小説M資金2『極秘資金』③
長岡哲生『極秘資金』講談社(0801)の「基幹産業特別資金(長期保護管理権譲渡資金)」の資金管理者と称する島田剛一と、資金提供を受けようと決意した大手家電メーカーの代表取締役専務菅谷光雄は、第一産業銀行の役員応接室で面談する。
芝居において、配役と舞台装置が重要なように、詐欺においても、登場人物と場所が重要である。
菅谷が受付に行くと、「承っております」と役員フロアに通され、役員応接室に入る。
島田剛一は、既に副頭取の岩田と在室していて、岩田は頭取を呼びに行くと退室する。
第一産業銀行という名称は、明らかに旧第一勧業銀行(合併して現在はみずほ銀行)を連想することを意図したものだろう。
元頭取経験者の逮捕や、元会長の自殺で大きな騒ぎになった総会屋の呪縛で知名度の高かった銀行である。
第一産銀の頭取は、どうしても外せない用事があるという理由で、顔を出せないといわれる。
頭取は、全国銀行協会の会長である。
島田は、菅谷の経歴等を聞き、資金計画書については、読んでから話を聞く、ということになった。
島田に対して、副頭取の岩田は、平身低頭という感じで接していたと説明されている。
菅谷は、仲介者の金井(元大手ゼネコン代表取締役専務)に、主人公の宮本に話をしたことを報告すると、厳しく叱責される。
あくまで菅谷が独りの判断で行動しなければ、資金の話はキャンセルされるという。
菅谷は島田との2回目の面談を終える。
そして、菅谷の銀行口座に1000万円が入金されていることが確認できた。
資金の証拠金という名目であり、つまり面談をパスしたということである。
「M資金」の代表的な手口は、資金を受ける側の資格を証明するものとして、申込金や手数料などを事前に支払うことが条件とされ、その金を仲介者に渡すと、その後連絡が途絶えてしまう、というものである。
しかし、この「基幹産業特別資金」の場合が、資金を受けるにあたって一切の費用が不要であることが明文になっており、実際に手数料等の要求はない。
つい、ノーリスクではないか、と考えたくなるところがミソといえるだろう。
未公開株をめぐる詐欺事件が、「週刊ビジネスジャパン」の記事になり、その慰労会を宮本の家で行っているときに、菅谷から宮本に電話がある。
菅谷の話では、島田から、米国や関係者などの了解が得られたので、近々特別資金1兆4000億円が振り込まれることになった、と連絡があった。
しかし、待っているけれど、資金が振り込まれない、ということだった。
その電話を耳に挟んだ「週刊ビジネスジャパン」の編集長と副編集長は、そんな話は聞いたこともないし、財政法でいう特別資金は別のものを指すという。
副編集長は、第一産業銀行の頭取と飲み友達で、頭取に確認を取ったところ、そんな話はあり得ない、ということだった。
つまり、何らかの形で詐欺が仕組まれているのだろう、ということになる。
菅谷は、1000万円の証拠金の入金を確認した際に、「基幹産業特別資金」を受領することを確認した」とする「受領確認証」に署名捺印して、島田に渡していた。
「受領確認証」には、資金は、正式手続きが完了するまで、第一産業銀行の当該当座預金に移管され保護される、と記されている。
詐欺のカラクリを記してしまうことはルール違反だろうから、ここでは控える。
世の中には、甘い話などないと考えるべきであるが、騙される人が(言い換えれば騙す人が)後を断たない。
まさに、清水一行の『懲りねえ奴-小説M資金』徳間書店(9507)の世界である。
2月5日にも、「L&G」と称する健康寝具販売会社の会長や幹部らが、組織的詐欺容疑で逮捕された。
詐欺の内容は、「円天」と称する擬似通貨を売り物とするものである。
預かり金と同額の「円天」が毎年支給されるのだという。
つまり、「使っても減らないカネ」だという触れ込みである。
中には退職金や老後の資金などをつぎ込んだ会員もいるという。
いわゆるマルチ商法の一種に分類される。
マルチ商法というのはピラミッド型の組織になっていて、早期の会員は、現実に利益を得る機会がある。
そういう人を、実際に見聞するので、善意で知人を勧誘することもある。
つまり、被害者が加害者でもある、という図式である。
「L&G」の場合には、地域の人間関係をベースに会員を募ったらしい。
良かれと思ってやるのだから、被害は拡大する。
「うまい話」には気をつけよ、ということだが、判断力が衰えた高齢者などは、勧誘に乗りやすい。
かくいう自分も、人の話を信じやすいタチなので、心したい。
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