岡本正太郎氏の小林説批判…④天変地異の讖緯説による解釈
小林惠子氏は、『高松塚被葬者考―天武朝の謎 』現代思潮社(8812)において、讖緯説について、次のように書いている(p30)。
『書紀』及び『三国史記』の場合は、天変地異を政変と結びつけた讖緯説により暗示して、事件を明確に記すのを政治的配慮により伏せる傾向にある。しかし、当時の知識人であったなら、暗黙のうちに了解したであろうことは疑いない。この意味をもって、『書紀』にある天変地異の記事と中国のそれとを対比しながら事実を追っていきたい。
『書紀』の天武十三年(六八四)一○月から一一月にかけて、異常な記事が集中していることに気がつく。まず一○月一四日、全国的に大地震があり、伊豆の温泉は埋もれて出ず土佐国では津波があり、東方に鼓のような音がして、伊豆方面に新しい島が生まれたとある。
さらに、十一月に記されている天文事象の記述を、中国史書の記述と対比しつつ、それが暗示する政治的意味を考察している。
結論的に、小林氏は次のように書いている(p33)。
以上述べた天文異変から一三年一一月に起きた事件を意訳すると、天皇から人心が離れ、親王以下諸臣の力が強くなって、下克上の様相になり、実情を知った唐は一一月二一日から三日にかけて新羅とともに侵入した。反天武派も一緒になって反乱をおこしたので、天武は東北方面に逃亡途上、戦乱の中に殺されたということになる。
「意訳すると」という言葉が曲者で、『日本書紀』の記述は、例えば以下のようである。
二十一日、昏時(午後八時頃)七つの星が、一緒に東北の方面に流れおちた。二十三日、日没時(夕方六時頃)に星が東の方角におちた。大きさは瓫(ホトキ:湯や水を入れる口が小さくて胴の太い瓦器)くらいであった。戌(夜八時頃)になると、大空がすっかり乱れて、雨のように隕石が落ちてきた。
この月、天の中央にぼんやりと光る星があり、昴星(モウショウ:すばる)と並んで動いていた。月末になってなくなった。
このような記述を、唐が新羅とともに侵入し、反天武派も同調し、天武は東北方面に逃亡途上で殺された、と「意訳」するのであるから、理解し難い。
小林氏は、一○一四日の地震の項では、「本当にあった地震と、つぎにくる政変の予兆としての両方の意味をもつものと解釈したい」とし、一一月二一日の「七星が共に東北地方に流れ落ちた」の項では、「(七星が)流星になったということは、現実にはありえないから、天文異変にかこつけて、非常に大きな政変を暗示していることは間違いない」としている。
流星は人の死を意味し、北斗七星は帝王を表象するから、天皇が東北地方で死んだという呪術的暗示だということである。
このような解釈に関しては、ロジカルな批判は意味をなさない、というよりも不可能のように思われる。
岡本正太郎氏は、斉藤国治『星の古記録』岩波新書(8206)に、次のような記事があることを指摘する。
パングレの『彗星誌一七八三/八四』は古代の彗星記録のコレクションとしての労大作であるが、そこに次のような文章がある。
「ブノワ三世のクリスマス(六八四年一二月二五日)と主御公現の祝日(六八五年一月六日)との間に、夜プレアデスの近くに、ごく暗い星を認めた。それはちょうど雲に覆われた月のようであった。」
岡本氏は、『日本書紀』の彗星の記事と、上記の星は同一天体であるとする。その理由は以下の通りである。
①天武十三年十一月は西暦六八四年十二月一二日から六八五年一月一○日までで、パングレの記事の期間を含んでいる。
②プレアデスは昴で、七個以上の星がかたまって見えるおうし座の星団の名で、両者の記事は天球上の同じ場所を指している。
③『日本書紀』は、星の形を「孛(ハイ)す」としているが、尾のない彗星または四方に光芒が出て見かけの大きさをもつ天体のことで、パングレの「雲に覆われた月のよう」に相当する。
つまり、『日本書紀』の記述は、ヨーロッパの記録と整合しているものであり、実際の観測による記述であることを裏付けている。
小林氏の讖緯説による解釈は、全く的外れで、「天武が東北方面に逃亡途上に殺された」というのは、何の根拠もない創作だ、ということである。
小林氏の讖緯説は、多分に恣意的解釈のように思われる。
ここは岡本氏の批判に軍配を上げたい感じである。
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