邪馬台国に憑かれた人…⑦金錫亭と「古代朝日関係」論
「地政学的に」というべきなのか、古代より朝鮮半島と日本列島とは深い係わりをもってきた。
このブログでも、その断片について、何回か記してきた(大化改新と朝鮮半島の動向、藤井游惟氏の倭王朝加羅渡来説、大和政権の朝鮮半島進出行動、天皇家のルーツとしての「騎馬民族征服説」、伽耶とはどういう国だったのか、「任那日本府」問題、任那史観、古代韓日交渉史、金達寿氏の内なる皇国史観、伽耶・倭国連動論、韓神と紀元節と古代史)。
渡辺一衛『邪馬台国に憑かれた人たち』学陽書房(9710)では、古代における朝鮮半島と日本列島との関係を、金錫亭『古代朝日関係史―大和政権と任那』勁草書房(6910)を中心に考察している。
金錫亭は、記紀をベースとして捉えられてきた日本古代史を、朝鮮半島の側から見直したもので、金達寿や李進熙などの在日朝鮮人に対して、大きな刺激を与えた。
金錫亭の基本的な認識の枠組みは、古代の日本は、高句麗・百済・新羅の三国の移住民により、3つに分かれた植民地だったというものである。
今では、弥生時代以来、日本列島が、渡来人に大きな影響を受けてきたことは当然のこととされているが、1970年頃においては、かなり衝撃的であったようである。
稲作や金属器などが、単に文明や文化として伝わるということは考えられず、それを担う人が渡来したことは、当たり前のことである。
その渡来人とそれまでの縄文人とが、どういう関係にあったのか?
渡辺は、次のように述べる。
少なくとも日本列島の近畿以西は、弥生時代以来朝鮮半島からの移住民によって開拓され、支配される国々になったのであろう。そこでは日本原住民つまり縄文人は、熊襲、隼人などと呼ばれて、その多くは滅ぼされたり、同化する運命におかれた。
「菊池山哉と『天ノ朝』論」(08年12月4日の項)のところで、天之日矛の伝承について触れた。
天之日矛の伝承は、但馬、播磨、淡路、近江、若狭などに残るが、金錫亭は、これらの諸地域は、新羅系の移住民の住む場所だったとする。
また、垂仁紀に登場する都怒我阿羅斯等(ツヌガアラシト)は、大加羅国の王子とされており、天之日矛が新羅系であるのに対し、伽耶系の移住民を代表しているとみなせる。
これらは、邪馬台国時代の話ということになる。
金錫亭は、邪馬台国については九州説の立場であり、大和朝廷による統一は6世紀以後であるとする。
そして、記紀に書かれている、新羅や百済から大和朝廷に朝貢したというような記事は、日本列島内の新羅系や百済系の国々から、畿内政権に対する朝貢であった、とみる。
公開土王碑などに記されている倭の朝鮮半島への出兵も、倭国内の新羅系や百済系からの援軍で、大和朝廷の出兵ということではない、ということになる。
渡辺は、畿内にあった邪馬台国が、3世紀には日本列島の西半分を君臨支配していたとみる立場なので、記紀に書かれている朝鮮半島との交渉史は、書かれている通りに解釈していい、とする。
しかし、この辺りの事情は、もう少し吟味が必要ではないかと思う。
もちろん、金錫亭の見方が、朝鮮半島サイドに偏りすぎていることも確かであろう。
公開土王碑改竄説の李進熙は、金錫亭から影響を受けているとされるが、現時点では、改竄否定説の方が有利とみるべきであろう。
純粋に客観的な視点などというものはあり得ないとしても、歴史に向き合う場合、可能な限り事実を公平にみるべきだと考える。
特に、朝鮮半島との関係については双方共に感情論になりがちである。
言うは易く、実行は難しい問題の典型であるが、やはり幅広い視野と柔軟な思考が必要ということになるだろう。
最近は死語になってしまったようでもあるが、それを担保するのが教養というものだと思う。
専門性は高いにこしたことはないが、そのためにも広い裾野が必要なのではないだろうか。
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