« 小林惠子氏の高松塚被葬者論…⑧高松塚に関する史料 | トップページ | 藤ノ木古墳の紅花 »

2008年11月 2日 (日)

小林惠子氏の高松塚被葬者論…⑨被葬者と築造者

小林惠子氏は、『高松塚被葬者考―天武朝の謎 』現代思潮社(8812)において、高松塚は、持統5年から末年にかけての約5年間に完成されたものであるとしている(08年10月31日の項)。
この間に亡くなった天皇かそれに近い人物としては、大津、草壁、高市が挙げられる。
しかし、陵墓が死直後に造られるものではなく、殯宮期間があることを想定すると天武もノミネートしなければならない、とする。

1.石槨内の状態
小林氏は、石槨の内部が散乱状態で、棺が破壊され、遺骨が外力を受けて棺外に飛び出し、玉類が槨内全面に散らばった状態だったこと、高松塚が「祟りのある古墳」という伝承を持っていることから、高松塚の槨内は、最初から死者を冒涜するために破壊された状態であった、とする。
それは、墓の主人の霊を亡きものにしようという意図によるものである。

2.頭蓋骨がないこと
高松塚の遺骨は、外力を受けてかなり破損している。
遺骨の鑑定結果からは、筋骨の発達が著しく、鎖骨と中足骨の長さからして、腕が長く、足の大きい人物であったとされる。
死亡原因は、慢性疾患や長期臥床後の死亡は考えられず、急死の可能性が大である。
推定死亡年齢は、30歳以上であるが、熟年者(40~50歳)もしくはそれ以上の可能性が大である。
小林氏は、死亡年齢が熟年かそれ以上という鑑定結果から、28歳で亡くなった草壁と24歳で亡くなった大津は除外される、とする。
高市と天武は、いずれも上記の条件に該当する。

小林氏は、高松塚の被葬者の場合、白骨化した遺骸から丁寧に、顔面頭骨、下顎骨を含めた頭骨を切り離したと推定されるが、その意味は次のようなものではなかったか、とする。
古代人には、生から死への死、死から死体の損亡による未来永劫にわたる真の死、という二重の死生観がった。
「律」では、謀反した者は斬首で、計画した者は絞殺となっており、謀反を起こした者は計画した者より重罪であることが定められている。
高松塚の遺骸に頭骨がないということは、死体が棺に納められてからかなりの期間を経て白骨化した時期に、死者の再生を否定するために、頭骨だけが捨て去られたのではないか。
つまり、高松塚は、死者に恨みを持つ者が入念に仕立て上げた呪いの墳墓である。

3.壁画
高松塚の石槨は非常に小さいので、棺を入れると、壁画は棺の上に位置してはいるが、狭いために誰も壁画を見ることができない構造になっている。
つまり、最初から壁画が見られることを予想していない、と考えられる。
小林氏は、高松塚壁画に、天子の象徴である北斗七星が描かれていないということは、被葬者が天皇であることを否定するとともに、その再生をも拒絶するという二重の意味が込められている、とする。
そして、その意図を死者に知らしめるために、入念な二八宿を描かせている、と。
天皇になっていない人間に対してその身分を否定する必要はないので、高松塚の被葬者は天皇である、ということになる。

4.玄武と青竜
壁画には、四神、日月、星宿、人物像が描かれている(08年9月16日の項)。
四神のうち、玄武はもっとも人工的な損傷が甚だしいが、一方で特に入念に描かれている。四神の中でも、玄武・朱鳥が重要であるとされているが、玄武が損傷されているということは、重要なものの破壊ということで、被葬者の未来永々にわたる命運に対する痛撃である、とする。
そして、玄武は北方を意味し、高松塚の壁画において、玄武の損傷がもっともひどいのは、被葬者が親新羅、築造者がアンチ新羅ということではないか。

以上からすると、被葬者は親新羅で天武系の人間ということになり、天武以外にはあり得ない。
とすれば、築造者は反新羅で天智系ということになり、天智の子(であると小林氏がする)高市皇子をおいてない、ということになる。
持統4~5年からは、高市が最も実権を握った時期であり、実力者でなければ高松塚ほどの古墳は築き得なかった。
高松塚に朱鳥が描かれていないのは、一時実権を握った大津の朱鳥ごのみへの高市の否定である、とする。

青竜には、首に赤い×印が付けられている。薬師寺の台座の青竜と同様である。
薬師寺は天武の追悼寺であり、その薬師寺の青竜と高松塚が同じ印を付けていることからしても、高松塚が天武の墳墓であることを物語っている。

|

« 小林惠子氏の高松塚被葬者論…⑧高松塚に関する史料 | トップページ | 藤ノ木古墳の紅花 »

日本古代史」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/395349/24651740

この記事へのトラックバック一覧です: 小林惠子氏の高松塚被葬者論…⑨被葬者と築造者:

« 小林惠子氏の高松塚被葬者論…⑧高松塚に関する史料 | トップページ | 藤ノ木古墳の紅花 »