「憑かれた人たち」と「珍説・奇説」
長い「邪馬台国論争」の歴史の中には、ユニークな立論が少なくない。
思考の方法のショーケースのようなものだから、論争史のレビューは、思考技術という観点からも興味深いものがある。
そのような論者や論考をピックアップして整理した著書として、渡辺一衛『邪馬台国に憑かれた人たち 』学陽書房(9710)や、岩田一平『珍説・奇説の邪馬台国』講談社(0004)がある。
『邪馬台国に憑かれた人たち』の著者の渡辺一衛氏は、素粒子論の研究者で元東京医科歯科大学。「思想の科学研究会」に入会すると共に、同人誌「方向感覚」の創設者の1人として発言してきた。べ平連や救援連絡センターなどの市民運動にも係わってきたという異色の履歴の持ち主である。
『珍説・奇説の邪馬台国』の著者の岩田一平氏は、朝日新聞の記者から、週刊朝日の編集部に配置され、同書出版時には副編集長の職にあった。
両書共に、先人の説を紹介しつつ、自分の考えを適宜折り込むというスタイルで書かれている。
ちなみに、両書に取り上げられているのが安本美典氏で、古田武彦氏あるいは「邪馬壹国」説は、いずれにも取り上げられていない。
『邪馬台国に憑かれた人たち』には、9人の研究者が取り上げられている。
「憑かれる」を辞書で引いてみると、次のような説明が載っている。
つか・れる 3 【▼憑かれる】
(動ラ下一)
魔性のものに乗りうつられる。何かそれに操られたような状態になる。
「狐に―・れる」「ものに―・れたよう」
用例としては「妄想に取り憑かれる」など、余りいいイメージでないような気もするが、要するに魅力的な対象に惹きつけられた状態を言うのだろう。
つまり、「邪馬台国」は、ある種の人たちにとっては、それだけ魅惑的な存在だということである。
そうだからこそ、長く・熱く・深く・広い論争が続けられているのだろうが。
「プロローグ」に、渡辺氏の問題意識が示されている。
渡辺氏は、「邪馬台国畿内説」である。
そして、「邪馬台国の所在地問題は、いずれは考古学の進歩によって解決するだろうと思われてきたが、しかしそれがこんなに早く具体化されるとは、予想できないことであった」と、既に所在地問題は決着したかのような書き方である。
もちろん、邪馬台国の所在地問題が、畿内で決着したかと言えば、そうとは言えない。
考古学的な発見が、九州よりも畿内に多いのは、発掘調査の量の問題による部分もある。
渡辺氏は、出雲の加茂・岩倉遺跡で39個の銅鐸が発見されたことなども、畿内説に有利な材料とみているようであるが、その理路も十分には説明されていない。
渡辺氏は、従来の畿内説の大部分は、畿内の弥生時代の勢力がそのまま邪馬台国を作り、それが大和朝廷の始まりであったとしているが、自説はそれとは異なるとする。
その理由は、畿内の弥生時代から古墳時代には、以下の2つの断絶があるからである。
1.銅鐸を祭器とする弥生時代の畿内と鏡信仰の邪馬台国との間の断絶
-銅鐸と鏡が共存して出土することはない
2.3世紀の邪馬台国と4世紀の大和朝廷の間の断絶
-『記紀』などの日本の史書に邪馬台国が登場しない
渡辺氏の主張は、以下の通りである。
①北九州・吉備の鏡信仰による西からの連合軍が、唐古・鍵遺跡を主都とする銅鐸信仰の畿内弥生勢力を打倒して、纏向を新しい都として邪馬台国をつくった。
②邪馬台国は3世紀の間栄えたが、4世紀になって、大和盆地南端から勃興した新興勢力に滅ぼされて大和朝廷が成立した。
③上記の二段階の変化を経て、弥生時代から古墳時代へと古代日本は転生した。
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