明日香村の石神遺跡から出土の木簡に万葉歌
奈良県明日香村の石神遺跡で出土した木簡に、『万葉集』に収められている歌が刻まれていることが分かった、と08年10月17日の各紙が報じている。
石神遺跡(地図は朝日新聞081017)は、朝鮮半島などからの使節をもてなした饗宴施設や役所などがあったとされる。
万葉歌を刻んだ木簡としては、滋賀県甲賀市の紫香楽宮(742~745年)跡から出土したものが話題になったばかりである(08年5月26日の項)。石神遺跡出土の木簡は、紫香楽宮出土木簡を60~70年遡るもので、万葉歌の木簡としては現時点で最古のものとなる。
木簡の状況は、写真(産経新聞081017)の通りである。
羽子板をさかさにしたような形で、長さ9.1cm、幅5.5cm、厚さ6mmである。
奈良文化財研究所によって、03年度に発見されたもので、同研究所は、右から左へ読む木簡の一般的な読み方で解釈しようとしていたため、意味を掴みきれなかった のだという。
森岡隆筑波大学大学院准教授(日本書道史)が、土器に左から歌を書く例があったことなどから、左から読んで判読した。
近くで出土した別の木簡には、己卯年と記されたものがあり、この己卯年が679年と推定されることから、万葉歌を刻んだ木簡も7世紀後半のものとされる。
木簡の内容は、次のように解読された。
日本語の1音を漢字1文字で記す万葉仮名で、左側に「阿佐奈伎尓伎也」、右側に「留之良奈你麻久」の14文字が刻まれていた。
『万葉集』巻7に、次の歌がある。
朝凪に来寄る白波見まく欲りわれはすれども風こそ寄ね (7-1391)
朝奈芸尓来依白浪欲見吾雖為風許増不令依寄浦沙
(大意)
朝の凪に寄せて来る白波のような恋人を見たいと思いはするが、風が波を寄せては来ない
「阿佐奈伎尓伎也」を「あさなきにきや(よ)」、「留之良奈你麻久」を「るしらなに(み)まく」と読めば、上記の歌の冒頭部分にほぼ一致することになる(解読文は産経新聞081017)。
今回の木簡では、「見まく」の「見」に相当する部分が欠落している。
森岡准教授は、「寄る」を「やる」としたのは書いた人のナマリのためであり、「白浪」を「しらなに」としたのは、「彌」を「你」と間違ったので はないか、としている。
『万葉集』の成立過程には、さまざまな見方がある(08年6月7日の項)。
森岡准教授は、「飛鳥時代には万葉仮名の形で、歌が一定の階層に広く流布していたことがはっきりした」とする(読売新聞081017)。
1字1音の万葉仮名が、7世紀後半に使われていたことを示す実物史料が、新たに判明したというわけである。
万葉仮名については、「上代特殊仮名遣い」という現象をめぐって、息の長い論争がある(08年4月19日の項、20日の項、21日の項、22日の項)。
私は、この論争は、藤井游惟氏の『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦その言語学的証拠』東京図書出版会(0710)に示された仮説-白村江の敗戦(663年)の後に流入した亡命百済人らが、万葉仮名を用いた日本語の表記に係わっており、上代特殊仮名遣いは、百済人らが現在の韓国人と同様に、8母音を聞き分けていたことを示す-によって解かれたのではないか、と考えている(08年4月17日の項、18日の項)。
石神遺跡出土の万葉木簡が7世紀後半のものだとすれば、白村江敗戦からさほど時を経ていない時点ということになる。
藤井氏の仮説の妥当性評価を含め、万葉仮名の形成に関して、貴重な史料となるのではなかろうか。
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