邪馬台国に憑かれた人…⑧大和岩雄と「偽書」論
大和岩雄のWIKIPEDIA紹介記事を見てみよう。
大和 岩雄(おおわ いわお1928年 - )は長野県出身の編集者、出版事業家、古代史研究家。大和書房(だいわしょぼう)および青春出版社の創業者。
長野県上伊那郡高遠町(現在の伊那市)にて、江戸時代から続く呉服商の家庭に生まれる。生家が没落したため、高等小学校卒業後、名古屋市の三菱重工業に旋盤工として就職する予定であったが、1942年、官費で学べる長野師範学校(信州大学教育学部)に入学し、1948年に卒業すると長野県下伊那郡大鹿村立鹿塩中学校に赴任、国語と音楽を教えていた。1948年12月に退職し、長野市に移住。ここで山本茂美主宰の人生誌「葦」に参加。第4号以降、同誌の編集長となる。営業部員に小澤和一がいた。
……
1960年、社の経営権を小澤に譲渡。創刊まもない「青春の手帖」誌と共に新たな出版社を設立。1963年7月、大和書房と改名。1964年、不治の病で死を間近にした女子大生とその恋人との往復書簡集「愛と死をみつめて」を出してミリオンセラーとなる。
……
大和書房といえば、古代史ファンには、「東アジアの古代文化」という雑誌の版元として知られている。
このような地道な出版活動を長年続けているのも、大和岩雄自身が本格的な古代史研究家であるからであろう。
また、私には、数多くの吉本隆明の著作の版元としての認識もあった。
しかし、『愛と死をみつめて』の出版社だったことはすっかり忘却していた。
この純愛書簡集が出たのは、大学に入ってまだ間もない頃であった。
純真素朴な状態だったから、素直に感動した記憶が残っている。
吉永小百合と浜田光夫のコンビで映画化もされ、大ベストセラーになった。
それはともかく、渡辺一衛『邪馬台国に憑かれた人たち』学陽書房(9710)では、古代史研究家としての大和を、『古事記』偽書説の検証者として取り上げている。
偽書とは何だろうか?
WIKIPEDIA(08年11月24日最終更新)の解説は以下の通りである。
偽書(ぎしょ)とは、製作者や製作時期などの由来が偽られている文書・書物のこと。主として歴史学において(つまりはその文献の史的側面が問題とされる場合に)用いられる語である。単に内容に虚偽を含むだけの文書は偽書と呼ばれることはない。
『古事記』は、本居宣長以来、最重要文献として位置づけられてきた。
『古事記』の成立は、序文によれば、和銅5(712)年であり、『日本書紀』はその8年後の養老4(720)に成っているから、『古事記』の方が『日本書紀』に先行して完成したことになる。
内容的には、神代篇についてみると、『日本書紀』には一書という形で多くの伝承が併記されているが、『古事記』は、それらを適当に編集したような内容である。
表記についてみると、『古事記』の方が音表文字の数が少なく統一されているのに対し、『日本書紀』は1つの音にいろいろな漢字が充てられている。
そこで、『古事記』は、平安朝初期に作られたものではないか、という説が登場する。
既に触れた鳥越憲三郎などである(08年12月3日の項)。
この立場では、太安万侶が書いたとされている序文は偽作だということになる。
つまり、上記の定義のうちの、制作者や製作時期に疑問符が付けられたということである。
しかし、『古事記』の字音仮名の使い方は、上代特殊仮名遣い(08年2月9日の項、2月10日の項、4月18日の項等)における甲類・乙類の違いがきちんと守られていることも分かっている。
とすれば、奈良時代の作であると考えるのが順当ではなかろうか。
大和は、『日本古代試論』(1974)などで、『古事記』偽書説について検討し、以下のような結論を導出している。
『古事記』が和銅5年に成立したとする序文は後世の偽作で、現在のようなかたちにまとめられたのは平安時代初期であるが、現存の『古事記』以前に「原古事記」ともいうべき異本があった。
それが、平安時代初期に、多氏の手によって現在のようにまとめられた。
言い換えれば、本文の内容は、古い伝承に基づいたもとであり、『日本書紀』などをもとにして創作されたものではない、ということである。
『古事記』はともかくとして、偽書か否かで見解が分かれている書に、『先代旧事本紀(旧事紀)』がある。
渡辺によれば、『先代旧事本紀』は、江戸時代までは最古の史書として位置づけられていたが、『大日本史』を編纂した徳川光圀にはじまる水戸学と、本居宣長らの国学によってである、としている。
『先代旧事本紀』については、偽書説が多数派のようであるが、重要な古典として捉えている学者もいる。
古田武彦氏と安本美典氏の間で、偽書か否かが激しく争われた『東日流外三郡誌』は、客観的にみると安本氏の「偽書説」が優位であろうが、それにしても不可解と思われることがある。
偽書の由来や構成などに、歴史の真実の一部が埋め込まれている、というようなことも考えられるのではなかろうか。
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