元特捜検事・田中森一氏のハードボイルド人生
「裁判員制度に関する素朴な疑問」を記したときに、「世には悪徳弁護士なとと呼ばれる人もいないわけではないけれど」と書いた(09年1月24日の項)。
このときには、具体的な弁護士をイメージしていたわけではない。
私の知人にも何人かの弁護士はいるが、彼らは、「悪徳」というには程遠い。
だから、どこかでそんな弁護士の記事を見たような気がする、という程度の認識だった。あるいは、ハードボイルド小説の登場人物だったかも知れない、というようなアヤフヤな記憶である。
ところが、立石勝規『闇に消えたダイヤモンド―自民党と財界の腐蝕をつくった「児玉資金の謎」』講談社+α文庫(0901)の「文庫版まえがき」の冒頭に、<主文、被告人許永中、被告人田中森一の原審一審判決を破棄する」>とあるのを読んで、具体的な人物像と結びついた。
そういえば、元東京地検・大阪地検の両特捜部の検事が弁護士に転業し、「闇社会の守護神」と呼ばれていたな、と。
彼こそは、「悪徳弁護士」の呼び名に相応しいだろう。
この事件は、石油卸会社の石橋産業を舞台にした手形詐欺事件で、田中元検事への判決は懲役3年の実刑で、08年3月に収監されている。
日本の裁判制度は三審制ではあるが、最高裁は憲法判断のみを行うので、石橋産業事件での田中元検事の有罪は確定したということである。
さらに追い打ちをかけるように、弁護を依頼された金融会社社長から、現金を詐取したとして大阪地検から告訴され、大阪地裁で公判中である。
今や、田中氏は、検事のバッジも弁護士のバッジも胸には付けられない身となった。
こうして、事件の外形だけをなぞれば、「悪徳弁護士」と呼ばれても止むを得ないと考えられるだろう。
田中元検事(弁護士)は、特捜のエース検事から、弁護士に転じて「闇社会の守護神」と呼ばれるようになった経緯を、『反転―闇社会の守護神と呼ばれて』幻冬社(0706)という自叙伝を出版している。
また、それを契機に、ウラ社会に詳しいライター・夏原武氏との対談『バブル』宝島社(0712)、田原総一朗氏との対談『検察を支配する「悪魔」』講談社(0712)などを次々に出版している。
収監される前に、言いたいことを言っておこう、という気持ちの発露ということだろう。
立石氏の上掲書の登場人物の中で、田中氏と繋がりがあるのは、以下のような面々である。
・仕手集団「光進」を率いた小谷光浩(株価操作事件/1990年)
・「関西闇社会の帝王」許永中(イトマン事件/1991年)
・「人たらしの天才」伊藤寿永光・元イトマン常務(イトマン事件/1991年、「ケイワン」脱税事件/2003年)
・佐川急便の創設者、佐川清(東京佐川急便事件/1992年)
・「ナニワの借金王」末野謙一・元末野興産社長(住専事件・1996年)
こうして眺めてみると、いずれもnotoriousな、と言っていい企業犯罪事件の数々に係わっていたことになる。
しかし、上記の田中氏の著書を見ると、単純に「悪徳弁護士」と決めつけられない部分もあるように思われる。
『反転』に記されている彼の生い立ち(長崎県平戸の貧しい漁村に生まれ育った)を読むと、目頭が熱くなってくる。
また、石橋産業事件では、裁判の戦略の立て方次第では、実刑を免れることもできたであろうと、自ら語っている。
しかし、彼は、自らの生き方の信念を貫き、みすみす不利になる立場を選んでいる。
まさにハードボイルドな生き方ではなかろうか。
もちろん、自己美化的な要素もあるだろう。
しかし、一回限りの人生である。
彼は、刑期を終えたら、貧しい子供たちのための奨学財団を設立したいと言っている。
そのためには、執行猶予は付くか付かないかは、大きな違いのはずである。
にも係わらず、実刑に処せられ収監された。
さらに、検察のメンツをかけたような別件での起訴である。
上記の事件を見ても、イトマン事件は住友銀行のドンと呼ばれた磯田一郎元会長・頭取のワンマン経営から派生した事件である。
その前段として、闇の社会と深い係わりのあると言われている旧平和相互銀行の吸収合併劇があった。
旧平和相互銀行にまつわる事件には未だ解明されていない部分が多い。
旧住友銀行の名古屋支店長が射殺されるという事件もあった。
犯人を自称する男が出頭しているが、供述と事実関係に齟齬があり、この事件での起訴は見送られている。
これから先も、これらの事件の背後関係等が明らかにされることは、先ずないと言っていいだろう。
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