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2009年1月25日 (日)

裁判における専門性と教養性

先に、大学における専門教育と教養教育について、思うところを記した(09年1月18日の項)。
裁判員制度がすっきりと腑に落ちてこないのは、このことと関係しているのではないだろうか?
刑事事件において、人の量刑を判断するためには、事実の認定や社会常識などの他に、刑法自体の理解も必要だろうし、他の判例とのバランスも必要になるだろう。
その部分は、少なくとも専門性に係わる部分だろう。

裁判員は、専門性に係わる部分については判断を求められないということだろうか?
WIKIPEDA(09年1月22日最終更新)の解説では、以下のようになっている。

裁判員は審理に参加して、裁判官とともに、証拠調べを行い、有罪か無罪かの判断と、有罪の場合の量刑の判断を行うが、法律の解釈についての判断や訴訟手続についての判断など、法律に関する専門知識が必要な事項については裁判官が担当する(法6条)。

この辺りが、実際にどう運用されるのか、イメージが浮かばない。
有罪の判断をしたら、量刑の判断に移る。
量刑の判断に必要な法律の解釈については、裁判官が担当するとのことであるが、他人に法律の解釈を委ねて量刑の判断ができるものなのだろうか?
一連の判断の流れを、別の人格が分担して行うということが可能なのだろうか。

危険運転致死傷罪の場合について考えてみよう。

(危険運転致死傷)
刑法第208条の2
アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
2 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。

2006(平成18)年8月25日に、福岡市の元職員が起こした交通事故に関する福岡地裁の判断は、危険運転致死傷罪の成立を認めなかった。
事実認定は、以下の通りである(08年1月9日の項)。

(前略)
被告は事故直後、ハザードランプをつけて降車したり、携帯電話で友人に身代わりを頼むなど、相応の判断能力を失っていなかったことをうかがわせる言動にも出ている。飲酒検知時も千鳥足になったり足がもつれたりしたことはなく……(以下略)
(中略)
被告は二軒目の飲食店を出発して事故後に車を停止させるまでの約八分間、湾曲した道路を進行し、交差点の右折左折や直進を繰り返した。幅約二・七メートルの車道でも車幅一・七九メートルの車を運転していた。
(後略)

このような事実認定に基づいた上で、裁判官は、危険運転致死傷罪に該当しないというように、「法律の解釈」を行ったわけである。
「法律の解釈」と「事実の解釈」は不可分だろう。
裁判官は、交差点の右折左折や直進を繰り返したのだから、「正常な運転が困難な状態」ではなかった、と判断して、危険運転致死傷罪の適用要件を満たしていないと判断したのだろう。

しかし、約8分の間の運転の経過で、正常な運転が困難な状態であったか否かを判断できるであろうか?
実際に、元職員は、追突事故を起こし、追突された車が海に転落し、乗っていた幼児3人が死亡するという悲惨な結果が起きているのである。
裁判官は、この事故の原因を、「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態だったとは認められない」として、「わき見運転による前方不注意」によるものと認定した。
私は、そもそも「わき見運転による前方不注意」が「正常な運転」ではないと解釈するが、法の解釈を裁判官が行うとしたら、裁判員の判断とは何だろうと思う。

ここで、専門性と教養性という問題になってくる。
私は、この判決を書いた裁判官は、専門知識はともかくとして、一般教養(常識)が足りないのではないか、と批判した。
どんなに専門性が高くても、人間の心理や行動に関する判断には、一般教養的な要素が大きいだろう。
言ってみれば、一般教養というインフラの上に、専門知識を構築しなければ、見当違いの判断を示すことになり兼ねない。
裁判に市民的な常識性を導入することには大いに賛成であるが、裁判員制度によってそれが実現するとは思えない。

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