珍説・奇説の邪馬台国・補遺…③「八幡平」説(鯨統一郎)
邪馬台国の所在地論争をサカナにして、エンターテイメント小説に仕上げたのは、鯨統一郎『邪馬台国はどこですか? 』創元推理文庫(9805)に収録されている表題作である。
この書には、他に、「悟りを開いたのはいつですか?」(ブッダ)、「聖徳太子はだれですか?」、「謀反の動機はなんですか?」(明智光秀)、「維新が起きたのはなぜですか?」、「奇蹟はどのようになされたのですか?」(キリスト)が収載されている。
つまり、歴史上の大きな謎をテーマにした作品集である。
表題作は、第三回創元推理短編賞の応募作で、最終選考まで残り、従来の歴史ミステリーの殻を破るものとして、大きな注目を集めたが、賞の性格上受賞を逃した作品である。
同賞の予備選考委員を担当した橋本直樹氏は、「解説」で、「邪馬台国はどこですか?」を目にした時の感想を、「『判定不能』というなんとも歯切れの悪いものであった」と率直に語っている。
どう歯切れが悪かったのか?
確かに面白いが、歴史ミステリーなのかどうか。
つまり、創元推理短編賞として相応しい作品なのかどうか。
二の足を踏んだ、という次第である。
主人公は、宮田六郎という30歳前後の、自称日本古代史が専門という正体不明の青年。
早乙女静香という某私立大学文学部の助手で、世界史専攻の27歳で女優にも引けをとらない美貌の女性と、掛け合い的に議論をする中でストーリーが展開する。
舞台は、カウンターだけの地下のバー。
話題が邪馬台国になる。
マスターの松永は、静香の上司の三谷教授に位置論を聞かれ、「感じとしては畿内でしょうか」と答える。
静香は九州説である。
この会話に割り込んで、宮田は、自分は東北説だと言う。
邪馬台国論争には、荒巻義雄氏の『新説邪馬台国の謎殺人事件』講談社文庫(9206)によれば、以下のような問題点がある。
A 韓国南岸に比定されている狗邪韓国が、なぜ『魏志倭人伝』では倭国北岸と書かれているか?
B 帯方郡から狗邪韓国まで七千里とある謎。
C 最大の謎として、『魏志倭人伝』の記載では、距離と方角が現実に全然合わない。
D 邪馬台国まで、水行十日陸行一月とあるのはなぜか。陸行一月は非現実的数字。
E 帯方郡より邪馬台国までの距離が万二千里あるというのはなぜか。
F 倭が周旋五千里とあるのはなぜか。
G 『後漢書倭伝』になぜ、奴国が極南界にあると書かれているのか。
H 倭国はなぜ会稽・東冶の東にあるのか。地図と不一致。
I 邪馬壹国(やまいちこく)が、なぜ後代の書では邪馬臺国(やまたいこく)と書き直されたのか。
J 卑弥呼の鬼道とはなにか。
K 邪馬台国よりさらに千余里海を渡った国はどこか。
L 女王国より以北、二十一か国の所在地は?
M 日向・神武王朝のことがなぜ書かれていないのか。大倭(やまと)も同じ。
宮田は、これらの問題点に関して、次々と明解な(?)な説明をしていく。
例えば、Jについては、以下の通りである。
鬼道は占星術。何故ならば、鬼と星は同類。諸星撤次『大漢和辞典』等で鬼の部を引くと鬼の名と星の名が多い。どれが鬼の名で、どれが星の名か区別がつかないくらいだ(井上靖の『十一月』という詩参照)。卑弥呼が「よく衆を惑わす」と書かれているが、「惑わす」は掴むの意味。掴の旁の国の旧字は國であり、中の或に心をつけたものが惑。つまり「惑」の意味は「心を掴む」。卑弥呼は占星術に長け、民衆の心をよく掴んでいた、という意味。
また、Kについては、以下の通りである。
邪馬台国からさらに千余里海を渡った国は北海道。侏儒(=コビト)国はコロボックル。
「船行一年にして至るべし」とされている裸国、黒歯国はアメリカ(インディアン)。
そして、結論は?
邪馬台国=八幡平
八幡平は、ヤマタイとも読める。
まあ、小説ではあるが、あまたある所在地論考でも、上記のA~Mのすべてに答えているものは少ないのではないだろうか。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 藤井太洋『東京の子』/私撰アンソロジー(56)(2019.04.07)
- 内閣の番犬・横畠内閣法制局長官/人間の理解(24)(2019.03.13)
- 日本文学への深い愛・ドナルドキーン/追悼(138)(2019.02.24)
- 秀才かつクリエイティブ・堺屋太一/追悼(137)(2019.02.11)
- 自然と命の画家・堀文子/追悼(136)(2019.02.09)
「日本古代史」カテゴリの記事
- 沼津市が「高尾山古墳」保存の最終案/やまとの謎(122)(2017.12.24)
- 薬師寺論争と年輪年代法/やまとの謎(117)(2016.12.28)
- 半世紀前に出土木簡からペルシャ人情報/やまとの謎(116)(2016.10.07)
- 天皇制の始まりを告げる儀式の跡か?/天皇の歴史(9)(2016.10.05)
- 国石・ヒスイの古代における流通/やまとの謎(115)(2016.09.28)
「思考技術」カテゴリの記事
- 際立つNHKの阿諛追従/安部政権の命運(93)(2019.03.16)
- 安倍トモ百田尚樹の『日本国紀』/安部政権の命運(95)(2019.03.18)
- 平成史の汚点としての森友事件/安部政権の命運(92)(2019.03.15)
- 横畠内閣法制局長官の不遜/安部政権の命運(91)(2019.03.12)
- 安倍首相の「法の支配」認識/安部政権の命運(89)(2019.03.10)
「邪馬台国」カテゴリの記事
- 「壹・臺」論争は決着したのか?/やまとの謎(96)(2014.08.25)
- 邪馬台国と金印/やまとの謎(72)(2012.12.20)
- 邪馬台国所在地問題の陥穽/やまとの謎(70)(2012.12.13)
- 魏使の行程のアポリアとしての「水行十日陸行一月」/邪馬台国所在地論(2012.12.07)
- 「邪馬台国=西都」説/オーソドックスなアプローチ(2012.11.20)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント