小説M資金2『極秘資金』
長岡哲生『極秘資金』講談社(0801)も、「M資金」に似た極秘とされている資金を扱った小説である。
奥付の著者略歴には、長岡氏は以下のように紹介されている。
一九五一年、兵庫県生まれ。
ダイヤモンド社にて、
「週刊ダイヤモンド」編集長、雑誌局長、
代表取締役専務などを歴任。
現在は、経営コンサルタントのかたわら
雑誌等で執筆活動を行なっている。
この作品が小説デビュー作となる。
「週刊ダイヤモンド」といえば、歴史のある経済誌である。
経済社会の表裏のさまざまな情報が入ってくるであろう。
そうした経歴によって得られた知見をもとに書かれた小説である。
末尾に、「この作品はフィクションであり、登場する人物、団体等は実在するものとは関係ありません」と書かれている。
もちろん、直接的に材料として取り入れられている実在人物等はいないだろうが、ヒントになっている事件などはあるのではないか、と想像される。
主人公は、坂山電機という大手家電メーカーのマーケティング部長の職にあった宮本誠という人物である。
宮本は、上司の人事的な思惑から、子会社への出向を命じられる。
出世コースにあった宮本にとっては、死刑宣告にも等しい衝撃だった。
その衝撃を受け止めきれず、早期退職者の募集に乗ってしまう。
それが宮本の運命を大きく転回させることになった。
坂山電機時代の知人の広告会社の社長の紹介で、アセット・コンソーシアムという会社を紹介される。
不動産ファンドなどを組成する会社であるが、その会社が、データベース会社を買収することになり、その社長をやらないか、という誘いである。
不動産会社も、不動産の証券化などにより、最先端の金融業という側面も持つようになっている。
バブル崩壊によって、不良債権化した不動産が全国に出回った。
それに目をつけたのが外資である。ハゲタカファンドなどと呼ばれているが、屍を漁ってエサにするハゲタカのように見える、ということであろう。
ちなみに、ハゲタカという鳥は生物分類学上は存在せず、ハゲワシのことをハゲタカと呼んでいるようである。
価格が大幅に下落した不動産を、安値で買い取り高級ビルなどに仕立て直すことによって、大きな利益を得ることができる。
この不良債権化した不動産の有効活用を図るため、法律が改正されて、特別目的会社(Special Purpose Company)が認められるようになった。
宮本は、社長をやってみることを決意する。
アセット・コンソーシアムのオーナーである平岡から、定常業務の他に、特命として、未公開株の譲渡に関連した調査を依頼される。
「週刊ビジネスジャパン」という経済誌に掲載されたことのある会社の未公開株式を譲渡するという勧誘がなされており、その背景を調べて欲しいということだ。
未公開株式は、普通は定款で、株式の異動については、取締役会の承認を要するという制限が付されている。
だから、未公開株式が流通することは基本的にはあり得ない。
未公開株式の譲渡といえば、記憶にあるのは、リクルート社による子会社のリクルート・コスモス社の株式の譲渡事件である。
未公開株は、公開することによって流通性が高まり、会社そのものの評価も変わるので、株価は高騰する。
したがって、公開が見込める未公開株の取得は、キャピタルゲインを得る大きなチャンスである。
リクルート・コスモスも、公開が確実な状態であった。
その株式が、政治家や役人に渡ったことが、賄賂と認定されたわけである。
なんの努力もせずに、巨額の利益を得ることになるのだから、賄賂とされるのは当然であろう。
しかし、事件が起きた1988年頃には、一般には余りそういう認識はなかったのではなかろうか。
リクルート社の総帥の江副浩正氏が、どこまで賄賂性を認識していたかは知らないが、案外、純粋な好意としてのプレゼントのつもりだったのかも知れないなどと思う。
それにしても、「秘書が……」とか「妻が……」と言い逃れようとした政治家や高級官僚の姿は哀れという感じだったのを覚えている。
宮本が調べた案件も、詐欺師たちの策謀によるものだった。
オイシイ話しなど、世の中にそう転がっているものではない。
未公開株式の譲渡など、先ずあり得ないと考えるのが正常な感覚である。
「週刊ビジネスジャパン」という経済誌が登場するが、その編集長や副編集長には、「週刊ダイヤモンド」誌に在籍していたときの経験が反映されているのだろうと思う。
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