全日空M資金事件④…社長の引責辞任
暴力団風の男に脅かされたりして、全日空顧問の長谷村は、融資話を持ち込んだ鈴木明良元代議士と会うのを避けていた。
業を煮やした鈴木は、佐藤政雄を連れて10月13日の午後、全日空に押しかけた。
秘書室長の池田正男が応対すると、鈴木は、衆議院議員上村千一郎の名刺を差し出した。
そこには、大庭哲夫社長宛に、「鈴木明良氏を御引見下され度くお願い申し上げます」と書かれていた。
池田室長は、鈴木明良を、鈴木経理担当専務、渡辺総務・人事担当専務に引き合わせた。
鈴木・渡辺の両専務は、鈴木明良に、全日空は開銀を中心とした協調融資団からの融資で資金需要を賄えるので、鈴木明良の資金は必要がない。残りの念書を返して頂きたい、と伝えた。
鈴木明良は、明日返すので、それから改めて融資の話をしよう、ということで帰った。
10月14日の午後、鈴木明良は、佐藤政雄を伴って再び全日空を訪れた。
そして、大庭と長谷村の署名・捺印のある書類を渡辺専務に差し出した。
それは築地警察署から入手したコピーの原本だった。
渡辺は、長谷村に本物であることを確認させた。
鈴木明良は、本物を返したのだから、改めて申込書を書けと渡辺に迫るが、渡辺は検討の時間が必要であるとして、鈴木を帰した。
大庭と長谷村の署名・捺印のある申込書・念書をすべて回収して、全日空のM資金話は一件落着したかに見えた。
しかし、11月中旬に、右翼総会屋の山形為雄が総務調査役で総会屋担当の園部郁子の前に現れた。
山形は、園部に、申込書・念書のコピーを見せ、こういうものが出回っている状態ではまずい、と伝える。
園部は、毅然とした態度で総会屋に接してきており、全日空からはカネが出ないことを知っていた。
山形は、これらの書類で儲け話が動いており、書いた本人が責任を取るべきだ、と言う。
昭和45年3月期の全日空の営業成績は、旅客需要の増大と路線の拡大で、順風満帆だった。
5月30日の株主総会とその後の取締役会も、平穏無事に終わる予定だった。
ところが、株主総会の招集通知を発送し終えた5月中旬に、全日空の筆頭株主である名古屋鉄道社長の土川元夫から、秘書室長の池田に電話が掛かってきた。
緊急事態なので、総会前に社外取締役を全員一堂に集めてほしい、という。
総会の5日前の25日に、非常勤取締役のほぼ全員が出席して、会議が開催された。
メンバーは、名鉄の土川のほか、宮崎交通社長の岩切章太郎、三井物産会長の水上達三、朝日新聞社長の広岡知男、日立造船会長の松原与三松、日本航空社長の松尾静麿、伊藤忠商事社長の越後正一らだった。
土川が口を開き、大庭と長谷村の署名・捺印のある申込書と念書のコピーを示して、問題を指摘した。
第一に、社長が取締役会に諮らずに独断で融資の申し入れをしたこと、第二に、このコピーが出回って手形の詐取などに使われていることを告げた。
そして、土川は、このような人物が社長の座にあっていいのか、と問題提起した。
この総会を機に辞めるべきではないのか、と。
日立造船の松原が、すぐに同意した。
日航の松尾社長は意見を問われ、改選期ではないので、辞任には反対の旨を述べるが、松尾以外の全員が解任に同意した。
それぞれ自らの会社の株主総会の議長を務めるので、同日に開催される全日空の取締役会には出席できない。
そこで、全日空は、翌31日に取締役会を開催することにした。
この会議の様子を、東京新聞の佐々木昇記者が聞きつけ、全日空の広報室を訪れて、大庭の辞任を29日の朝刊に書くという。
誰が佐々木記者にリークしたのか?
名鉄の地場の中日新聞と東京新聞とが系列であることから、土川が中日新聞経由でリークしたのではないか、などと後に憶測が流れたが、実相は明らかになっていない。
佐々木の予告通り、29日の東京新聞の一面に、<大庭全日空社長が辞意、若狭氏昇格へ>と三段見出しの記事が掲載された。
不調に終わった3000億円の融資話を取締役会に諮らなかった責任を社外取締役に追及され、引責辞任するという説明だった。
そして、八・九面で、M資金事件に関して詳細に報じていた。
全日空の幹事総会屋は、有名な上森子鉄だった。
上森は、総会屋の岡崎二郎を伴って全日空に現れ、大庭では総会を乗り切れないので、若狭議長で総会に臨むべきだ、と園部と渡辺・鈴木両専務に総会の進行の変更を迫った。
渡辺・鈴木両専務は、上森の言い分を認めた。
上森と岡崎は、その足で日航の松尾社長を訪ねた。
上森は、日航のもともと幹事総会屋で、全日空はその関係で幹事になったのだった。
上森は、大庭は仮に総会を乗り切れても、取締役会は乗り切れない、と松尾に迫った。
松尾は本人の意思を確かめたいとしたが、上森は本人の意思ではなくて引責辞任だと譲らない。
松尾から大庭に電話があり、万策尽きたので全日空を辞めろと伝えた。
それを聞いた大庭は、「明日の総会には出席せず、今後一切航空とは縁を切る」と若狭と渡辺に伝えた。
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