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2008年10月16日 (木)

小林惠子氏による『万葉集』の解読

小林惠子(ヤスコ)氏の独特の古代史観からみると、『万葉集』はどのような書になるだろうか?
小林氏は、『万葉集』は、「正史に留めるわけにはいかない隠された史実を強く反映させた歌集」と位置づけている。
この時代に対する小林氏の基本的な視点は次のようなものであった(08年7月10日の項)。

①奈良時代の日本は、中国を中心とした東アジアの政治的な動きと密接に連動していた。
②『続日本紀』は『日本書紀』におとらず、讖緯説的表現で重大な事実を暗示している場合が多い。

小林氏による『万葉集』の解読は、『本当は怖ろしい万葉集』祥伝社(0310)、『本当は怖ろしい万葉集 2 西域から来た皇女』祥伝社(0511)、『本当は怖ろしい万葉集 完結編 大伴家持の暗号―編纂者が告発する大和朝廷の真相』祥伝社(0611)の3冊セットに示されている。
小林氏の認識の枠組みは通説と大きく異なっているが、「完結編」に、小林氏の認識の枠組みが、以下のように箇条書き的に整理されている。

■六六一年に始まる「白村江の戦い」で半島出兵した中大兄皇子(後の天智天皇)は百済の亡命王子であり、大海人皇子(後の天武天皇)は高句麗の将軍であった。戦いに敗れた両者は倭国内で対立し、以後、天智系皇子と天武系皇子の対立が続く。

■新羅の文武王(後の文武天皇)は大海人の子で、終生唐国に抵抗した父と共闘して反唐国の態度を終生、堅持した。したがって唐国は天武系皇子の倭王(天皇)即位を認めようとしない。この唐国の姿勢は、奈良時代に引き継がれた。

■「壬申の乱」で天武朝が成立し、大津朝を経てやがて持統朝の成立をみるが、持統天皇として即位したのは天智天皇の子、高市皇子である。

■平城京遷都後の七一五年、藤原不比等に支えられた女帝・元明から、同じく女帝の元正へ譲位があった。その前後、天武皇子の穂積親王、志貴皇子が暗殺される。首謀者は高市皇子の子で元正側の長屋王である。

■しかし元正は天武系=草壁皇子の娘であるから唐国は認知せず、ついに長屋王は、文武天皇(新羅文武王)の子であり新羅聖徳王の異母弟・聖武の即位に踏み切る。この聖武の母は天智系の元明である。

■不比等の死後、長屋王と対立するようになった藤原一族は、ひそかに渤海から文武王の別の子を連れ帰り、即位していた聖武とすり替えた。ここから大和朝廷は天武系聖武の時代になった。それはすなわち唐国と大和朝廷との対立を決定的にした。

李寧熙氏の朝鮮語による『万葉集』の解読については、08年8月10日の項8月22日の項8月25日の項9月2日の項、等で触れたが、小林氏も、朝鮮語による裏読み(吏読)が有効であるとする。
東アジア史を一体的に捉える小林氏の立場からすれば当然ともいえよう。
吏読について、WIKIPEDIAの解説(08年8月2日最終更新)は、以下の通りである。

吏読(りとう、이두、朝鮮民主主義共和国では리두)とは、漢字による朝鮮語の表記方法の1つである。「吏書」、「吏道」、「吏刀」、「吏吐」などとも呼ばれる。三国時代に始まり、19世紀末まで用いられた。古代朝鮮語の資料の1つに数えられる。

小林氏は、万葉仮名を吏読できるのは、来日一世から二世までであり、一世は中大兄皇子、柿本人麻呂、高市智皇子などであり、二世でそれができたのは、山上憶良、大津皇子、弓削皇子などである、としている。
また、身近に朝鮮渡来の人がいて、才能があれば歌の二重読みは可能だろうとする(『本当は怖ろしい万葉集』p59)。

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最初に、解読方法をお教え致しましょう。「花鳥風月」と「春夏秋冬」です。
「表意」=【擬物法や諷喩(寓喩)に依る、裏意(真意)】
⇒【和歌や古典文学、俳諧に共通】

古典文学の「暗号」・「花鳥風月」の、
【解答】は【君臨者(花、風)&統治者(鳥、月)】。
「春夏秋冬」の【解答】は、
(四つの王統)■天智系(春)、▼天武系(夏)、●蘇我大王家(秋)◆藤原系(冬)。
「暗号」の「早朝、曙、昼、夕、夜」は、【王統の盛衰(を一日に)】。
詳しくはメール下さい。

「花鳥風月」=【君臨者(花、風)、統治者(鳥、月)】
 「花」=【●君臨者(太上天皇・女王)】
青によし奈良【(九州)奴国】の都は咲く花【君臨者(むろ女王=神功皇后)】の
にほふが如く今盛りなり (巻3・331)

花【君臨者】の色はうつりにけりないたづらに
わが★御代【(君臨者の)御代】にふるながめ【藤原氏の専横(長雨)】せし間に
  小野小町【太上天皇】
君【天智系・弘文天皇】待つと我が恋ひ居れば我がやどの簾動かし秋の風吹く
  額田王・推古太上天皇(巻4・491)

 「鳥」=【★統治者(天皇=大臣・男性)】
鳥【統治者】となりて(鳥翔成)あり通ひつつ見らめども
人こそ知らめ松【物部氏】は知るらむ  山上臣憶良(巻2・145)

世の中を憂しと恥(やさ)しと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば
  山上憶良・【(憶良に借名の)聖武太上天皇】

 「風」=【●君臨者(太上天皇・女王)】
君待つと我が恋ひ居れば我がやどの
簾動かし秋【蘇我大王家】の風【君臨者(推古天皇=額田王)】吹く
  額田王・【推古太上天皇】(巻4・491)

風【君臨者】をだに恋ふるはともし風をだに来むとし待たば何か嘆かむ
  吹黄刀自(蕗の薹)=【母・斉明太上天皇(安見児・鏡王女)】
(巻4・492)

 「月」=【★統治者(天皇=大臣・男性)】
世の中は空しきものとあらむとぞ
この照る月【統治者(の権勢)】は満ち欠けしける
  膳部王【のちに、聖武太上天皇】(巻3・445)

この世をば我が世とぞ思ふ望月【統治者(の権勢)】の
欠けたることのなしと思へば
  左大臣・藤原道長

「暗号」の「春夏秋冬(四季)」は、【解答】の【四つの王統】。
「暗号」の「早朝、曙、昼、夕、夜」は、【王統の盛衰(を一日に)】。

  清少納言の『枕草子』から、冒頭抜粋
「春はあけぼの」=【統治家・天智系■大伴氏(春)は、日の出の勢い】

「夏は夜」=【統治家(▲鳩派物部氏→)▼鷹派物部氏の天武系(夏)は、滅亡間近】

「秋は夕暮」=【皇統君臨家●蘇我大王家(→ 改姓した藤原北家)(秋)の勢いは日の入りに】

「冬はつとめて(早朝)」=【統治家◆藤原系(冬)は、新参者】
 「白き灰勝ちになりぬるは、わろし」
=【(藤原氏が)斯廬(新羅の古名)き灰(ハイト)寄りになるのは良くない事だ!】

投稿: 銀河 秋彩 | 2013年11月14日 (木) 09時51分

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