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2009年1月27日 (火)

長銀粉飾決算事件再考②

長銀粉飾決算事件の該当決算期である平成10年3月期は、きわめて特殊な決算期だったということになる。
平成2年のバブル崩壊を受けて、銀行には巨額の不良債権が残った。
そのため、細野祐二『長銀・粉飾決算「逆転無罪」には、見逃せないウラがある』(「諸君!/08年11月号」掲載)によれば、強い社会的批判を受けて、平成7年12月22日、金融制度調査会は、金融機関による資産の自己査定と監督官庁による早期是正措置の導入を答申し、平成8年6月21日に金融3法が公布され、平成10年4月1日から導入されることになった。
それまで統一経理基準に準じていた日本の銀行経理は、企業会計原則に統一されたが、統一経理基準が最終的に廃止されたのは平成10年6月8日であり、問題の平成10年3月という時点では、移行の過渡期で、2つの基準が並存していた。

そのことは、当時の大手都市銀行18行中14行が、従来の不良債権償却証明制度で決算を行っていたことからしても、統一経理基準での決算が認められていたことは明らかであろう。
したがって、長銀のこの時の決算も、不法決算とすることはできない、ということになる。
ところが、一審、二審共に有罪であった。
それは、細野氏によれば、「公正な会計基準が2つ以上並存することはない」という司法の先入観によるものであった。
しかし、現実の社会では、複数の会計基準が並存している。

上場会社の場合は、企業会計原則に則った決算書を作成する。
ところが非上場会社の圧倒的多数は、税法基準によって決算書を作成している。
上場会社の場合は、一般社会に対して決算を開示する必要があるのに対し、非上場会社ではその必要がなく、決算書は主として税務当局との間での税務折衝としての利益計算が中心テーマになるから、非上場会社が税法基準で決算処理することは当然のことである。
ところが、企業会計原則と税法とでは、すべてが一致しているわけではない。
ダブルスタンダードが存在しているのである。

長銀の粉飾決算事件は、ちょうど会計処理基準が揺れ動いている時点での問題であった。
ここで問題にしたいのは、細野氏が指摘している一審・二審での審理の過程である。
大野木元頭取らの被告人は、有価証券報告書虚偽記載ならびに違法配当の犯罪事実並びに自らの加担・凶暴を是認する調書に署名・捺印していたのである。
つまり、犯罪事実を認める「自白」をしていたということになる。
大野木元頭取は、「『社会に大迷惑をかけたのだから、文句を言わずに刑罰に服しよう』と思った」ということで、調書に署名・捺印したのだという。
そして、その背景に、日本国中が長銀経営陣に対して断罪を求めるような空気に包まれていた、と細野氏は書いている。

「空気」である。
「空気」については、山本七平氏の卓見である
「空気」の研究 』文春文庫(8310)に触れたことがある(08年4月28日の項)。
日本人は、「異」を求めるよりは、「和」を求める傾向がある。
言い換えれば、同質性を志向する傾向があるわけであるが、その「空気」が、自白調書をもある意味で変造させた。
細野氏は、一審・二審の段階では、国民世論やマスコミの作り出す「空気」が、弁護人の法廷における弁論さえ萎縮させた、と書く。
最高裁の判決は、激昂した国民世論が鎮静化したから可能になったのだ、と。

長銀が粉飾せざるを得ない原因を作ったのは誰か?
平成元(1989)年までのバブル期において、頭取・会長を務めた故・杉浦敏介氏等であった、というのが細野氏を含む大方の見方である。
大野木氏らは、その処理を迫られた最終ランナーに過ぎない。
私も、そう思う。
言ってみれば、駅伝の敗北を、アンカーだけに負わせているようなものである。

もちろん、だからといって、大野木氏らが、まったく罪を問われなくていいのか、とも思う。
しかし、それ以上に危惧するのは、「空気」の影響である。
長銀粉飾決算裁判の教訓は、「自白調書」や弁護士の弁論さえも左右する、ということである。
裁判員として参加する市民は、おそらくは法曹の専門家よりも、「空気」に左右されやすいのではないだろうか?
刑事裁判の量刑が、世論という「空気」に左右されていいものだろうか?
その意味でも、裁判員制度に疑問符を付けたいと思うのである。

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