑事免責とは、「起訴しない」という約束である。
例えば、麻薬の売人などに、「証言すれば処罰をしない」と裁判所が免責を与え、その代わりに黙秘権を取り上げ、主犯格の元締めなどを起訴し、有罪にする。

わが国の法制には、このような刑事免責の制度はない。
つまり、証人が供述を拒んだときに、刑事免責を与えて供述を強制することはできない。
最高裁判例では、検察官の不起訴(起訴猶予)の約束に基づく供述は、証拠能力がないとされている。
起訴猶予は、捜査終了後、罪が軽いとか、犯人が反省し弁償しているとか、訴追を必要としない情状がある時の検事の裁量権行使の規定で、米国における刑事免責とは質が異なる。

このような事情を承知していた米連邦地裁は、東京地検による不起訴の約束が、米法の刑事免責にあたるものであるかどうか、「深刻に懸念している」とした上で、日本の最高裁判所が明確な判断を下すまで、嘱託尋問調書を日本に伝達してはならない、と決定した。
最高裁はこれを受け、「本件各証人(コーチャン等)がその証言及びその結果入手されたあらゆる情報を理由として、公訴を提起されることはないことを宣明する」という宣明書を発行した。
こういう経緯を踏まえて、証人尋問が開始され、検察は嘱託尋問調書を入手できたのだった。

弁護側と検察側で、嘱託尋問調書の証拠能力に関して論争となった。
裁判所の判断は以下のようなものであった。

事件関係者のうち一部の者に対し、免責を付与して証言を強制することはわが国法制上これを予定した規定は見出し難いし、取引の観念、利益誘導等の見地から容認し難いと考える余地があり、従って現行法下、わが国の法廷で卒然として免責を与え証言させることは違法の疑いがある。しかし本件においては、これを処罰の断念とか、証言の取引ともいえない。(中略)証言調書をわが法制下で証拠として許容するにつき、障碍となるような不公平さや虚偽誘発状況はなく、違憲の疑いもない。

いささか分かりづらい文章であるが、要は、刑事免責という手法はわが国の法制の下では違法の疑いがあるが、本件に関しては違憲の疑いがない、ということである。
本件は、特別であるということになる。
法律の適用は、平等に普遍的になされるべきであることからすれば、異例の判断である。
最高裁が宣明書を出している事情を考慮すれば、下級審では尋問調書を斥けることはできなかったのではないか、というのが木村氏の見解である。

既に触れたように(09年3月15日の項)、平成7(1995)年2月22日、最高裁まで争われた「丸紅ルート」で、檜山広、榎本敏夫両被告の上告が棄却されたが、ここで嘱託尋問調書について、判断が覆った。
全裁判官一致で、刑訴法・憲法の趣旨に則り、刑事免責の約束をしたコーチャン等の嘱託尋問調書を、違法収集証拠と断定し、証拠能力がないからとして証拠排除(有罪の証拠としてはならない)としたのだった。

大野裁判官のが付した補足意見は次の通りである。

本件においては、証人尋問を嘱託した当初から被告人、弁護人の反対尋問の機会を一切否定する結果となることが予測されていたのであるから、そのような嘱託尋問手続によって得られた供述を事実認定の証拠とすることは、伝聞証拠禁止の例外規定に該当するか否か以前の問題であって、刑訴法一条の精神に反する。

ちなみに、刑訴法第1条は以下の通りである。

第1条 この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。

冷静な判断が下されたものであるが、ロッキード事件の根本が、ロッキード社の不法献金でそれを根拠づけたのがコーチャンやクラッターの証言だったのだから、基本的な構図に問題があったと言わざるを得ない。
しかも、嘱託尋問調書が刑訴法の精神に反すると判断された時には、田中角栄は既に亡き人になっていたのである。

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2009年3月26日 (木)

西松建設献金問題における悪質性の評価と捜査手続き・手法

郷原信郎氏は、日経ビジネスオンライン3月24日号掲載の『小沢代表秘書刑事処分、注目すべき検察の説明』という記事において、検察の説明責任を論じている。
検察が説明しなければならないポイントとして、「違法性の成否」の次に、「悪質性の評価」の問題がある。

郷原氏は、政治資金規正法の目的・理念からすると、罰則の対象とされる違反は、政治資金収支報告書の訂正や改善指導などでは目的が達っせられない悪質な違反に限られる、とする。
本件の場合はどうか?
問題になっているのは、収支報告書に寄附の事実を記載している「表の寄附」である。
収入の総額や支出の内容も開示されている。
収入が秘匿され、支出にも制限が働かない「裏の寄附」ではない。

「表の寄附」において、名義を偽ったとする違反が、「裏の寄附」と同視できるほど悪質か?
そうだとするためには、次のことが立証されなければならない。
第一は、「表の寄附」であっても、寄附の名義を偽っていることによって、「裏の寄附」と同様といえること。
第二は、寄附の見返りとしての便宜の供与が期待できたこと。言い換えれば、贈収賄的な要素があったこと。

「表の寄附」が「裏の寄附」と同視できるほど悪質であるとするためには、「ダミー団体」名義であることが、西松建設からの寄附を隠すことになっていたことが要件になるだろう。
この点に関して、郷原氏は、この団体から寄附を受けたり、パーティ券を購入していたりしていた数多くの政治家(自民党を含む)は、みな西松建設のダミーであることを知っていたはずだ、とする。
まあ、常識的に考えて、そうだろうと思う。
とすれば、西松建設の名義を隠す効果はなかったと考えられる。
そして、西松建設の名義を隠す効果がなかったとすれば、「裏の寄附」と同様の悪質性とは言えないだろう、ということになる。

寄附の見返りとして、便宜の供与が期待できたのか?
メディアでは、盛んに東北地方の公共工事の談合による受注に関し、小沢氏秘書の影響力が報じられている。
果たして、検察は、それを便宜供与的事実と捉えているのか否か?
贈収賄的な性格があったのか否かは、献金と受注者の決定の因果関係を法廷で問われることになるだろう。
これも一般論としていえば、大久保容疑者の影響力がどうして発揮されたか、個別の事業と献金との関係を裏付けることは難しそうである。

ところで、本件に関する捜査手続き・手法はどう評価されるべきだろうか?
被疑者の逮捕・拘留が行われるのは、逃亡の恐れや罪証隠滅の恐れなど、身柄拘束の「必要性」があり、かつ「相当性」がある場合である。
本件の場合はどうか?

大久保容疑者に逃亡の恐れは考えにくいであろう。
また、本件の最大の争点は、政治団体の実体がなかったどうかであり、罪証隠滅の恐れも考えられない。
つまり、逮捕の「必要性」はなかった、と郷原氏はいう。
「相当性」は、事案の重大性が判断要素になるが、そのことにも疑念があることは上記の通りである。

捜査手続き・手法に関して、郷原氏は、検察の説明責任を以下のように問う。

本件で、総選挙を間近に控えた時期に、野党第一党の代表の秘書をいきなり逮捕するという捜査手法が相当であり、任意で取り調べて弁解を十分に聴取したうえで、必要に応じて政治資金収支報告書の訂正を行わせるという方法では政治資金の透明化という法の目的が達せられない事案であったことを説明することが必要になる。

検察が捜査処理について説明責任を負うことは、一般論としては公判での主張立証に委ねればいい。
郷原氏は、検察に説明責任があるのは、以下のような疑念が生じているからであるとする。

政治資金規正法という運用の方法いかんでは重大な政治的影響を及ぼす法令の罰則の適用に関して、不公正な捜査、偏頗な捜査が行われた疑念が生じており、同法についての検察の基本的な運用方針が、同法の基本理念に反するものではないかという疑いが生じているからだ。

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2009年3月25日 (水)

西松建設献金問題における違法性の成否

郷原信郎氏が、日経ビジネスオンライン3月24日号の記事を書いたのは、小沢民主党代表秘書の起訴が確定する前であったが、昨日、起訴が確定したので、郷原氏の問題提起は、仮定の話ではない。
日本の社会のあり方に重要な警鐘を鳴らしているものと受け止めるべきであろう。

郷原氏は、検察の説明責任について、次のように書いている。

何よりも、政治資金規正法という、罰則の適用の方法いかんによっては、重大な政治的影響を与え、まさに政治的権力を行使することにもなり得る法律についてどのような方針で臨んでいるのかについて、検察のトップである検事総長が、検察の組織としての基本方針を説明する必要がある。

郷原氏は、本件の捜査における罰則適用が、政治資金規正法の基本理念に反しているのではないか、という重大な疑念が生じている、とする。
繰り返しになるが、郷原氏は政治資金規正法違反における罰則の適用は、他の手段では法律の理念が達成できないような場合に限られるべきだ、ということである。
優先されるべきは、法律の内容についての指導・啓蒙、適法性についてのチェック、収支報告書の記載に誤りがあった場合の自主的な訂正、それに対するマスコミや国民の批判などの手段である、ということである。
つまり、今回の容疑とされている政治資金収支報告書に虚偽記載があるならば、それを訂正することが先で、みだりに罰則を適用すべきではない、ということになる。

郷原氏は、検察OBの堀田力氏が、政治資金規正法の罰則適用について、「検察は説明責任を負わない」という見解を表明していることに対して、検察が組織として同じ見解なのか否か、国民に対して説明すべきだ、とする。
堀田氏のような見解で政治資金規正法の罰則適用に臨むということであれば、それは憲法が定める三権分立の枠組みにも影響を与えるような強大な権限を検察に与えるものであり、国会の場で検事総長が説明を行うことが必要であるということである。

検察が組織として堀田氏とは異なり、郷原氏と同様に、他の手段では法律の目的が達せられない場合にのみ罰則を適用すると考えているならば、本件について、そのような場合に該当することについて説明すべきである、ということになる。
郷原氏も、捜査の秘密や公判立証などの関係で、個別具体的jな事件の内容についての説明には制約があるとしている。
しかし、罰則適用の前提となる政治資金規正法の解釈問題については、制約はなく、また政治的に極めて大きな影響を与える事件であるから、事実関係についても積極的に説明を行う必要があるのではないか、としている。

郷原氏は、検察が説明すべき事項を次の3つに整理している。
1.違反の成否に関わる問題
2.悪質性の評価に関わる問題
3.捜査の手続き・手法に関する問題

違反の成否に関してのポイントは、先ず「虚偽記載」と判断した法解釈である。
郷原氏によれば、政治資金規正法においては、寄附の資金を誰が出したかを報告書に記載する義務はない。
たとえ、西松建設に献金額を明示した請求を送っていたとしても、それだけでは違反ではない。
問題は、2つの政治団体が、全く実体のないダミー団体で、それを小沢氏側が認識していたかどうかである。

「実体がない」とはどのような状態と考えるべきか?
会員名簿の管理や献金などの事務手続きを、実際には西松建設の社員が行っていたことが、実体のないことの根拠だと報道されている。
しかし、郷原氏は、それくらいのことは、数多く(郷原氏は、数千、数万と表現している)の政治団体が行っていることで、明確な判断基準を示すことが必要だとする。
そして、問題は、大久保容疑者の認識の問題である。
違反の成否のポイントとなるが、認識の問題を客観的に立証することは、一般論としてはかなり難解なことなのではなかろうか?

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2009年3月24日 (火)

西松建設献金問題に関する検察の説明責任

西松建設献金問題で逮捕拘留されていた小沢民主党代表の公設秘書が起訴された。
秘書は、容疑を否認したままだという。
小野寺光一氏が3月24日発行のメルマガで書いているように、「「起訴」されたということは、一般大衆の中で「小沢事務所側は有罪」という心証が形成される」ことになるだろう。
政権交代という大きな政治的節目という状況の中で、検察の捜査はきわめて大きな政治的影響力を及ぼすことになる。
本件に関する検察捜査のあり方に関して鋭い問題提起をした(3月17日の項3月18日の項3月19日の項)郷原信郎氏が、続編を日経ビジネスオンライン3月24日号に寄稿している。

郷原氏は、現在の状況を次のように書いている。

総選挙を間近に控え、極めて重大な政治的影響が生じるこの時期に、まさか、逮捕事実のような比較的軽微な「形式犯」の事件だけで、次期総理の最有力候補とされていた野党第一党の党首の公設秘書を逮捕することはあり得ない、次に何か実質を伴った事件の着手を予定しているのだろうというのが、検察関係者の常識的な見方だった。
「逮捕事実のみで起訴」はほぼ確実
しかし、その後、新聞、テレビの「大本営発表」的な報道で伝えられる捜査状況からすると、他に実質的な事件の容疑が存在するとは思えない。態勢を増強して行われている捜査では、もっぱら東北地方の公共工事について調べているようだが、2005年の年末、大手ゼネコンの間で「談合訣別宣言」が行われて以降は、公共工事を巡る旧来の談合構造は解消されており、それ以降、ゼネコン間で談合が行われていることは考えにくい。それ以前の談合の事実は既に時効であることからすると、談合罪での摘発の可能性は限りなく小さい。
また、いわゆる「あっせん利得罪」は、「行政庁の処分に関し、請託を受けて、その権限に基づく影響力を行使して公務員にその職務上の行為をさせる」ことが要件であり、野党議員や秘書に関して成立することは極めて考えにくい。
このように考えると、少なくとも、現在、検察の捜査対象となっている大久保容疑者の容疑事実は逮捕事実の政治資金収支報告書の虚偽記載だけと考えるのが合理的であろう。

このような認識に基づいて、郷原氏は、今回の事件についての検察の説明責任について論じている。
郷原氏は、検察OBの堀田力氏の「検察に説明責任はない」という主張(朝日新聞3月20日掲載)を紹介している。
堀田氏はロッキード事件の検事として有名になり、その後TVなどにも出演することが多いので、影響力の大きなヤメ検といえよう。
堀田氏の論理は以下のようである。

政治資金規正法違反は、汚職と同様に、国民の望む政治の実現のために重要な役割を担う「規制」の違反だから、検察は必要に応じて逮捕を行い法廷で容疑の全容を明らかにするだけでよく、それ以外のことを説明する責任はない。

これに対し、郷原氏は、根本的に間違っていると批判している。
先ず、政治資金規正法違反を、汚職と同列に位置づけられるのが間違いである。
「汚職」は、「金銭等の授受によって公務員の職務をゆがめた」という評価を伴うものであり、汚職政治家を排除すべきであることについては、当初から国民のコンセンサスが得られている。
汚職政治家が多数いるのであれば、それを片っ端から摘発していくことが検察の使命と言い得るであろう。
そして、その摘発の是非を判断するのは裁判所である。

これに対して、政治資金規正法は、政治資金を「賄賂」のように、それ自体を「悪」として規制する法律ではない。
政治活動を、それがどのような政治資金によって行われているのかも含めて透明化して国民の監視と批判にさらし、それを主権者たる国民が判断する、という基本理念に基づく法律だ。
「規制」ではなく「規正」とされているのも、政治資金を透明化によって正しい方向に向けようとする考え方に基づいている。

郷原氏は、堀田氏の認識をこのように批判した上、政治資金規正法違反については、法律の内容についての指導・啓蒙、適法性についてのチェック、収支報告書の記載に誤りがあった場合の自主的な訂正、それに対するマスコミや国民の批判などの手段に委ねられるべきである、とする。
つまり、罰則の適用は、他の手段では法律の理念が達成できないような場合に限られるべきだ、という考え方である。

検察が説明責任を持たない、という考え方に関して、郷原氏は次のように言う。

政治資金規正法違反を贈収賄と同列にとらえ、政治資金規正法に違反して政治資金の透明性を害した行為があれば、検察は、いかなる行為を選択して摘発することも可能で、それについて説明責任を負わないという考え方は、同法の理念に反するばかりでなく、検察の権力を政治より圧倒的に優位に位置づけることになりかねない。健全な民主主義の基盤としての権力分立の仕組みをも否定するいわば「検主主義」の考え方と言うべきであろう。

検主主義の国家は、まさに暗黒国家だと言うべきであろう。

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2009年3月23日 (月)

ロッキード事件⑮…田中角栄無罪論

私たちの世代にとっては、「ロッキード事件といえば田中角栄、田中角栄といえばロッキード事件」である。
田中角栄は、立花隆氏の追究によって、金権政治家のイメージが定着し、ロッキード事件がそのイメージを増幅した。
しかし、既に30年余を過ぎた現時点で振り返ると、果たして田中角栄を、金権の一語で片づけてしまっていいものだろうか、という思いが湧いてくる。
特に、西松建設献金問題等に関する検察の捜査を見ていると、ロッキード事件における検察捜査はどうだったのか、ということが気になるところである。

木村喜助という元田中角栄弁護人が著した『田中角栄消された真実』弘文堂(0202)という著書がある。
もともと自費出版として構想されていた著作が、弘文堂から『田中角栄の真実―弁護人から見たロッキード事件』(0009)として出版され、その読者からの「もっと知りたい」という要望に応えた増補版である。
著者の木村氏は、「はじめに」で次のように書いている。

ロッキード事件は田中元総理大臣の金権イメージを定着させるものになってしまった。しかし、本書をお読みいただき、この事件が極めてあいまいであり、有罪判決が下されるような証拠はないということ、そして、田中元総理は知・情・意を兼ね備え、日本が決して失うべきではなかった大政治家であったということをおわかりいただけると幸甚である。

もちろん、田中元総理弁護人であるから、立場はアンチ検察で田中びいきにバイアスがかかっているはずである。
しかし、裁判の経過も歴史的事象として捉えられるだけの時間的距離感を得たとも言えよう。
木村氏は、本文の冒頭で、次のように書く。

田中元総理は無罪であった。田中元総理が有罪となるような公正かつ厳然たる証拠はなかった。
検察官が冒頭陳述や論告において主張した「総理の犯罪」の筋書きは、密室で無理に作られた検事調書を中心とした不自然極まりないものであった。どのような不自然な筋書きでも、それが真実であれば、なるほどと腑に落ちるものがある。しかし、ロッキード事件は、不自然な部分は不自然なまま腑に落ちず、さまざまなこじつけで辻つまを合わせたものに過ぎない。
裁判所はそのような検察の主張を鵜呑みにしたのである。証拠の取捨選択やその価値判断、事実認定の論理の進め方、被告人に有利な証拠の排斥の仕方、さらには嘱託尋問や内閣総理大臣の職務権限についての法律問題のとらえ方、ほとんどすべてがマスコミや検察の論理そのもの、あるいはそれ以上のものであった。すなわち刑事裁判の基本となるべき、主尋問・反対尋問を十分に行った公判証言が軽んじられ、後記のように検事調書が不当に重視された。特に重要な証拠である嘱託尋問調書に関しては、法定手続の保障(憲法三一条)、被告人の反対尋問権の保障(憲法三七条)等において裁判所は慎重な配慮をしたとは到底いえないのである。

ここでは、嘱託尋問調書に絞って上掲書の主張を見てみよう。
嘱託尋問調書の問題性については、既に09年3月15日の項で触れた。
角栄の死後に最終結論が出た「丸紅ルート」の最高裁判決で、ロッキード社のコーチャンおよびクラッターへの嘱託尋問調書には「証拠能力がない」と判断されたのだった。

ロッキード事件は、その端緒がアメリカ上院の院外交委員会の多国籍企業小委員会(チャーチ委員会)によるロッキード社の不正献金の発覚であった。
すなわち、捜査のはじめには、米国からの資料(チャーチ委員会でのコーチャンらの証言等)が存在するだけだった。
これらの資料の吟味のために、コーチャンらの取り調べが必要であったが、アメリカに出張した東京地検検事らは、コーチャンらに拒否されて、全く取り調べができなかった。

コーチャンらの証言の真偽の吟味ができない東京地検は、刑訴法上の起訴前の裁判官による証人尋問制度に名を借り、さらには検察官の持つ起訴猶予権を濫用し、アメリカの裁判所に証人尋問を嘱託して、コーチャンらに刑事免責を与えてその黙秘権を剥奪し(刑事免責を与えても証言しないと、そのことがアメリカの法律では罪となる)、証言させたのだった。
それが、昭和51年5月22日付で東京地検検事から東京地裁裁判官宛に出された証人尋問請求書であり、刑訴法226条に基づき、コーチャン、クラッター及び他1名の証人尋問を請求するから、アメリカの裁判所に送って尋問を嘱託してもらいたい、というものであった。

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2009年3月22日 (日)

ロッキード事件⑭…推定無罪という法理

平野貞夫『ロッキード事件「葬られた真実」』講談社(0607)は、30年という歳月は、ロッキード事件の真実を闇の中から引っ張り出してきた、とする。
つまり、葬られた真実が、白日のもとにさらされた、という趣旨である。

その葬られた真実の第一は、児玉誉士夫の証人喚問に関する陰謀である。
その陰謀に加担した黒幕は、中曽根幹事長である、と平野氏は指摘する。
また、三木首相に「刑事訴訟法47条但書」の知恵を授けたのは、衆院法制局の局長だった。
前尾繁三郎衆院議長は、三木首相による解散・総選挙を阻止し、一方で角栄による「三木おろし」=総辞職を許さず、衆参両院議長裁定で国会を正常化した。

解散もなく総辞職もなかったからこそ、検察は刑事免責を条件とした嘱託尋問を行って、角栄逮捕に執着した。
田中角栄は、政権のトップ=三木首相、国会のトップ=前尾繁三郎衆院議長、自民党のトップ中曽根幹事長、司法のトップ=東京地検特捜部によって包囲された、四面楚歌の状態だった。
角栄は、自分の包囲網に無頓着だった。
結果として、包囲網は、角栄を潰すまで狭められていった。
平野氏によれば、田中角栄は「無罪」とは断定できないが、法理的には、「推定無罪」であって、せいぜい疑惑の政治家としてマスコミい叩かれる程度で済んだのではないか、という。

平野氏は、上掲書の「あとがき」で、次のように書いている。
田中角栄は、2つの意味で無罪ではなかったか?
1つめは、ロッキード裁判で、日本の法制度にない「司法取引」と同等のものが導入されたことである。
アメリカ側への嘱託尋問を行い、証人が罪に問われることがないことを保証したうえで、彼らの証言から得た内容を証拠として採用し、角栄は有罪になった。
罪を問われることがないとしたら、証人は司直の言うとおりの話をしたとしてもおかしくないだろう。
この辺りの実相は不明である。
しかし、このような刑事免責を前提とした嘱託尋問が、法理論的には間違っているということを、後に最高裁自らが認めている。

平野氏は、民主党代表の小沢一郎が、『90年代の証言 小沢一郎 政権奪取論 (90年代の証言)』朝日新聞社(0606)において、角栄の裁判をすべて傍聴したあとに感想として、「ロッキード裁判は、司法の自殺行為」として、次のように語っていることを紹介している。
第一に、角栄が受け取った5億円を見た人がいないこと。
ロッキード社のコーチャン副社長、クラッター元東京支社長、丸紅の大久保利春専務らの誰もお金を見た人はいない。
最高裁判所は、裁判官会議によってコーチャンに免責特権を与えて嘱託尋問を行ったが、日本の司法には、司法取引による刑事免責などの仕組みはない。
田中角栄は、自分(小沢一郎)にとって、反面教師だった。
しかし、彼だけが責められてほかのことはねじ曲げられてもいい、という非論理性が、日本人のいけないことではないのか?

いま、小沢一郎氏は、西松建設による違法献金問題の渦中の人となっている。
平野氏は、次のように言う。
世界の司法の基本は、「推定無罪」であり、「疑わしきは罰せず」にある。
しかし、角栄の場合、「恣意的有罪」を与えられたのではないか?
角栄の愛弟子ともいうべき小沢一郎民主党代表が、いままた恣意的有罪を与えられようとしているのでないだろうか、という疑問が、少なからぬ人から問いかけられている。

平野氏の角栄無罪論の2つめは、「人道的無罪」論である。
平野氏は、角栄は「裏日本」と呼ばれた日本海側を豊かにしようと立ち上がり、傾斜配分型の予算執行をした。
田中角栄は、「裏日本」が貧しさから脱するまでは、大きな役割を果たしたが、ある程度の発展を遂げてからは、その役割を終えてしまった。
ニクソン大統領に対して、佐藤栄作首相は、「次の首相は、東大法学部を出た福田赳夫で、学歴のない田中角栄ではない」と発言していた。

つまり、平野氏は、エスタブリッシュメントによる「国策捜査」の危険性を指摘しているのである。
私大出身で地盤もない鈴木宗男。ノンキャリ外交官であるが、プーチン大統領誕生を世界に先駆けてつかんだ佐藤優。
彼らは、エスタブリッシュメントにとっての格好のスケープゴートになった。
小泉純一郎の「構造改革」の抵抗勢力という敵役のシナリオを押し付けられることになったのだ。
検察の捜査が国策の一環であることは否定できないにしても、それが恣意的に行われることが繰り返されないことを願う。

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2009年3月21日 (土)

ロッキード事件⑬…昭和天皇の極秘指令と田中角栄逮捕の関係

平野貞夫『ロッキード事件「葬られた真実」』講談社(0607)は、ロッキード国会の最大の謎は、前尾繁三郎衆院議長の「核防条約」承認への異常な執念だったという。
前尾は、昭和56(1981)年7月7日、亡くなる約2週間前に、平野氏に神田の割烹で、核防条約に突っ走った理由を説明する。

前尾議長によれば、両院議長裁定までやって国会を正常化したのは、核防条約のためだった。
前尾は、国会報告の内奏で天皇陛下に面談するたびに、核防条約のことを聞かれていた。
昭和天皇は、外国の元首と会うとかならずといっていいほど、核防条約のことが話題になり、気にしていたのだった。
唯一の被爆国として、署名しないまま放置している核防条約について、心を痛めていたのだ。

この昭和天皇の想いに報いるため、前尾議長は核防条約を成立させるため、衆院を解散させないと腹を括った。
4月20日までに審議を正常化させ、会期終了日の5月24日までに30日間の余裕を与えて自然成立を狙ったのだ。
そのために最大の懸案事項は、ロッキード事件だった。
前尾議長は、直接あるいは間接に、田中角栄にいったん政界から身を退くように伝えた。
しかし、田中角栄はそれを了承しなかった。

前尾議長の国会正常化への執念が、両院議長裁定となって、解散風を止めてしまった。
それは結果的に、ロッキード事件の方向性を、田中逮捕に転じさせることになった。
平野氏によれば、核防条約の成立は、田中角栄の逮捕の上に成り立っていたということになる。
つまり、核防条約承認を求める昭和天皇の「極秘指令」が、結果として田中角栄を逮捕する道筋をつけた、というわけである。

前尾繁三郎は、平野氏にこのことを伝えた約2週間後の昭和56年7月23日に心筋梗塞で急逝する。
つまり、昭和天皇の極秘指令があったという話は、前尾の平野氏に対する遺言だったということになる。
前尾の葬儀は、京都嵯峨野の清涼寺で、7月25日に行われた。
田中角栄は、葬儀に参列したいという意向を持っていたが、鈴木善幸首相と宮沢喜一官房長官が参列できないことになり、角栄だけが参列すると誤解を招く可能性がある。
官邸からの意向で、角栄の参列を断るべく、平野氏は早坂茂三秘書に頼んで、角栄に新潟の用事を作ってもらった。
しかし、後日、東京の増上寺で告別式を行ったとき、平野氏は、焼香に来た角栄から、「どうしても顔を見てから別れたかったんだよ」と言われた。

ロッキード裁判の1つのポイントとして、田中角栄首相の榎本秘書官のアリバイ問題があった。
検察側は、昭和48年8月9日午後1時から1時20分に、榎本秘書が1億円を受領した、としていた。
しかし、その時間帯は、前尾議長が会期延長の強行採決を正常化させるため、与野党国対委員長会談を主催していた。
内閣官房副長官だった後藤田正晴は、東京地裁で、「議長が国会正常化工作をしているときに、首相秘書官は国会の外に出られない」として、榎本秘書官のアリバイを主張した。
前尾議長が、与野党の国対委員長を招致していた時間帯を田中弁護団に証明したのは、他ならぬ平野氏だった。

榎本秘書官に関しては、夫人の三恵子氏の「ハチの一刺し」の流行語を生んだ証言が有名である。
10月28日、三恵子氏は、「ロッキード事件発覚直後、田中邸からの車の中で、夫が金銭の受領を認める発言をした」「その後、日程などの証拠書類を自宅で焼却した」と証言したのだった。
田中有利に傾きかけていた流れが、再び有罪の方向に向かうことになった。
強力な一刺しだったわけで、まだ若かった私は、女性の恐ろしさを垣間見たような気がした。

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2009年3月20日 (金)

ロッキード事件⑫…中曽根幹事長の証人喚問の茶番性

児玉誉士夫が証人喚問を受けた場合、最もダメージを受けるのは誰か?
それは、児玉との繋がりの深い中曽根康弘幹事長であった。
その中曽根幹事長が、積極的に「児玉喚問」を推し進めるというように態度を変えた。
何が中曽根の判断を変えたのか?

結局、児玉誉士夫は、「病気」を理由に、喚問に不出頭ということになった。
国会から派遣した医師団も、「児玉が病気で出頭に堪えられない」ことを認めた。
医師団が故意に違った診察結果を発表することはあり得ない。
それにしても、タイミングが良すぎる病気である。

メモ魔・平野貞夫氏は、詳細なメモを書いていた。
その「平野メモ」と天野恵市氏の『手記」を照らし合わせると、陰謀の実態が浮かび上がってくる。
天野氏の手記は、2月16日の午前中の時点で、「医師団派遣が本日中にある」と確信していた。
平野メモでは、16日中の医師団派遣が決まったのは、午後7時だった。
このことは何を意味しているか?

児玉を証人として喚問させないための政治謀略があったとしか考えられない。
そして、それを仕組めた人物は、1人しかいない。
中曽根康弘自民党幹事長である。
4月13日に、衆院ロッキード問ダインに関する特別委員会は、中曽根の証人喚問を行ったが、茶番というしかない事態であった。

特別委員会の委員長は、中曽根の忠臣の原健三郎だった。
そして、原委員長は、委員長でありながら自民党を代表して尋問するという前代未聞のことをやった。
中曽根証人の正当性を一方的に証言させるものであった。
八百長以外のなにものでもない。

中曽根は、リクルート事件にも登場する。
しかし、この時も、事実上の捜査終了後に証人喚問に応じるという不条理なことをやってのけたのだった。
重大な疑獄事件から政治家が逃れることを放置してきたのが、日本の政治であり、司法だったのである、と平野氏は嘆く。
「かんぽの宿」で露呈した疑獄の真相も、西松建設の違法献金という大本営発表の流れの中で、闇に葬られてしまうということなのだろうか?

平野氏は、捜査当局が中曽根への追及を手控えたのは、自民党政権が崩壊してしまえば、政権を担当しうる政党が日本に存在しなくなると恐れたからではなかろうか、と推測している。
捜査当局の判断で、被疑者への追及の姿勢が変わってくる事例があった、ということである。
平野氏は、捜査当局のそのような姿勢を、エスタブリッシュメントの、勝手な思い込み、驕りと批判している。
仮に、現在進行中の西松建設献金問題の捜査手法に、政権交代が好ましくないという思い込みによる影響があるとすれば、それはやはり驕りと批判されなければならないだろう。

ロッキード事件において、三木首相は「正義の味方」としての立場を演じた。
そのハイライトは、「刑事訴訟法47条但書」である。
三木首相に、この知恵をつけたのは誰だったのか?
平野貞夫『ロッキード事件「葬られた真実」』講談社(0607)では、衆院法制局のOBの証言として、衆院法制局にいた川口頼好という名前を上げている。
ロッキード国会の攻防には、さまざまな形で高級官僚の意向が反映していたということになる。

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2009年3月19日 (木)

ゼネコン捜査は無謀な「白兵突撃」になるか?

東京地検特捜部が東北地方の大手ゼネコンなどの一斉聴取に乗り出したことが報じられている。
例えば以下の通りである。

準大手ゼネコン「西松建設」から民主党・小沢代表の資金管理団体「陸山会」への違法献金事件に絡んで、東京地検特捜部は、ゼネコン各社側から小沢代表側への献金システムの全容を解明するため、代表の地元・岩手県など東北地方の建設業者らから、参考人として一斉に事情聴取を始めた。
http://www.asahi.com/national/update/0311/TKY200903110285_01.htm

郷原氏は、このような報道も「大本営発表」を流すだけだと断じている。
そして、この捜査の背景に、検察は談合構造の存在を想定しているが、この「迂回献金」や公共工事を巡る談合などに関する小沢氏側の新たな犯罪事実を立件できる可能性はほとんどないと言ってよいだろう、としている。

どうしてか?
郷原氏は、次のように説明している。
第一に、「迂回献金」は、政治資金の寄附行為者の開示だけが義務づけられ、資金の拠出者の開示を求めていない現在の政治資金規正法上は違法ではない。
第二に、2005年の年末、大手ゼネコンの間で「談合訣別宣言」が行われ、2006年以降は、公共工事を巡る談合構造は一気に解消されていった。
現時点では2006年3月以前の談合の事実はすべて時効が完成しているので、談合罪など談合の事実自体の立件は考えにくい。
第三に、談合構造を前提にした「口利き」などでのあっせん利得罪の時効期間も同じであり、立件は考えられない。

とすれば、ゼネコンへの捜査は何を意図しているのか?
郷原氏は、小沢氏の秘書が悪質だったことを根拠づける証拠の収集のための捜査としか考えられない、とする。
報道されている「大本営発表」によれば、東北地方の公共工事を巡る談合構造の下での受注者の決定に大久保容疑者が強い影響力を持っており、従って小沢氏側への政治献金は、談合受注の見返りの趣旨だったことを明らかにすることで、逮捕容疑となった西松建設側からの政治献金が実質的に贈収賄に近いものだったという事件の悪性を立証することにあるようだ、という筋書きである。

しかし、郷原氏は、ゼネコンの談合構造はきわめて複雑であって、この筋書きを立証することはきわめて難しいだろう、としている。
つまり、ゼネコン間の談合構造の下での公共工事の受注者決定は、受注希望の有無、技術力、経営規模、同種工事や近隣工事の受注実績、発注者への協力の程度など様々な要因を考慮し、さらに、自治体の首長や有力政治家の意向なども考慮して受注予定者を絞り込んでいくというものである。
この中での個別の工事の受注と、個別の政治献金との対価関係は、必ずしも直接的なものではない。
朝日新聞などでは、岩手県内のダム工事の一部を西松建設が受注したことと逮捕容疑の小沢氏側への政治献金の関係を問題にしているが、国土交通省発注の工事について、発注者側への影響力を有しているとは思えない野党側の小沢氏側に、果たして、談合による受注者の決定に影響を及ぼすことが可能なのであろうか、と疑問を呈している。
総工費2000億円を超える巨大なダムでは、10年以上も前からの企画・設計の段階で、ゼネコン側から発注者への協力が行われ、その積み重ねが落札につながる。
入札に近い時期の政治献金が直ちに受注に結びつくような単純な話ではない、ということである。

上記のような認識のもとに、郷原氏は以下のように書いている。

このように考えると、東北地方のゼネコン関係者の一斉聴取によって、逮捕容疑の政治資金規正法違反の悪性の立証につながる証拠の収集に関して具体的な「戦果」が挙がっているとは考えられない。
しかも重要なことは、ゼネコン間の談合構造は2006年以降解消され、その後は、むしろ、猛烈なダンピング競争になっているということだ。「過去の遺物」となった談合構造を、3年以上も経った今になってあたかも現在も続いているかのように問題にされるのは、経済危機による深刻な経営悪化にに直面する大手ゼネコンにとって迷惑極まりない話だ。

つまり、検察庁は、ガダルカナル戦における日本軍と同じような失敗をしようとしているのではないか?
また、検察情報を「大本営発表」の如く垂れ流しているマスコミも、同じ失敗を繰り返そうとしているのではないか?

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2009年3月18日 (水)

特捜捜査の「ガダルカナル」化?

郷原信郎氏の、『「ガダルカナル」化する特捜捜査/「大本営発表」に惑わされてはならない』(「日経ビジネスオンライン」3月17日号)という記事をもう少しみてみよう。
郷原氏が、「ガダルカナル」化というのは、以下のような捜査状況を指している。

自民党サイドへの捜査も、逮捕事実の悪質性を根拠づけるための捜査も順調に進んでいるとは到底思えない。特捜部の捜査は、戦略目的も定まらないまま、兵力を逐次投入して、米国軍の十字砲火の中に白兵銃剣突撃を繰り返して膨大な戦死者を出し、太平洋戦争の戦局悪化への転換点となったガダルカナル戦に似た様相を呈している。

ガダルカナル戦について、Wikipedia(09年2月25日最終更新)を参照してみよう。

ミッドウェー海戦とともに、太平洋戦争における攻守の転換点となった戦闘とされている。一般に、ガダルカナル戦は日本軍が米軍の物量に圧倒されて敗北した戦いと認識されている。川口支隊の敗北までの時点で、その点を冷静に判断し、兵を引いていれば、その後の泥沼のような消耗戦で何ら得るところなく戦力と継戦能力をすりつぶす事態は避けられたと考えられる。

ガダルカナル戦の死者・行方不明者は2万人強と推定されているが、このうちの約1万5千名は、餓死と戦病死(事実上の餓死)だった。
しかし、国民には敗北の事実は隠されていた。

上記Wikipediaによれば、以下の通りである。

撤退は「転進」という名で報道された。そのため、撤退した将兵も多くはそのまま南方地域の激戦地にとどめ置かれた。この悲惨な状況について国民が知り得たのは大本営発表の次の一文のみであった。
---------
ソロモン群島のガダルカナル島に作戦中の部隊は昨年8月以降、激戦敢闘克く敵戦力を撃摧しつつありが、その目的を達成せるにより、2月上旬同島を撤し、他に転進せしめられたり
---------

郷原氏は、捜査状況が「ガダルカナル」戦のような泥沼的状況に陥りつつある一方で、報道のあり方について、次のように指摘している。

質問・疑問に答えることも、批判・反論を受けることもないという点では、捜査機関側の会見などの正式な広報対応に基づく報道とは決定的に異なる。当局にとって都合の良い情報だけが一方的に報じられるという点で、むしろ、戦時中の「大本営発表」とよく似ていると言うべきであろう。
……
太平洋戦争中の日本では、連日、「大本営発表」によって、帝国陸海軍の戦果ばかりが報じられた。ミッドウェー海戦での海軍の大敗、ガダルカナル戦での陸軍の大敗を機に戦局が急速に悪化していることは全く報じられなかった。
そして、大本営発表による華々しい戦果ばかりを聞かされていた日本の国民は、戦況を客観的に認識することもできず、「帝国陸海軍の不敗神話」を信じ破滅的な敗戦に巻き込まれていった。

現在、「100年に1度」というような深刻な経済危機を迎えている。
外需依存によって発展してきた国の存立基盤が揺らいでいるといってもいいだろう。
そういう状況の中で、現在進行中の特捜捜査は、政治の世界を混乱に陥れている。
あるいは、バブル崩壊後の最安値を更新した証券市場の深刻な事態から、国民の目を逸らさせる結果になってもいる。

政治資金規正法は、政治とカネとの関係を透明化する趣旨のものだろう。
とすれば、郷原氏の言うように、捜査当局は重大な政治的影響を与えながら捜査を行っている以上、可能な限り捜査機関側も、透明化を図るべきで、説明責任が求められるのは当然だ、ということになる。
郷原氏は、残念ながら、現在まで検察はその責任を全く果たしておらず、その代わりに行われているのが、捜査の成果を一方的に報じる「大本営発表」だ、と言う。
報道機関は、「大本営発表」に一方的に依存するのでは、東亜・太平洋戦争時の報道体制と何ら変わるところがない。

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2009年3月17日 (火)

西松建設献金問題に対する捜査態勢をどう見るか?

「日経ビジネスオンライン」3月17日号に、郷原信郎という人が、『「ガダルカナル」化する特捜捜査/「大本営発表」に惑わされてはならない」という興味深い記事を寄せている。
郷原氏は、桐蔭横浜大学法科大学院教授・コンプライアンス研究センター長で、以下のような履歴の人である。

1955年島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事などを経て、2005年から現職。「不二家問題」(信頼回復対策会議議長)、「和歌山県談合事件」(公共調達検討委員会委員長)など、官庁や企業の不祥事に関与。主な著書に『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)のほか、不二家問題から事故米不正転売問題まで食品不祥事を幅広く取り上げた『食の不祥事を考える』(季刊コーポレートコンプライアンスVol.16)など。近著には『思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)がある。

東京地検特捜部に所属したこともある郷原氏は、現在進行中の西松建設献金問題をどのように見ているか?

第一に、「今回の検察の強制捜査着手は、これ程までに大きな政治的影響が生じることを認識したうえで行われたのではなく、むしろ、検察側の政治的影響の「過小評価」が現在の混乱を招いているように思える」としている。
つまり、「国策捜査」というよりも、検察の想定外の事態が起きてしまった、ということである。

その論拠は?
郷原氏は、今回の強制捜査着手後に、東京地検の特捜部以外の他の部のみならず、全国の地検から検事の応援派遣を受けて行われている事実がそれを示しているという。
検事の異動も、年度によって行われることが多い。
つまり、年度末は、事件の引き継ぎの準備を行いながら、捜査・公判の日常業務を処理しなければならない忙しい時期である。
さらには、5月から懸案の裁判員制度が施行される。
このような時期に、特捜捜査に大規模な戦力投入が行われていることで、検察の他の業務に重大な影響が生じている、と郷原氏は推測する。

そういう事情があるにも拘わらず、捜査体制の増強を行ったのであれば、よほどの事情があるからであろう。
よほどの事情とは何か?
それは、強制捜査に対する民主党サイドの猛反発、強烈な検察批判などによって、検察が想定していた以上の大きな政治的・社会的影響が生じてしまったということではないだろうか。
郷原氏は、批判をかわすため、泥縄式に捜査の戦線を拡大しているということではないか、という。
もし、計画的に他地検への応援要請が必要と考えていたのであれば、強制捜査着手の時期は別に設定されていたはずである、というのである。

批判をかわすためにしなければならないことは?
1つは、民主党サイドだけへの偏頗な捜査と言われないように、自民党議員にも捜査対象を拡大させることで、二階経済産業相に捜査が広がった。
次に、小沢氏側に対しても、何かもっと大きな容疑事実をあぶり出すか、秘書の逮捕事実が特に悪質であることを根拠づけることが不可欠となった。
これらの事情によって、捜査に膨大な人員を投入しているというのが実情だろうと思われる、というのが郷原氏の見方である。

郷原氏は、今回の政治資金規正法違反容疑に関しては、、「寄附者」をどう認定するかという点に関して重大な問題があるとする。
献金の名義とされた西松建設のOBが代表を務める政治団体の実体が全くないということでなければ、大久保容疑者が西松建設の資金による献金だと認識していても収支報告書の虚偽記載罪は成立しない。
そして、今回の政治団体には事務所も存在し、代表者のOBが常駐し、一応活動の実態もあったという情報もあるから、団体としての実体が全くなかったことの立証は容易ではなさそうだ、とする。
郷原氏は、資金の拠出者の企業名を隠して行われる政治献金が、政治資金の透明化という法の趣旨に反することは明らかだが、そのことと犯罪の成否とは別の問題だ、という。

つまり、現在の政治資金規正法は、巷間言われているように「ザル法」であるのだろうが、「ザル法」といえども法律である以上、捜査は厳格な法解釈の制約内で行わなければならない、ということである。
ほとんど確実に政権交代が想定される状況の中で、政治に関する事件の処罰が恣意的に行われるとすれば、それは検察の不当な政治介入と言わざるを得ないのではないか。

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2009年3月16日 (月)

ロッキード事件⑪…中曽根幹事長の「陰謀」

天野氏が、喜多村教授に、「何を注射するのですか」と聞くと、喜多村教授は「フェノバールとセルシンだ」と答えた。
いずれも強力な睡眠作用と全身麻酔作用があるものだ。
天野氏が、「そんなことをしたら、国会医師団が来ても患者(児玉)は、完全に眠り込んだ状態になっていて診察できない」というと、喜多村教授は、「児玉様は、僕の患者だ、口を出すな」と激怒して病院を出て行った。

数時間後、国会医師団が児玉邸に行き、診察した。
児玉は、喜多村診断書の通りで、重症の意識障害下にあり、口も利けないで国会証人喚問は無理ということになった。
セルシン・フェノバール注射で発生する意識障害・昏睡状態と、重症脳梗塞による意識障害は酷似しており、狸寝入りとは異なっている。
血液・尿を採取すれば意識障害が薬物性のものであることを証明できるが、医師団の目的は、児玉の診察であって、薬物性の意識障害を証明することではなかった。
この喜多村教授による児玉への注射は、誰の意向だったのか?

昭和51年2月16日午前中に、児玉誉士夫の主治医である喜多村孝一教授と天野恵市助教授は、「その日中に、国会医師団の派遣がある」ことを知っていた。
その日、医師団の派遣を巡って、予算委員会理事会は紛糾しており、医師団の派遣が決まったのが16日正午過ぎだった。
医師団のメンバーが決まったのが午後4時で、医師団派遣の調整をしたのは、平野貞夫氏自身だった。
平野氏はメモ魔で、自身のメモをもとに、当日の状況を再現している。
意図的に虚構を書く理由もないだろうから、平野氏の『ロッキード事件「葬られた真実」』講談社(0607)に書かれていることは確かな事実と考えていいだろう。

医師団派遣が16日中と決定したのは、夜の7時だった。
ところが、喜多村教授は、午前中にすでに「医師団が本日中に児玉邸に来る」ことを確信していた。
児玉誉士夫の主治医は、なぜこのような「機密」を知っていたのか?

誰かが「医師団を今日中(16日中)に派遣する」というシナリオを作り、指示を出し、それを喜多村教授に伝えていたのではないか。
夕方には既にマスコミが児玉邸に張り付いていたから、それまでに「仕事」を済ませておくことが必要である。
国会派遣医師団が、喜多村教授の違法注射を見抜けなかったのは、喜多村教授の行為を知らなかったからで、喜多村教授が児玉邸に来訪し、注射をしている事実を知っていれば、薬物性の意識障害の可能性についても考慮したと思われる。

このような「陰謀」の黒幕は誰か?
国会運営を事実上仕切れる立場にいて、児玉サイドとコンタクトできる人間は?
平野氏は、中曽根康弘自民党幹事長(当時)と特定している。
与党幹事長は、国会運営の総指揮官であり、すべての情報が集中する。
平野氏は、天野氏の手記を見て、中曽根幹事長に対する疑惑を「確信」したと書いている。

国会医師団の派遣時期はどう決まるか?
野党側は、派遣を16日に行うことを求めており、中曽根康弘幹事長が、「自民党は16日中に派遣したい」と指示を出せば、100%の確率で決まったはずである。

3月4日には、中曽根幹事長は、前尾繁三郎衆院議長を尋ねて、「ロッキード事件でむやみに政治家の名前を出さないよう」クギを指している。
翌日の5日には、児玉誉士夫は検察の臨床尋問を受けているが、それを事前に知っていたかのような中曽根幹事長の動きである。
このことは、児玉サイドの情報が中曽根に入ってきていることを意味している。
とすれば、中曽根サイドから、児玉サイドにも情報が流れていたと考えられるだろう。
両者を繋ぐのは、中曽根の書生から児玉の秘書になった太刀川恒夫である。

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2009年3月15日 (日)

ロッキード事件⑩…事件の風化と露出する真実

田中角栄元首相は、昭和51(1976)年7月27日に、東京地検捜査本部によって、外国為替管理法違反容疑で逮捕され、8月16日、外為法違反と受託収賄の容疑で起訴されて、ロッキード事件はロッキード裁判となった。
昭和58年(1983)年10月12日、東京地方裁判所(岡田光了裁判長)は、田中角栄に、「懲役4年、追徴金5億円」の実刑判決を下した。
田中角栄は控訴するが、昭和62(1987)年7月、東京高等裁判所は一審判決を支持して控訴を棄却した。

田中角栄は、昭和60(1985)年2月27日、脳梗塞で倒れ、闘病生活に入り、平成5(1993)年12月16日に死去した。享年75歳だった。
刑事被告人のまま、田中角栄は、大平正芳(昭和53~55年)、鈴木善幸(昭和55~57年)、中曽根康弘(昭和57~62年)の政権を裏から支配し、「目白の闇将軍」と呼ばれた。
角栄の死の1年2カ月後の平成7(1995)年2月22日、最高裁まで争われた「丸紅ルート」で、檜山広、榎本敏夫両被告の上告が棄却された。

注目すべきことは、この判決で、ロッキード社のコーチャンおよびクラッターへの嘱託尋問調書には「証拠能力がない」と判断されたことだろう。
つまり、刑事免責を前提とした嘱託尋問は間違っていた、と最高裁自身が判断したことになる。
平野貞夫『ロッキード事件「葬られた真実」』講談社(0607)によれば、著者の平野氏は、最高裁がコーチャンおよびクラッターへの嘱託尋問調書に「証拠能力がない」と判決したとき、参院法務委員会の理事であり、平成7(1995)年3月17日の法務委員会でこの問題を取り上げた。

平野氏に対して、則定衛刑事局長は、「相当の知恵を出した捜査手法で得た調書の証拠能力が否定されたことに、いささか戸惑いを覚えている」と答弁している。
平野氏は、「嘱託尋問調書の証拠能力が否定されたことは、日本の司法制度そのものの信頼性を問われる問題だ」と指摘した。

平野氏は、ロッキード事件も30年の時間を経て風化しているが、風化はあながち悪いことではなく、地中深く葬り去られた「真実」が、その姿を露出させる、としている。
平野氏によれば、ロッキード国会で最大の謎は、児玉誉士夫の証人喚問である。
児玉誉士夫は、証人喚問の直前、脳梗塞の発作によって証人喚問を免れた。
国会から派遣された医師団も、「出頭できる状態ではない」と判断している。

その謎の一端が、平成13(2001)年の『新潮45』4月号に掲載された、元東京女子医大脳神経外科助教授の天野恵市氏の手記によって明らかにされた。
天野氏の手記には、驚くべき内容が記されている。

国会医師団が児玉邸に行くと決まった昭和51(1986)年2月16日の午前中、天野氏は、東京女子医大の脳神経センター外来診察室で患者を診ていた。
午前11時に近づいた頃、天野氏は、喜多村孝一同大教授と二人きりで向かい合っていた。
立ったままの喜多村教授が、「これから児玉様のお宅へ行ってくる」と切り出した。
「なんのために?」
と問う天野氏に対して、喜多村教授は次のように答えた。
「国会医師団が来ると児玉様は興奮して脳卒中を起こすかもしれないから、そうならないように注射を打ちに行く」。

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2009年3月14日 (土)

ロッキード事件⑨…日米司法取決と証拠の偽造

3月7日の項の続き)
フォード大統領からの返書の骨子は、『アメリカと日本の両国政府が司法間の取り決めを行い、アメリカの捜査当局が保管する関連情報を、非公開(秘密)扱いにして、日本の捜査当局に提供する」というものであった。
検察と三木首相は、角栄潰しという狙いにおいて共通していた。
検察は、角栄逮捕を目指していたが、時効の関係もあるので、早期の立件が必要だった。
三木首相は、資料の公開を目論んでいたが、「日米司法取決」について譲歩して、フォード返書を了承した。
平野貞夫『ロッキード事件「葬られた真実」』講談社(0607)によれば、「省益のためには、時の首相すら『道具』にする」という高級官僚の持つ性である」ということになる。

社会党の石橋政嗣書記長は、「『フォード返書』は日米合作の指揮権発動だ」と怒った。
しかし、三木首相は、「刑事訴訟法47条但書」という奇手を打って出た。
「訴訟に関する書類は、広範の開廷前いは、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りではない」
つまり、この「但書」を適用すれば、捜査段階でも、「疑惑の人物」の氏名を公開できることになる。

「日米司法取引」では、アメリカ側から提供された捜査資料は原則非公開」である。
しかし、日本の司法制度では、公開することができる。
取決を無視して公開すれば、どういうことになるか?

結局、「日本側の資料で名前を公表できる」という落としどころとなり、三木首相もアメリカ側が納得する案文をすべて許可した。
平野氏は、ロッキード事件で最も重要なポイントは、「日米司法取決」であり、この取決が、合法なのか違法なのか、それを検証するのが、同書を執筆した大きな目的の1つだったという。
何が問題なのか?
取決の第7項と第8項は、以下のような文章である。

7(司法共助)
当事者は、他方の国において行われることのある刑事上、民事上及び行政上の裁判または審理に関する手続きに関連してその国の司法当局により発せられる嘱託書による嘱託事項の迅速な実施を援助することにつき最善の努力をするものとする。
8(協力の限度)
要請国に対する援助は、被要請国の当局のとる措置として自国において訴追を免除する結果となることのある措置をとることにまで及ぶ必要はないものとする。

素人には意味が取り難いが、平野氏によれば、以下のようなことである。
アメリカ側の証人が日本側の要請で証言する場合、どんな犯罪行為を喋っても、日本国側は絶対に刑事訴追をしないので、好きに喋ってください、ということである。
狙いは、ロッキード社副会長だったコーチャンである。
つまり、司法取引であって、日本の刑法には定められていないことである。

当時の日本社会党の成田知巳委員長は、この取決について、日米間の国家機関を通じて決まったものであり、一種の条約であるにも拘わらず、関連資料の提供を捜査機関のみに限定するのは、三権分立を定める憲法違反である、と指摘した。
成田委員長の発言は、余り注目されるところとはならなかったが、平野氏にとっては印象に残る発言で、実質的に条約であって、国会の承認を必要とするものだ、としている。

国際評論家の小野寺光一氏は、3月6日発行のメルマガで以下のように書いている。
検察は、証拠があると感じると動いてしまう組織である。
ロッキード事件の時には、ロッキード社のコーチャンが、政府高官に賄賂を贈ったと証言した。
これによって、無実の田中角栄が逮捕された。逮捕されてから、角栄は否認したが、「角栄は罪を認めた」という情報がリークされた。

また、「内憂外患」というサイトで、ジャーナリストの田中良昭氏は、次のように書いている。

検察は悪い人間を捕まえる捜査機関ではない。時の権力者にとって障害となる人間を捕まえるところである。ロッキード事件が端的にそれを物語っている。55億円の賄賂が海外から日本の政治家に流れたとされる事件で、解明されたのは田中角栄元総理に流れた5億円だけである。後は闇の中に消えた。ところがこの事件を「総理大臣の犯罪」に仕立てて大騒ぎし、解明されたと国民に思わせたのは検察とメディアである。「本ボシ」は今でも偉そうな顔をしてご活躍だ。

小野寺氏は、3月7日号では、以下のように記されている。
小沢一郎側からの「献金の請求書」が存在しているという。
漆間内閣官房副長官(元警察庁長官)が、言及しているとされている。
しかし、常識的に考えて、献金の請求書などを作ることはあり得ない。
つまり、偽造である。
あの永田偽メール事件と同じである。
証拠をでっち上げる、という手法は共通したものである。

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2009年3月13日 (金)

日本を徘徊する「仲間主義」という妖怪

1848年、カール・マルクスとフリードリッヒ・エンゲルスは、ある著書の冒頭に次のように記した。

Ein Gespenst geht um in Europa – das Gespenst des Kommunismus.
http://okwave.jp/qa387449.html

日本語版では次のように訳されている。

一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊している、共産主義という妖怪が。

ちなみに著書のタイトルは、『Manifest der Kommunistischen Partei』。
つまり『共産党宣言』である。
史上もっとも有名なマニフェストと言っていいだろう。

この言葉に倣えば、現在の日本には、「『仲間主義』という妖怪が徘徊している」のではないだろうか。
まずは、「文藝春秋09年4月号」で東谷暁氏がいみじくも指摘している『竹中平蔵、西川善文、宮内義彦3氏の「お仲間」資本主義』。
この論文で、東谷氏は、次のように言っている。

私たちがもうそろそろ気づかなくてはならないのは、今回の「かんぽの宿」事件というのは単発の不祥事などではなく、郵政民営化という小泉構造改革の「本丸」がもたらした「合法」と「違法」の境界破壊のおぞましい結果だということである。

東谷氏は、西川日本郵政社長(元三井住友銀行頭取)と竹中金融相との関係について、佐々木実『小泉改革とは何だったのか-竹中平蔵の罪と罰-』(「現代08年12月号、09年1月号)を引用しつつ、次の事実を明らかにしている。
2002年12月11日に、ゴールドマン・サックスのヘンリー・ポールソン氏(後に米財務長官)、竹中金融相、西川頭取の三者が密会した(会談の内容は非公開)。
この会談以前には、三井住友とUFJは経営内容にさほどの違いはなかったが、UFJは東京三菱銀行に吸収され、三井住友は残った。
上記の密会で、ゴールドマン・サックスによる三井住友への増資が決まって、窮地にあった西川頭取が、便宜を図った竹中金融相と急速に緊密になった。

そして、ナベツネこと渡邉恒雄・読売新聞主筆が、竹中氏から直接聞いた話。
日本のメガバンクを2つにしたい。残すのは、東京三菱と三井住友だ。
つまり、「みずほとUFJ」はいらない、ということで、なぜ三井住友を残すのかというと、西川頭取が外資導入の道を開いたからだ、というのがナベツネ氏の推測である。

東谷氏は、「かんぽの宿」売却に対する鳩山総務相の「待った」に対する竹中氏の反論(2009年1月21日 (水):「かんぽの宿」一括売却に関する竹中平蔵氏の宮内氏擁護論)について、次のように批判している。

「かんぽの宿」譲渡の真意を、伊藤和博・日本郵政資産ソリューション部部長が、M&Aであったと明かしていることから、日本郵政が継続的な事業として認識していたわけで、不良債権などではない。
「機会費用」という竹中氏の議論は、「簿価」が意図的に安くされている疑いが濃厚である以上、成り立ちようがない。
竹中氏にとって、郵貯を使ってアメリカのご機嫌をうかがい簡保市場を譲渡してしまえば、日本郵政はただの「抜け殻」であり、「かんぽの宿」などは叩き売ることしか念頭になかったのではないか。

東谷氏は、結論的に以下のように書いている。
竹中氏がいかに宮内氏が郵政民営化と無関係であるかを強調し、西川氏の「バルク売り」の正当性を声高に述べても、国民の多くは大きな欺瞞があることに気がついている。

「『無関係』や『正当性』を強調すればするほど、竹中-西川-宮内の『お仲間資本主義』は、国民の前に明瞭にあぶりだされてくるのだ」。

さて、日本を徘徊している「仲間主義」の妖怪は他にもいる。
小沢民主党代表や二階経済産業相など、旧経世会とゼネコンとの繋がりである。
西松建設からの献金をめぐって、改めて、このコネクションが強調されている。
この実相については、まだまだ分からない部分が多い。
とかく公共事業は談合など不透明な部分が多かったので、利権絡みの話になりがちである。

実際に、小沢氏の影響力がどの程度だったのか?
一般論としては、野党よりも与党の方が影響力を持つだろう。
特捜部が、西松建設献金問題で、異例ともいうべき小沢民主党代表秘書の逮捕に踏み切ったのは、「献金の性格」を重視したからだという(産経新聞3月13日「献金の底流・下」)。
どういうことか?

特捜部は、西松建設の献金は、実質的に「ワイロ」ではないか、と見ているということである。
つまり、「ダムや空港工事の受注を期待した」とか「工事が取れたのは献金のおかげ」ということである。
しかし、小沢氏の職務権限からして、収賄罪に問うことが難しい。
上記記事によれば、検察関係者は、「違法な献金を受け続けた構図の実態は収賄と良く似ている。2100万円を、仮にわいろに見立てたら少ない額とはいえない」と語る、としている。

献金のワイロ性に確証があるのならば、上記の見解も理解できなくはない。
しかし、収賄の要件が満たされていないとすれば、「構図が良く似ている」とか「仮に見立てたら」というような主観的な判断に基づいて捜査を行うべきではないだろう。
この部分でも、今回の捜査が多分に恣意的ではないか、と思われる。
法の適用が恣意的に行われるようでは、社会的公正が保たれず、検察の存在意義が問われることになるだろう。

ここで想起するもう1つの「仲間主義」は、エスタブリッシュメントのサークルである。
東大法学部出身者を中心とする高級(キャリア)官僚は、日本株式会社とも称される官民一体の日本社会においてイニシアティブを握ってきた存在である。
検察庁も、その一環を構成している。
エスタブリッシュメントのサークルを侵そうとする者は排除される。
かつての田中角栄のように。
西松建設献金問題の捜査とそれに関する情報の流通に関して、そういう仲間主義の妖怪がちらついているように見えるのは、気のせいだろうか。

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2009年3月12日 (木)

情報源の秘匿と知る権利

西松建設の献金問題に関する漆間官房副長官の発言をめぐって、静岡新聞に検証記事が掲載されている(3月11日)。
同記事によれば、5日に行われた漆間氏と記者団との懇談には、朝日新聞、共同通信、NHKなど、新聞・通信・放送各社の記者十数人が出席した。
席上、漆間氏は捜査見通しに言及した。

元警察庁長官の漆間氏の異例の発言を、各社は重く見て、「政府高官」や「政府筋」として報道した。
静岡新聞に記事を配信している共同通信は、発言内容を、「自民党議員に波及する可能性はないと思う」と表現した。
しかし、メモも録音もしないオフレコ懇談だったため、各社の表現はまちまちだった。

この発言に対し、与野党から批判が続出した。
その中で、朝日新聞が「民主、漆間氏とみて追及」の見出しで掲載し、共同通信や読売新聞も追随した。
内閣記者会の幹事社は、7日に実名公表を求めたが、漆間氏は、「各社で決めた約束に従ってほしい」とこれを拒否した。
8日になって、河村建夫官房長官が、テレビ番組で漆間氏の名前を公表した。

オフレコ懇談は、政策決定の舞台裏や当局者の本音を聞き出すのが狙いで、記事にする場合は、「外務省筋」とか「自民党幹部」などと個人名を伏せるのが慣行になっている。
責任の所在が明確でないため、恣意的な情報操作に利用されやすい側面がある。

オフレコ取材について、朝日新聞と産経新聞とでは、指針が異なっている。
朝日新聞の「記者行動基準」では、オフレコ取材について、「発言内容を報道する社会的意義が大きいと判断した時は、取材相手と交渉し、オフレコを解除するよう努める」としている。
一方、産経新聞の「記者指針」は、「情報源秘匿の約束をした場合は必ず守る。明確にオフレコの約束をした場合も同様」と取材先の保護を重視している。

産経新聞が、斉藤勉常務取締役の署名で、朝日新聞が「民主党の見方」という格好で漆間氏の実名を明かしてしまったことを批判したことは、昨日書いた通りである。
もちろん、当初匿名だったものが実名に切り替えられた事例は過去にもある。
1995年10月、江藤隆美総務庁長官が、メモを取らないよう求めた上で、「植民地時代、日本は韓国に善いこともした」と発言した。
韓国の東亜日報が、“暴言”として取り上げてから、各社が一斉に報道し、江藤氏は辞任に追い込まれた。
2002年5月には、福田康雄官房長官が、非核三原則見直しの可能性を、「政府首脳」としての立場で発言した。
福田氏は、3日後に自らの発言と認めた。

今回のような懇談は、「バックグラウンド・ブリーフ(背景説明)」と呼ばれ、通常はメモや録音も可能で、「政府高官」などの主語で報道される。
ニューヨーク・タイムズ東京支局のマーティン・ファクラー記者は、「メディアは極力、実名にする努力が必要だ」と指摘し、元東大新聞研究所教授で立正大学講師の桂敬一氏も、「ニュース価値があれば、実名報道は当然。マスコミがオフレコに拘束されると、権力側は情報操作をやりたい放題できる」としている。

静岡新聞の記事の内容は、以上のようなものである。
見出しは、「知る権利か 情報源秘匿か」となっている。
上記の内容からすれば、メディアは、可能な限り実名報道すべきだ、ということになる。
0903122各社の発言内容は表のようであり(静岡新聞3月12日)、基本的には官房副長官を指すとされる「政府高官」や「政府筋」の表現で報道されている。

また、引用した発言内容も、微妙なニュアンスの違いはあるが、「自民党議員には波及しないだろう」という基本的な内容は変わっていない。
これらを踏まえて考えると、朝日新聞が民主党を隠れ蓑にして実名を明かしてしまったことも、産経新聞のように非難すべきことでもないように考えられる。
そうでなくても情報を独占している側からの、一方的な情報流出が続いている状況である。
メディアは、可能な限り、「知る権利」に応える努力をするべきではないだろうか。

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2009年3月11日 (水)

西松建設献金問題に係わる情報源と流通

西松建設の違法献金問題に対する報道は、情報源と流通のあり方を考えさせられるものである。
3月11日の産経新聞の2面に、常務取締役編集担当・斉藤勉氏の署名で、以下のような記事がある。
(朝日新聞を、記者懇ルール違反の疑義があるとして批判)

ジャーナリズムは、取材形態がどうあれ、取材源との約束事を守る信頼関係の上に成立している。その信頼が崩れた時、ジャーナリズムは破綻する。

この斉藤常務の主張は、一般論としては、全くその通りだと思う。
取材源との信頼関係が失われてしまうような報道は、自らの首を絞めるに等しい。
斉藤氏は、朝日新聞が漆間氏の実名を公表したことについて、2つの問題点を指摘している。
第一に、氏名公表に対する姿勢が、政界が事態を重視し始めたことによって変わったこと。
第二に、「民主党が漆間氏とみて追及」という表現で実名を明かしてしまったこと。

第一の問題は、環境が変われば情報(報道内容)の価値も変わってくるから、報道の姿勢が変わることは、ある意味で当然のことのように思われる。
第二の問題は、漆間氏の実名を出すことが、記者懇のルールに抵触するものであったとして、朝日新聞もそのことは承知していたであろうから、形式的にルールを守りながら、実質的に報道すべきだと判断したことを報道するための苦肉の策だったということだろう。

そもそも、ネット上や一部の関係者の間では、漆間氏の名前は既に特定されていたのだから、取材源を秘匿するといっても、余り意味のあることではなかった。
また、政府首脳と書けば官房長官、政府高官と書けば官房副長官を指すと言われる。
関心のある人には、漆間氏の名前を知ることは比較的容易だったと思われる。
さらには、元警察庁長官の漆間氏を官房副長官に起用した人事そのものが、小沢氏対策とする意見もあり、今回の場合に、官房副長官という取材源を守る必要性は、ほとんど無かったのではないと考える。

漆間副長官は、匿名を前提に「背景説明」を行ったのだという。
私には、「自民党議員には及ばない」という「背景」とは如何なることなのか、そのことに関心を持たざる得ない。
また、漆間氏は、各社の報道内容が、自分の記憶している発言内容とは異なっている、と説明している。
これを受けて、麻生首相は、一時、「誤った報道」というような説明をしていた(後に修正)。
そもそも、漆間副長官の発言内容は、正確にはどういうことだったのか?
報道各社が一斉に聞き間違えるなどということは想定し難い事態である。
実際は、漆間氏がそういう趣旨の発言をしたことは間違いないことなのだろう。
私たちが知りたいのは、その発言の「背景説明」である。

さらに問題は、本件に関しては、情報源が検察庁あるいはその周辺と思われる報道が、ほとんど垂れ流し状態で流通していることではなかろうか。
11日の産経新聞記事を見てみよう。

①1面トップ記事(小沢氏元秘書 石川議員に出頭要請)

小沢一郎民主党代表の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件で、東京地検特捜部は10日、陸山会の事務担当を務めていた小沢氏の元秘書で民主党の石川知裕衆院議員(35)から参考人として事情聴取する方針を固め、出頭を求めたもようだ。

②23面の献金事件取材班の「献金の底流・上」

「ダム工事が受注できるようにお願いした」
小沢代表の公設第1秘書、大久保隆規容疑者(47)とともに、政治資金規正法違反容疑で東京地検特捜部に逮捕された西松前社長、国沢幹雄容疑者(70)は、調べに対してこう供述したとされる。

③23面の関連記事(陸山会が西松の2団体を一体として認識か)

小沢一郎民主党代表の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件で、陸山会が西松建設のダミーだった2つの政治団体の代表者の名前を取り違えて政治資金収支報告書に記載していたことが10日、捜査関係者の話で分かった。

これらの記事の述語は、いずれも特捜部もしくは特捜部から情報を得られる人間が情報源であることを示している。
①(東京地検特捜部は)出頭を求めたもようだ。
②(東京地検特捜部の)調べに対してこう供述したとされる。
③捜査関係者の話で分かった。

ちなみに、朝日新聞の方は、以下のような文章である。
④1面トップ

「西松建設右」から民主党・小沢代表の資金管理団体「陸山会」への違法献金事件に絡んで、同社の他に、大手ゼネコン3社と準大手1社の計4社も小沢代表側に迂回献金していた疑いがあることが関係者の話で分かった。5社分を合わせると、1年間で1億円前後だったという。

⑤38面関連記事

民主党・小沢代表の資金管理団体「陸山会」への違法献金事件で、同代表の元秘書で現職の民主党衆院議員が、陸山会の会計処理などにかかわっていたことが10日、関係者の話で分かった。

こちらは、単に「関係者の話」と表現されているが、「捜査関係者」と理解していいだろう。
捜査中の案件に関して、次々と流れてくる情報は、捜査関係者の誰がどういう立場で話をしているのか?
情報が一方通行でしか流れていない状態というのは、常に情報操作の可能性があると考えるべきだろう。
情報源との信頼関係を保持することが重要だという理由で、これらの出所が一切秘匿されるとしたら、やはり意図的な情報操作の疑いを免れ得ない。
これだけ、捜査関係者の情報が流通している以上、検察庁は、どういう開示体制をとっているのか、国民の前に明らかにした方が、妙な疑問を持たれないと考える。

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2009年3月10日 (火)

郵政民営化に関する疑惑の一側面

昨日(3月9日)、日経平均株価の終値がバブル後最安値を記録した。26年5ヵ月ぶりである(チャートは、日本経済新聞3月10日)。
2_2 今日も続落だから、連日の最安値更新ということになる。
麻生内閣支持率が歴史的低水準だと思ったら(09年2月16日の項)、株価も歴史的低水準になってしまった。
現在の株価だと、株価純資産倍率(PBR)は、0.8だという。
つまり、株式市場にある上場株式を、現在の価格で買い占めることができれば(そんなことはあり得ない仮定ではあるが)、全部を清算すれば利益が出るということになる。

しかし、株価収益率(PER)の予想値は約69倍で、こちらからすると割高という判断になる。
PERは、半年前には約15倍だった。
また、アメリカでは約10倍である。
収益性の見通しが急降下していることになる。
政治も経済も混迷を極めていると言わざるを得ないだろう。

昨日、「かんぽの宿」売却に際して、日本郵政がアドバイザリー契約を結んだメリルリンチ日本証券の役割は何だったのか、と疑問を書いた。
その解答の一部が、発売されたばかりの「文藝春秋09年4月号」掲載の、東谷暁『竹中平蔵、西川善文、宮内義彦3氏の「お仲間」資本主義』という論文に示されていた。
上記の東谷論文から、メリルリンチ日本証券が「企画提案」を望む企業に配った文書の記載を引用する。

日本郵政は、本件譲渡の実行を約束するものではなく、その裁量により、いつの時点においても、理由の有無・内容を開示することなく、本プロセス及び本件譲渡を変更又は終了する権利を有し、その単独の意志により、本件譲渡の対象となる施設等の範囲を変更できるものとします。

ずいぶん一方的な文章ではないだろうか?
私が「企画提案」しようとしている側ならば、この文章を読んだら、前に進む気がなくなったことだろう。
実際に、当初は27社あった入札希望者が、順次減少して2社になり、その後は個別に条件交渉に入ったのだという。
誰が考えても出来レースと思うだろうが、そういう事情を知らない限り、「かんぽの宿」はお荷物の不良資産で、無事処理できて良かった、などと考えてしまうだろう。

メリルリンチ日本証券が得るはずだった成功報酬が、売却額の1.4%で、最低保証として6億円という契約だったという。
上記のような一方的な条件を押し付けるのが役割だったとすれば、6億円というのもそれに見合う報償だと考えるべきだろうか?
つまり、日本郵政は、このような高額の報酬を支払ってまで、「かんぽの宿」を売却したかった?
この6億円の根拠について、日本郵政の伊藤和博資産ソリューション部部長・執行役は、次のように説明している。

売却予定の「かんぽの宿」70件、社宅9件の簿価123億円と、世田谷レクセンターの簿価62億円を合計して185億円。これを概算で200億円とみて、不動産仲介手数料の3%を乗じて6億円。

伊藤氏は、「これはほぼ相場といえる」と語っているというが、「こんな荒っぽい計算で6億円もの報酬を払うのかよ」と、簡保加入者として怒りたくなるのは当然だろう。
また、上記の簿価123億円と、79施設の固定資産税評価額856億円の乖離が既に明らかになっている(09年2月22日の項)。

東谷氏の上記論文には、さらに驚くような事実が記載されている。
評価額1万円とされた鳥取県岩美町の「かんぽの宿・鳥取岩井」が、半年後に社会福祉法人に6000万円で転売されていたことについては既に触れた(09年2月1日の項)。
2007年にバルク売り(一括売却)された物件の中には、千円のものがあったというのである。
沖縄県の旧沖縄東風平レクセンターがその1つである。
ここは、落札後約2ヵ月で4900万円で転売されたという。

オリックスへの売却について、転売禁止の縛りは2年間だった。
つまり、2年経てば、上記と同じように転売できるということである。
ここ数日の新聞は、西松建設献金問題で賑やかで、「かんぽの宿」は過去の話題になってしまっている。
月刊誌というスローなメディアのお陰で、改めて「郵政民営化」の実態のごく一部を垣間見ることができたようである。

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2009年3月 9日 (月)

郵政民営化利権の行方

衆議院の静岡県の第7区選挙区は、郵政民営化総選挙における象徴的な選挙区の1つだった。
浜松市、湖西市、浜名郡等の地域である。
郵政民営化に反対していたことから、自民党の現職でありながら公認を得られなかった城内実氏と、強力な刺客として送り込まれた片山さつき氏が激しく争って、片山氏が僅差で当選した選挙区である。
Wikipediaの城内実の項(09年2月23日最終更新)を見てみよう。

2003年11月、第43回衆議院議員総選挙に静岡7区から無所属で出馬し、与党である保守新党の熊谷弘党首を4万票の大差で破って初当選を果たしたことで話題となった。後自民党入りし、自民党法務部会で国会提出を巡って紛糾した人権用語法案について、同僚議員であった古川禎久、古屋圭司らとともに法案反対派の急先鋒として論陣を張るなど保守的な言動で知られ、安倍晋三の側近として信頼を勝ち得ていた。しかし、郵政国会の際に、首相出身派閥の森派議員の中で唯一反対票を投じたが、安倍の再三の説得を振り切って反対票を投じる姿がTVで繰り返し放映された。「刺客騒動」とあいまって直後の第44回衆議院議員総選挙において静岡7区は一躍注目の選挙区となった。
同衆院選では公認を得られず、自民党公認の「刺客」片山さつき
と激戦を繰り広げた。当初城内優勢で進んだが、自民党の大幅てこ入れや、奥田経団連会長(当時)によるトヨタの圧力及び公明党の大動員などもあり、748票の僅差で落選した。その後、党から離党勧告処分(事実上の除名)が出され、離党届が受理された。

私は、この選挙区の住人ではないし、城内氏の支持者でもない。
城内氏の政策の相当部分については、違った意見を持っている。
しかし、郵政民営化にまつわる利権が明るみに出て、それが疑獄事件に発展するかと思ったとたんに、あたかもそれを覆い隠すかのような小沢民主党代表秘書の逮捕というセンセーショナルな事件が発生した。
もちろん、何の相関関係もないのかも知れない。

政治資金規正法違反の問題は、極論すれば「認識」の問題である。
献金を受けた政治団体が実質的には企業だったと認識していたか否か?
しかし、小沢氏の弁明にもあったように、企業だと認識していれば、政党として受け入れればいいことだった。
しかも、献金の請求書が証拠として存在するという。
献金を要請するとしても、そんな形を取るだろうか?
報道されている構図自体に、釈然としないものがある。

それに比べて、「かんぽの宿」の譲渡問題はどうだろうか?
鳩山総務相が声を上げなければ、多くの国民が知らぬ間に、国有財産が叩き売られていたのである。
それを、郵政民営化利権と呼ぶのは不自然ではないだろう。
郵政民営化についてブラウンジングしていたら、城内氏のブログに行き着いた。
そこには、「郵政(改革)利権」という言葉があった。

かんぽの宿問題をはじめとするいわゆる郵政利権問題は、絶妙なタイミングでおこった中川昭一財務大臣(当時)の意識もうろう状態での記者会見や麻生政権支持率低下とそれにともなう武部元自民党幹事長らによる麻生おろしの動きなどで表舞台から消え去ったかのようにみえる。
しかし、そうではない。水面下ではマグマのようなものが沸々とわいているのだ。まさに嵐の前の静けさだ。
http://www.m-kiuchi.com/2009/03/

しかし、状況はどうやらこの時点での城内氏の想定とは異なる方向に進みつつあるようだ。
西松建設献金問題で、郵政利権問題など、吹き飛ばされてしまっているかのようだからだ。
以下は、郵政民営化特別委員会での城内氏と竹中平蔵氏とのやりとりである。

平成17年6月7日郵政民営化特別委員会
城内実委員(当時):「昨年(注:平成16年)の四月から現在までの約一年間、郵政民営化準備室に対する、米国の官民関係者との間での郵政民営化問題についての会談、協議ないし申し入れ等が何回程度行われたか、教えていただきたい。」
竹中平蔵国務大臣 (当時):「昨年の四月二十六日から、郵政民営化準備室はアメリカの政府、民間関係者と十七回面談を行っている。」
城内実委員(当時):「十七回ということは、月に一回は、アメリカの方で早く民営化してくれと言ってきているということだ。かなりの頻繁な数ではないか。それでは、米国生命保険協会がこれまで累次にわたり郵政に関し要望を行っているが昨年から現在まで、郵政民営化に関してどのような内容の声明を出しているのか、そしてそれは大体何回ぐらい出しているのか。」
竹中平蔵国務大臣 (当時):「米国生命保険協会は、昨年来、郵政民営化に関連して、完全なイコールフッティングが確立するまでは郵便保険会社は新商品の発売を認められるべきではない等の主張をする声明等を出している。同協会のホームページによれば、昨年三月以降現在まで、九回の声明等を発出したものと承知している。さらに米国生命保険協会は、郵政民営化法案に関し、五月十七日付で、この協会は引き続き日本の郵政民営化法案に懸念と期待を表明すると題する表明を発表したというふうに承知をしております。」

どういうことか?
郵政民営化、特に保険事業に関して、アメリカの要求が非常に熱意のあるものだった、ということである。
そして、「かんぽの宿」の譲渡問題である。
城内氏のブログでは、譲渡のアドバイザーに選ばれたメリルリンチ証券の報酬について、以下のような報道を紹介している。

《メリルリンチの成功報酬、最低6億円=「かんぽの宿」売却で-日本郵政(2月10日17時58分配信 時事通信)》
日本郵政が「かんぽの宿」など80施設の売却にあたり財務アドバイザーに起用したメリルリンチ日本証券に対し、譲渡完了後に最低6億円の成功報酬を支払う契約を結んでいたことが10日、分かった。両社が昨年2月にかわした業務委託契約書によると、既に日本郵政が1年分を支払った手数料(月額1000万円)とは別に、売却価格の1.4%か、この額が6億円を下回る場合は6億円を報酬として支払うとしている。売却額109億円の5.5%にも相当する報酬額には、与野党から高すぎるとの批判が出そうだ。
報酬額は80施設の売却が前提。日本郵政は不動産市況が悪化したことや、入札の最終段階で世田谷レクセンター(簿価62億円)を売却対象から外したことで事情が変わったとして、メリルリンチと報酬額の見直しを協議している。

「かんぽの宿」の譲渡問題は、とりあえず白紙に戻っている。
つまり、アドバイザーのメリルリンチ証券の成功報酬部分は、当然払われないのだろう。
しかし、それにしても高すぎる成功報酬額ではないだろうか。
具体的に、何をアドバイスするということだったのだろうか?
その辺りもしっかりと開示して欲しいものだ。

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2009年3月 8日 (日)

西松建設問題と世論の誘導

西松建設献金問題は、小沢民主党代表から自民党の二階俊博経済産業相に飛び火した。
二階氏が、西松建設から偽名名義の献金を受けていた疑いがあるとのことである。
民主党だけでなく、自民党の派閥の領袖クラスに捜査の手が伸びているのだから、国策捜査などという批判は的外れということになるだろうか?

これからの展開を見ない限り、余り予断を持たないほうがいいだろうが、二階氏などはとうに織り込み済みのことだっただろう。
「実質西松建設」だったとされる政治団体から献金を受けていた政治家は、もちろん自民党にもいた。
笑えるのは、これらの人たちが、小沢氏の秘書の逮捕という事態を受けて、献金を返却しようとしていることである。
朝日新聞のネット配信記事(09年3月5日)から引用しよう。

小沢民主党代表の公設第1秘書の逮捕を受けて、西松建設OBが代表を務める政治団体から献金を受けるなどしていた自民党議員が5日、相次いで全額返還を決めた。森喜朗元首相は政治献金300万円とパーティー券代100万円、山口俊一首相補佐官は献金200万円、加納時男国土交通副大臣はパーティー券代200万円をそれぞれ返却する。
森氏は5日、朝日新聞の取材に対し、代理人の弁護士を通じて「返還の方策を検討する。道義的観点からであり、違法性を認める趣旨ではない」と答えた。山口氏は「公共事業などを色々研究する所だということなので全く問題ないと判断した。裏で違法なお金を集めていたんだったら、返したほうがいい」と説明。加納氏は記者団に「パーティー券の対価として受け取ったので返還する必要はないと考えていた。両団体の資金作りに違法性が指摘され、関係者の逮捕に及んでいることもあり、道義性に問題があると判断した」と語った。
自民党二階派(会長・二階経済産業相)も5日の派閥例会で、同派のパーティー券代計838万円の全額返還を決めている。

これらの人たちは、返却すれば、「無かった」ことになると考えているのだろうか?
道義的観点というのも理解し難い説明だが、返せばいいでしょう、という姿勢がそもそも信用を失わせるものだと思う。
「語るに落ちる」とは、こういうことを言うのではないだろうか。

捜査対象に加わったとされる二階氏は、小沢民主党代表が自民党に在籍していた時代には、小沢側近と言われていた人である。
何かと疑惑を向けられることが多い人なので、「やっぱり」という感じを持った人も多いだろう。
つまり、角栄の系譜は、カネまみれか、と。

確かに、金権体質的であることは事実だろう。
しかし、ロッキード事件からの連想では、どうしても角福戦争の残照というイメージになってくるのを拭えない。
角福戦争とは、佐藤栄作元首相の後継の位置をめぐって、田中角栄と福田赳夫とが死闘を演じたことを指す。
Wikipedia(08年6月25日最終更新)では、次のように説明している。

過去戦後政治史において吉田茂と鳩山一郎、池田勇人と佐藤栄作の政争はあったが「戦争」とまで形容されることはなかった。田中と福田の抗争の激しさはお互いの(及びそれぞれの支持層の)出身階層の相違によるある意味で擬似階級闘争の様相を呈していたことの表れともいえよう。
……
総裁選には田中、福田、大平、三木の4人が出馬し各々156、150、101、69ずつの票をえて田中と福田の決選投票になり田中282、福田190で田中が佐藤の後継となった。出馬しなかった中曽根康弘にはこの時7億円の資金が田中から流れたと言われている。

上記の「擬似階級闘争」というのは、福田赳夫が東大から大蔵省を経て政界に入ったというエリートであるのに対して、田中角栄がさしたる学歴も持たず、一介の土建業から成り上がったからである。
こうした事情からすれば、田中角栄の官僚掌握力は別として、本来的に福田派の方が官僚に近い存在であるのは明らかである。
検察庁も官僚組織であり、特に予算を握っている財務省には弱いと聞く。
検察の国策が、ビューロクラシーの護持でなければ幸いである。
西松建設献金問題の捜査が、森喜朗氏など清和会関係者に及ぶかどうかが、1つの見どころではないだろうか。

それにしても、何となく釈然としない状況である。
最も利益を得た人間を疑え、といわれる。
今の状況で利益を得ているのは誰か?
西松建設の献金問題で、大きな疑獄事件に発展するかと見えた「かんぽの宿」の問題はすっかり霞んでしまっているかのようである。
とりあえず胸をなで下ろしている人もいるのかも知れない、と邪推しておく。

それにしても、いささか世論誘導的なことが多いのではないだろうか。
西松建設献金問題が自民党に波及せず」と発言した政府高官が、漆間巌官房副長官だったことが判明した。
元警察庁長官である。
麻生内閣で、小沢潰しの人事だとされている人物でもある。
インサイダーの情報が表に出てきたということだろう。
また、検察の誘導としか思えない情報が余りにも多いと思う。
一例として、産経新聞(09年3月8日)の一面トップは、次のような文章である。

小沢一郎民主党代表の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件で、西松建設に虚偽名義でパーティー券を購入させていた疑いが浮上している二階俊博経済産業相側が、西松から虚偽名義の政治献金も受けていた疑いの強いことが7日、捜査関係者の話で分かった。

捜査関係者とは誰か?
常識的に考えれば、検察自身かその周辺である。
一般人が知りようのない情報である。
捜査側から恣意的に情報がリークされ、それが世論を形成していくとすれば、恐ろしいことだと思う。

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2009年3月 7日 (土)

ロッキード事件⑧…中曽根幹事長の動き

3月4日になると、不思議なことに、それまで臨床尋問にも耐えられないとされてきた児玉誉士夫が、東京地検の取調べを受けた。
松田昇検事と小木曽国隆検事が、主治医の喜多村孝一東京女子医大教授の立会いのもとで児玉を取調べ、ロッキード社とコンサルタント契約をしていたこと、報酬として5千万円を受け取っていたことを認めさせた。
所得税法違反の時効が3月15日に迫っていた。

2月26日の段階では、児玉邸に派遣された医師団は、口もきけない状態と診断していた。
平野貞夫氏は、『ロッキード事件「葬られた真実」』講談社(0607)において、「実際は21億円もの莫大な報酬を受けているにもかかわらず、たった5千万円の脱税ですませてくれるというのだから、立ちどころに治ってしまったのであろう」と書いている。

中曽根康弘幹事長は、3月3日に、前尾繁三郎衆院議長に、「安易に国会議員の氏名を出さないように、各党に善処するよう」要請した。
普通は、宇野宗佑国対委員長が、各委員会で徹底させれば済む話であるが、わざわざ前尾議長に申し入れたのは、議長の名前で押さえ込もうという意図であったと思われる。

とすると、中曽根幹事長は、児玉に対する東京地検の取調べがあることを知っていたのではないか、ということになる。
児玉の取調べに喜多村教授が立ち会っていることから、地検から児玉サイドに、事前に連絡があったはずである。
その情報が、中曽根幹事長に知らされたのだろう。
それは、児玉事務所の太刀川恒夫秘書ではないか、と平野氏は推測する。
太刀川秘書は、かつて中曽根の書生を務め、深い関係があった。

児玉側から中曽根幹事長に情報が流れるとすれば、その逆もあり得るだろう。
とすれば、証人喚問や医師団派遣の情報が、児玉側に事前に伝えられていたとしても不思議ではない。
4日の地検の取調べが成功したのを見て、予算委員会は再度、臨床尋問を児玉側に要請する。
しかし、太刀川秘書は、「地検の取調べで病状が一気に悪化した」として、臨床尋問を断った。

アメリカ側ではどういう状況だったのか?
3月3日(日本時間4日)、アメリカ証券取引委員会(SEC)のヒルズ委員長が、ロッキード事件に関し、「日本への資料提供は、捜査目的に限定し、アメリカSECの調査を妨げないこと」と発言する。
さらに5日には、インガソル国務副長官が、「政府高官などの氏名は、司法当局が起訴を決定するまで、公表してはならない。また公表については両国司法当局間での協議が必要である」と明言した。
つまり、フォード大統領に親書まで送って「政府高官の氏名を公表したい」とした三木首相に対して、アメリカ側は、「氏名を公表するなら資料を提供しない」と意思表示したのである。

3月5日、中曽根幹事長ら自民党の首脳が集まり、自民党としてのロッキード事件への対応を再検討し、以下のように決めた。
①フォード大統領の返書を待って対処し、本会議で政府の所信をただす。日米相互間の内政不干渉の原則を貫く。
②事件の究明は、検察、警察、国税等の関係機関において徹底的に行い、国会においては調査特別委員会を設置して活動を再開する。
③予算並びに法律案成立に関し、国会審議の促進を図る。

自民党首脳部は、アメリカ側から捜査資料が提供された場合は、「非公開」にするとした。
即時公開を表明している三木首相と真っ向から対立する結論である。
「風見鶏」と評されていた中曽根幹事長の面目躍如である。
自民党が「非公開」の立場をとれば、野党は国会審議に応じないだろう。
予算審議がストップし続ければ、三木政権は崩壊する。

3月12日に、フォード大統領からの返書が届く。
その骨子は、『アメリカと日本の両国政府が司法間の取り決めを行い、アメリカの捜査当局が保管する関連情報を、非公開(秘密)扱いにして、日本の捜査当局に提供する」というものであり、三木首相と主導権争いをしていた検察の主張そのままであった。

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2009年3月 6日 (金)

ロッキード事件⑦…第二次証人喚問

平野貞夫『ロッキード事件「葬られた真実」』講談社(0607)によれば、児玉誉士夫が国会での証人喚問に耐えられないと診断され、昭和51(1976)年2月16、17日の2日間にわたった証人喚問は、「児玉誉士夫というメインディッシュ抜きという、オードブルとデザートだけのコース料理のような味気なさを遺した」。
国民世論は、「断固として真相を究明せよ」と批判のボルテージを上げた。

2月12日に、日本政府は、米上院外交委員会の多国籍企業小委員会(チャーチ委員会)に対して、日本関連資料を提供することを決めた。
しかし、ヘンリー・キッシンジャー国務長官は、この要請に対して、「ロッキード事件に関する資料は、友好国の政治的安定を乱す可能性があるため、賄賂を受け取った政府高官の名前の公表には反対する」と明言していた。
2月18日に、世論の風を受けて、三木首相が宮沢喜一外相に対して、「外交ルートを通じてアメリカ側に、すべての資料を日本側に提供するよう要請しろ」と命じた。

児玉誉士夫に関して、アメリカが公表した領収書が本物ならば、外国為替及び外国貿易法違反が成立するし、脱税も想定される。
しかし、児玉を逮捕するためには、アメリカ側の資料提供が必須だった。
三木首相は、政府高官というのは、田中内閣の時の高官だと踏んでいたから、その名前の公表に拘った。
政府高官の名前の公表という首相の方針は、キッシンジャー長官の方針と相反するものだから、アメリカ側からの捜査資料の提供は難しくなる。

野党は、証人喚問が不発に終わったことから、マスコミと世論から袋叩きにあい、「ロッキード問題に関する決議案」をもって攻勢に出ようとしていた。
国会を正常化させて予算審議を再開するため、自民党も野党の決議案を丸飲みし、2月20日に野党主導の決議案が合意に達した。
決議案には、「政府高官名を含む一切の未公開資料」の提供を、米国上院及び米国政府に求め、政府には「特使の派遣等を含め」万全の措置を講ずべきである、とあった。

この国会決議を受けて、三木首相は、「自分から書簡をもってフォード大統領に要請する」と宣言した。
つまり「三木親書」を以て大統領に直訴するというわけである。
「三木親書」には、「関係者の名前があればそれを含めて、すべての関係資料を明らかにすることのほうが、日本の政治のためにも、ひいては永い将来にわたる日米関係のためにもよいと考える」と書かれていた。

三木首相と世論に後押しされて、野党側は、2月24日に、第二次証人喚問として、16名もの喚問を与党側に求めた。
荒船清十郎予算委員長の裁断で、児玉誉士夫、大庭哲夫(前全日空社長)、福田太郎(ジャパン・パブリック・リレーションズ社長)、鬼俊良(ロッキード・エアクラフト社日本支社支配人)、アメリカ在住のアーチボルト・コーチャン(ロッキード社前副会長)、シグ片山(ユナイテッド・スチール社社長)、若狭得治(再喚問)、檜山広(再喚問)、伊藤宏(再喚問)、大久保利春(再喚問)で折り合いが付けられ、3月1日に喚問することが決まった。

2月23日、予算委員会理事会は、再度児玉誉士夫邸に医師団を派遣することを決定し、国会への出頭が不可能ならば、臨床尋問でも構わないという方針を打ち出した。
しかし、26日に児玉邸に派遣した医師団から、「臨床尋問も無理」という報告が入る。
28日には、コーチャンとシグ片山から、証人喚問には出頭できないという連絡が入る。
アメリカ在住のアメリカ国籍であるから、予想されたことではあった。
児玉誉士夫からは、再度、診断書つきの「不出頭届」が提出され、受理された。
3月1日、主役クラスを欠いた第二次喚問が開始された。

第二次喚問では、大庭哲夫全日空前社長と若狭得治現社長の証言が、激しく対立した。
●機種の問題について
大庭:現役であれば、DC10(マクドネル・ダグラス社製)を採用する。
若狭:DC10は、昭和47(1972)年、5、6、7月に立て続けに事故があり、採用から外れた。
●オプションの問題について
大庭:三井物産も立ち会って、昭和45(1970)年3月ごろオプションをした。
若狭:オプションする段階になかった。
●引継ぎ問題
大庭:退任の判断をしたとき、若狭と渡辺副社長にオプションの処理を依頼した。
若狭:DC10に関する大庭からの引継ぎは一切ない。

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2009年3月 5日 (木)

小沢代表秘書逮捕は偏向捜査ではないのか?

興味の赴くままに、33年も昔のロッキード事件の背景をあらためて調べていたら、小沢民主党代表の公設秘書が逮捕された、というニュースが飛び込んできた。
小沢代表は、ロッキード事件の主役・田中角栄元首相の愛弟子ともいえる存在である。
何となく偶然の縁を感じたのだが、驚くべき事に、既に1月の段階で、西松建設の裏金問題が、ロッキード事件に繋がる要素があり、政権交代必至の状況の中で、小沢代表を標的にしたものではないか、とする見解がある。
言い換えれば、小沢氏にターゲットを絞った一種の謀略ではないか、ということである。
例えば、以下のサイトである。

2009/01/17
小沢一郎を守れ<西松建設事件は政権交代を阻止するために「亡国の人物」によって用意された国策捜査か?>

西松建設の裏金は現代のロッキード事件になるか(2009.1.21)

平野貞夫『ロッキード事件「葬られた真実」』講談社(0607)では、ロッキード事件の本質を以下のように書いている(09年3月1日の項)。
日本は、昭和20(1945)年8月15日の敗戦から、昭和27(1952)年のサンフランシスコ講和条約発効までの約7年間、外国によって占領されるという史上初めての体験をした。
その間も、それ以降も、日本の政治は、多かれ少なかれ、外国の(特にその諜報機関の)影響を受けてきた。
つまり、田中角栄逮捕劇は表層的なことで、それによって真相が隠されてしまった、ということである。

今回の小沢代表秘書の逮捕にも、そのウラに隠された問題が内在しているのではないか?
昨日の段階では、私は以下のように書いたが、いささか素朴な感想だったのではないか、と反省している。

検察が国家権力の一部であるという本質を考えれば、検察の捜査が国策であるのは当然でもあろう。
問題は、検察の考えている国策が、国民にとってプラスになるのかマイナスになるのかである。

上記に補記すれば、権力の行使が恣意的であってはならないことは当然の前提であるだろう。
今の段階で云々することではないのかも知れないが、このタイミングでの小沢代表秘書逮捕には、正直な感想として、多分に恣意的な偏向の匂いを感じざるを得ない。
はっきり言えば、何らかの謀略的な思惑が背後にあるのではないか、と疑いたくなるのである。

日頃政治資金などとは縁がないので、現象的なことしか分からないが、今回の逮捕容疑は以下のように説明されている。
政治資金規正法では、陸山会のような資金管理団体が、政治団体から献金を受けることは、年間5000万円の範囲であれば、全く問題がない。
また、企業から政党への献金もOKである。しかし、企業から政治資金団体への献金は禁止されている。
小沢代表の政治資金管理団体「陸山会」への献金の中に、政治団体を偽装して、実質的には西松建設であったと認定される献金が含まれていた。
だから、違反行為である、ということである。

報じられているところでは、もちろん小沢氏以外の政治家・政治資金団体にもダミーとされた政治団体から献金されている。
もちろん、自民党にも数多いのだが、中には以下のような事例もある。

自民党の政治資金団体「国民政治協会」(国政協)や複数の政治家の政治資金収支報告書に、新政研の住所として東京都港区の西松建設本社住所が記載されていたことが5日、分かった。
……
国政協の政治資金収支報告書によると、新政研から03年12月に500万円の献金を受けた際、住所として港区虎ノ門の西松建設本社の住所を記載していた。新政研の実際の住所は千代田区平河町だった。

http://beenz.livedoor.biz/archives/497569.html

東京地検が小沢代表の秘書の大久保氏を逮捕したのは、同氏が「実質西松建設」と認識していたはずだ、ということである。
しかし、大久保氏は現時点ではそれを否定しているらしい。
おそらくは、検察が見るように、両団体は「実質西松建設」である、というのは妥当な見方なのだろう。
それは、いわゆる公然の秘密というのか公知の事実というのか、関係者の間では当然に知られていたことなのではないだろうか。
つまり、小沢氏の秘書だけが、「実質西松建設」という認識をしていたというようなことは、常識的にみてあり得ない。

とすれば、小沢氏の秘書のみを逮捕して、新政研の住所として西松建設本社の住所を記載していたような政治資金団体や政治家が不問のままというのでは、余りにも恣意的な判断ということになる。
小沢氏の秘書のみを虚偽記載として摘発するという事態を、見過ごしていいものだろうか。
田中角栄は、アメリカ石油資本に逆らったので、アメリカからの圧力で表舞台から追放された、という説がある。
果たして、西松建設事件によって、政権交代阻止ということになるのだろうか?

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2009年3月 4日 (水)

小沢スキャンダルは、自民党の神風になるか?

民主党の小沢一郎代表の公設秘書が、政治資金規正法違反容疑で逮捕された。
準大手ゼネコンの西松建設が、政治団体をダミーにして政界にトンネル献金をしていたとされる疑惑である。
逮捕されたのは、小沢代表の公設第一秘書で、資金管理団体「陸山会」の会計責任者の大久保隆規容疑者と、西松建設の前社長国沢幹雄容疑者ら3人である。

これはかなり衝撃的な事態と言っていいだろう。
政治資金規正法違反は、「政治とカネ」の問題の透明性確保を目的としている。
今までにも、坂井隆憲元衆議院議員が逮捕された事件、埼玉県知事だった土屋義彦氏の長女らが逮捕された事件、村岡兼造元官房長官が在宅起訴された事件などがあった。
東京地検特捜部が、西松建設に関して立件に踏み切ったのは、長期にわたって巨額のトンネル献金が行われていたことが、政治資金規正法の立法趣旨に真っ向から逆らう悪質なものだという心証を固めたからからだろう。
今回の西松案件は、偽装性という点において、巧妙である分悪質性も高いということになる。

東京地検によると、ダミーとして使われた団体は、「新政治問題研究会」(新政研、平成7年設立)と「未来産業研究会」(未来研、平成11年設立)で、3人は、新政研の名義をダミーに使って、陸山会に対する西松建設の企業献金を授受した疑い。
また、大久保容疑者は、西松から受領したカネを新政研と未来研からとする虚偽の記載を政治資金収支報告書にした疑いが持たれている。
両団体の事務所所在地は同じで、それぞれ西松OBが代表者だったが、18年末に解散している。

政治資金収支報告書によると、両団体が18年までの12年間に集めた金額は約5億1500万円で、両団体名義で行われた与野党の国会議員への献金やパーティ券購入の合計額は約4億8000万円に上り、小沢氏側にはこのうちの2億円近くが渡っているという。
政治資金規正法は、他人名義での献金やパーティ券購入を禁じている。
また、政党や政治資金団体以外への企業献金も禁止している。

西松建設の関係者によると、両団体の会員は、主に同社の社員で、本社人事部と政治団体代表が、社員から団体会員を選び、1口6万円の会費納入を指示し、その分を賞与に上乗せして会社が穴埋めをしていたという。
政治団体の設立を主導していたのは国沢前社長だったという。
検察は、両団体が西松のダミーだったとみている。
報道されている通りだとすれば、完全な政治資金規正法逃れのための偽装ということになる。

小沢代表の公設秘書逮捕は、支持率低迷にあえぐ自民党サイドからすれば、絶好のタイミングだったといえるだろう。
民主党は、麻生内閣を追い込んで、次期衆院選の早期実施を求める戦略だったのが、オセロゲームのように、白黒が反転してしまったかのように見える。
自民・公明の与党側は「神風だ」と手を叩いて喜んでいるという。
しかし、そんなに自民党に好材料なのかどうかは、現時点では即断できないのではないだろうか。
捜査が進むことによって、自民党にも悪材料が出てくる可能性は十分にあるだろう。
小沢代表は、もともと自民党出身だし、今回の疑惑のような体質は、自民党の方により濃いと思われる。

余りに与党にとってタイミングが良すぎるため、民主党側からは、政治的なにおいのする国策捜査だ、という声も上がっている。
権力の濫用というわけである。
確かに、ロッキード事件の経緯(09年2月26日の項~)や、東京・大阪地検特捜部に身を置いた元ヤメ検弁護士の田中森一氏の述懐(09年2月22日の項)などを見ても、検察の捜査は常に国策的であると考えられる。
検察が国家権力の一部であるという本質を考えれば、検察の捜査が国策であるのは当然でもあろう。
問題は、検察の考えている国策が、国民にとってプラスになるのかマイナスになるのかである。

麻生首相は、事件の影響を慎重に読んで、解散の時期を判断するという。
つまり、民主党の勢いが弱まれば、21年度予算の成立後に一気に衆院解散に打って出るということだ。
私は、今回の小沢代表の問題や、石井一副代表などの行動(09年1月23日の項)には、まったく賛成できないが、それでも政権交代は必要だし、その場合も現実的な選択としては民主党を軸にして考えるしかないと思う。
小沢氏は、みずから出処進退を明らかにしなければならないだろうが、自民党政治の終焉という大局的なトレンドが覆ることもないのではないだろうか。

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2009年3月 3日 (火)

ロッキード事件⑥…児玉誉士夫の病状診断

ロッキード事件では、民間旅客機のトライスターだけでなく、自衛隊の次期対潜哨戒機(PXL)の導入を巡っても疑惑がもたれていた。
この件に関して、防衛庁の久保卓也事務次官が、記者会見で、PXLの国産化が白紙還元されたのは、昭和47(1962)年の国防会議の開催直前に、当時の後藤田正晴官房長官、相沢英之大蔵省主計局長が、田中首相同席のもと決めたもので、防衛庁事務当局はその時まで知らなかった、と発言した。
この久保発言は、後藤田・相沢両氏から抗議を受けて撤回し、自ら訓戒処分を受けるが、この発言によって、「児玉ルート」と考えられていたPXL疑惑も角栄マターということになっていった。

ロッキード事件が発覚した2月5日、児玉は既に行方をくらましていた。
留守番役は、「3日から伊豆の温泉に行っているが、保養先まで連絡されては気が休まらない、と連絡先を告げずに出かけた」と答えている。
チャーチ委員会はアメリカ時間の4日から始まったが、その前々日から、「連絡先も告げずに保養に出かける」というのは、偶然だろうか?
ロッキード社から、「秘密代理人」の児玉に対して、「公聴会で名前が出るかも知れない」と連絡があったのではないか?
マスコミは、証人喚問前に児玉に取材をしようと必死に探したが、児玉の行方は不明だった。

12日になると、児玉誉士夫の主治医という東京女子医大の喜多村孝一教授が、「児玉様の症状から判断いたしまして、証人として国会に出頭することは無理です」と記者に語った。
児玉は自宅にて加療中で、面会謝絶だという。
14日に、児玉誉士夫の妻の「睿子」を差出人とする前尾繁三郎宛の書留封書が届いた。
開封すると、児玉誉士夫の「不出頭届」とある。喜多村孝一教授の診断書が添付されていた。
「脳血栓による脳梗塞後遺症の急性悪化状態により……」

16日から証人喚問が始まった。
トップバッターは、小佐野賢治だった。
小佐野は、野党の質問に対して、「記憶にございません」を連発した。
「記憶にございません」は、後に流行語になった。今ならば、流行語大賞間違いなしだろう。
全日空の若狭社長は、トライスターの選定に関し、小佐野の推薦は受けていないと証言し、渡辺副社長も、機種選定途中で軌道修正はしていず、大庭哲夫前社長の交代も関係ない、と断言した。

そういう国会の状況の中で、児玉に対する国会からの医師団派遣が、予算委員会の理事会での話題になった。
「本当に病気なのかどうか、確かめるべきだ」という野党の主張を自民党も了承した。
医師団の構成について、理事会で結論が出ず、前尾衆議院議長に一任する、ということになった。
事実上の選考は、平野氏が担当することになる。
平野氏は、衆院事務局と提携している東京慈恵会医科大学の医局と交渉することにし、医師団の派遣は、16日中になるか17日の午前中になるかわからないので、それだけの時間を確保できる人を条件とした。
上田泰慈恵医大教授、下条貞友同大講師、里吉栄次郎東邦大学教授の3名が選ばれた。

医師団の派遣をいつ行うか?
もし、児玉の主治医の喜多村東京女子医大教授が虚偽の診断書を書いているとすれば、今日(16日)中にそれが確認できれば、17日の予算委員会の証人喚問に間に合う。
午後7時には、当日中の医師団派遣が決定し、各医師に連絡がついて、医師団が世田谷の児玉邸に着いたのが午後10時前だった。
午後11時過ぎ、児玉を診断した医師団から報告が入った。
「重症の意識障害で、口もきけない状態であり、国会での証人喚問は無理……」
驚くべき内容だった。

平野氏は有名なメモ魔である。
自分のメモをもとに、時系列で事象を整理している。
・午後0時11分からの予算委員会理事会で医師団派遣を決定
・午後4時、医師団メンバーが決定
・午後6時前、理事会再開。医師団メンバーを了承
・午後7時、当日中の医師団派遣を決定
・午後10時前、医師団が児玉邸で診断
こういう時系列でみれば、医師団が買収されているような可能性はあり得ず、児玉が口もきけない状態にあることは事実に違いない。

しかし、児玉の動きは、余りにも出来すぎていた。
5日にロッキード事件が発覚した時には、前々日から伊豆へ保養に出かけて連絡が取れなくなっていた。
8日に証人喚問が決定したときには、児玉の所在は不明だった。
12日に、児玉は自宅で高脂血症の悪化によって自宅で倒れ、診察した主治医の喜多村教授は、「茶飲み話ぐらいならできる」としたが、夜になると「口もきけないので国会への出頭は無理だ」と前言を変える。
14日の夕刻には、妻名義で「不出頭届」が書面で送付される。この日は土曜日で、議長が対処できない時間だった。
16日には証人喚問が始まるが、児玉の「不出頭届」の精査は、この日に行わざるを得なかった。
16日の夜10時に国会から派遣された医師団によって、17日の喚問は不可能と診断された。
誰にしても、何らかの謀略があったと考えざるを得ないだろう。

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2009年3月 2日 (月)

ロッキード事件⑤…児玉誉士夫の証人喚問

昭和51(1976)年2月5日の未明、アメリカの通信社UPIからロッキード事件の発端となる第1報が届き、5日の夕刊には、児玉誉士夫に渡したカネの一部が「日本政府当局者に対して使われた」とロッキード社の公認会計士が明言したことが報じられた。
その当時の国会は、衆議院は自民党が圧倒していたが、参議院は与野党伯仲していた。
しかも自民党の中は、金権批判を受けて田中角栄が退陣を余儀なくされ、副総裁・椎名悦三郎の裁定で、三木武夫が政権を継いでいた。
田中派を中心とする主流派は、金権批判のほとぼりが冷めるであろう秋口の解散によって、政権への返り咲きを狙い、三木首相は、政権延命を第一に考え、予算成立後に解散に打って出ると揺さぶりをかけていた。
何やら、33年後の現在と余り変わらないかのような状況だったといえるだろう。

ロッキード事件のような疑獄事件は、政権与党に不利に働くはずである。
しかし、この時の自民党幹事長は中曽根康弘で、児玉誉士夫の秘書をしていた太刀川恒夫は、かつては中曽根の書生をしていたことがあった。
つまり、児玉に最も親しい政治家が中曽根であることは周知の事実だった。
ロッキード社から賄賂を受け取った「日本政府高官」として、中曽根に疑いの目が向けられたのは当然のことであった。
政権の要の幹事長が事件にかかわっているとすれば、内閣崩壊も起こり得る。
政権延命に固執する三木首相が、どこまで事件を追求するか。
あるいは、ロッキード社は、イタリア、トルコ、フランスなどにも同様の賄賂を贈っており、外交問題に発展する可能性があって、アメリカの出方も不透明だった。

2月6日の衆院予算員会では、すべての審議がロッキード事件がらみとなった。
三木首相は、野党の追及に対して、「日本の政治の名誉にかけても、この問題を明らかにする必要がある」と、野党の、あるいは世論の望む通りの回答をした。
つまり、中曽根幹事長によって政権に傷がついても、田中角栄を潰そうというスタンスに立ったのだった。
この首相発言を受けて、野党は証人喚問を要求した。
この時点で、田中角栄はロッキード社との係わりを前面否定、中曽根幹事等は「ノーコメント」で通していた。
予算委員会の審議終了後、ロッキード社のアーチボルト・コーチャン副会長が、「小佐野賢治、檜山広丸紅会長、大久保利春丸紅専務らが関わっていた」と発言したことが伝えられた。
小佐野賢治は、田中金権批判の祭に、「刎頚の友」として登場した人物だった。

2月8日は、日曜日だった。
公務員住宅で過ごしていた平野氏のもとに、朝日新聞の記者から、中曽根幹事長と宇野宗佑国対委員長が、三木首相の要請を受けて、証人喚問に応ずることにした、という電話が入った。
中曽根幹事長は、証人喚問に積極的だという。
週末に何があったのか?

喚問されるのは、児玉誉士夫、小佐野賢治、檜山広、松尾泰一郎(丸紅社長)、伊藤宏(丸紅専務)、大久保利春、若狭得治(全日空社長)、渡辺尚治(全日空副社長)の8人である。
この中で、政治家と直結していると見られていたのは、児玉誉士夫と小佐野賢治ということになる。
児玉が金銭の授受を否定しても、証人喚問となれば、偽証罪が適用されるので、「中曽根との関係」を否定することはできない。
ロッキード事件の主役との深い関係が証明されることによって、自民党は大きなダメージを受けるだろう。
また、小佐野賢治は、田中角栄の刎頚の友だから、小佐野と丸紅経由で、田中にカネが渡っているのではないか、と容易に推定される。

アメリカ上院の多国籍企業小委員会(チャーチ委員長)で、児玉誉士夫は、昭和32(1957)年ごろから、ロッキード社の「秘密代理人」として契約していることが明らかにされていた。
第三次防衛力整備計画も、「グラマンかロッキードか」が問題になっておりロッキード社のF104導入に絡んで児玉が関与していたのではないか、と疑われていた。
また、昭和47(1962)年に、国産機開発から一転してロッキード社のP3Cの導入に変わった次期対潜哨戒機計画でも、児玉の暗躍が想像された。
児玉に渡ったカネは21億円である。
現在の貨幣価値に換算すれば、10倍程度と見積もられる。
極右として知られていた児玉誉士夫が、アメリカの企業のエージェントとなって、日本の防衛計画に絡んで政治家を動かしていたことが明らかになれば、一大事件である。
中曽根幹事長は、どうして証人喚問を承諾したのか?

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2009年3月 1日 (日)

ロッキード事件④…背後にある闇

「ロッキード事件」が発覚したのは、昭和51(1976)年2月5日であった(09年2月26日の項)。もう33年も前のことになる。
昭和50(1975)年12月27日から始まっていた第77回通常国会は、「ロッキード事件」の真相究明を巡って与野党が激しく対立し、後に「ロッキード国会」と呼ばれるようになる。
平野貞夫『ロッキード事件「葬られた真実」』講談社(0607)は、当時衆議院議長・前尾繁三郎の秘書だった著者が、自身のメモをもとに、著者の思うところの「真実」を明らかにした著書である。
奥付の著者略歴を見てみよう。

1935年、高知県に生まれる。1960年、法政大学大学院社会科学研究科政治学専攻修士課程修了。この年、衆議院事務局に就職。1965年、園田直衆議院副議長秘書、1973年、前尾繁三郎衆議院議長秘書。委員部総務課長、委員部部長などを経て、1992年退官し、同年の参議院議員選挙に出馬。自由民主党、公明党の推薦を受け高知県選挙区で当選し、その後、自由民主党に入党。1993年に新生党、1994年に新進党、1998年に自由党の結党に参加。2003年民主党に合流、参議院財政金融委員長に就任。2004年、政界を引退。
議会政治の理論と国会法規の運用に精通する唯一の政治家。著書には『小沢一郎との二十年』『自由党の挑戦』(以上、プレジデント社)、『亡国』展望社、ベストセラーになった『日本を呪縛した八人の政治家』『昭和天皇の「極秘指令』『公明党・創価学会の真実』『公明党・創価学会と日本』(以上、講談社)などがある。

上記の履歴を見れば分かるように、国会のオモテとウラを最も良く知っている人、ということになるだろう。
私などは、報道によってしか窺い知れない世界である。
「ロッキード国会」では、11年ぶりという証人喚問が行われ、マスコミの報道も過熱した。
国会の会期終了後の7月27日、田中角栄前首相が、東京地検に逮捕された。
前首相の逮捕という事態は、日本政治史上空前のものであった。
田中角栄逮捕で、自民党の暗部に検察のメスが入ったのだろうか?

平野氏は、次のように言う。
「あの国会で、誰もロッキード事件の真相を解明しようなんて考えていなかった」
どういうことか?
首相の三木武夫は、政敵の田中角栄を追い落とすチャンスだとスタンドプレーに終始して、真相究明を蔑ろにした。
田中角栄自身を含む自民党主流派は、右往左往するばかりだった。
野党は、間近に迫る総選挙を有利にすることしか考えていなかった。
検察は、「誰でもいいから大物政治家のクビをあげる」ことに突っ走っていた。

平野氏は、誰もがロッキード事件の背後に隠された「闇」から目を背けつづけていた、という。
その本筋とは何か?
日本は、昭和20(1945)年8月15日の敗戦から、昭和27(1952)年のサンフランシスコ講和条約発効までの約7年間、外国によって占領されるという史上初めての体験をした。
その間も、それ以降も、日本の政治は、多かれ少なかれ、外国の(特にその諜報機関の)影響を受けてきた、というのが、平野氏の時代認識である。

自由民主党が結成された自由党と日本民主党の保守合同では、結党資金にCIAの資金が流れた。
社会党への国会対策費や総評への懐柔資金としてもCIA資金が流れ込んでいた。
中国ロビーを通じて中国共産党の資金も入っていたし、日本共産党はソ連からも資金提供を受けていた。
ロッキード事件で、児玉誉士夫の名前が真っ先に登場したのは、そういう実態の中でのことであった。
児玉は、CIAのエージェントだった、と平野氏は言う。

児玉が、フィクサーと呼ばれ、日本の政界に暗然たる影響力を持っていた事実こそ、日本の政界の「闇」であった。
平野氏のいうロッキード事件の解明とは、外国の諜報機関によって政界が汚染されてきたという事実、それを明らかにするということである。
それは、日本の政治が「真の独立」を果たすチャンスだった。

だから、ロッキード事件における最も重要な案件は、「児玉誉士夫ルート」の解明のはすだった。
ロッキード社から、同社ののエージェントでもあった児玉にカネが流れ、防衛庁が国産化も視野に入れていた次期対潜哨戒機として、ロッキード社のP3Cオライオンが導入され、児玉には21億円もの賄賂を得た。
それがロッキード事件の本筋だったはずである。
しかし、実際には、脇道の「全日空ルート」ばかりが取り上げられ、田中角栄という大物の逮捕で幕引きが行われ、日本の政界が抱えていた「闇」は、解明されないまま、さらなる漆黒の闇の中に閉ざされた。

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