木津川市の遺跡から出土の木簡にも万葉歌
昨日、奈良県明日香村石神遺跡から出土した木簡に、万葉歌が刻まれていたことが分かった、と紹介したら、今朝の朝刊各紙で、京都府木津川市の遺跡から出土した木簡にも、万葉歌が記されていることが分かった、と報じていた。
万葉木簡は、昨日の石神遺跡以外には、滋賀県甲賀市の紫香楽宮(742~745年)跡から出土したものがある(08年5月26日の項)だけであり、3例中の2例ということになる。
またまた、「偶然か? それとも…」(07年8月21日の項、8月27日の項、08年5月27日の項、7月22日の項)という感じではなかろうか。
報じられている内容は、京都府埋蔵文化財調査研究センターが、木津川市の馬場南遺跡から出土した木簡に、『万葉集』に収められている歌が書かれていたと発表した、というものであり、時期的には、8世紀後半の木簡と推定されている。
木簡は、縦23.4cm、幅2.4cm、厚さ1.2cmのもので、表は、万葉仮名で、「阿支波支乃之多波毛美智(アキハギノシタバモミチ)」と11文字が墨書してあった(写真は、産経新聞081023)。
裏には、「馬」の字が複数書かれ、削って再利用している痕跡もあったという。
アキハギノシタバモミチは、次の歌の冒頭部分であると推測される。
秋萩の下葉もみちぬあらたまの月の経ゆけば風をいたみかも (10-2205)
秋芽子乃下葉赤荒玉乃月之歴去者風疾鴨
発掘現場は、恭仁京の域内である(写真は朝日新聞081023)。
恭仁京は、聖武天皇がいわゆる「彷徨五年」の過程で一時宮処としたところで、740~744年の間、宮が置かれた。
同遺跡からは、緑・黄・白の3色を使った奈良三彩の焼き物の破片も多数出土している。
「神雄寺」と墨書された土器も見つかっていて、仏像を置く須弥壇(シュミダン)を飾った装飾品ではないか、と推測されている。
神雄寺という寺の存在は、文献的には確認されていないが、土器の形状は750~780年のものと推定され、木簡もほぼ同時期に書かれたものだろうという。
出土した木簡等についての研究者の見解は、以下のようである。
上野誠・奈良大学教授(国文学)
当時歌い継がれていた流行歌。他人に見せるために書き留めたのだろう。当時の寺院は最先端の学芸の中心だった(朝日新聞081023)
上田正昭・京都大学名誉教授/上記センター理事長(古代史)
(神雄寺という)名称から、初期の神仏習合の寺院らしい。現地は反乱を計画して鎮圧された有力豪族・橘氏の根拠地であり、このため、同寺が記録に残されなかった可能性がある(朝日新聞081023)
栄原永遠男・大阪市立大学教授(日本古代史)
今回の木簡は儀式や宴で歌を詠み上げる前にあらかじめ書き留めておいた「歌木簡」だろう。編纂過程直後の万葉集には謎が多く、書かれた時期が奈良時代後半なら、当時の歌集の流布状況を知る資料になる(産経新聞081023)
『万葉集』の編纂過程において、天平17(745)年、18年が、1つの節目とされている(08年6月7日の項)。
巻16までの中で年代の分かる最も新しい歌が天平16(744)年7月の作(巻3-481~483)であり、巻17以降(大伴家持の歌日誌的な体裁)で、天平18年の正月から始まっているからである。
木簡の書かれた時期を、750~780年だとすれば、上記の編纂の節目の時期のすぐ後から、編纂の中心人物である大伴家持の死去(782年)に近い頃、ということになる。
『万葉集』の編纂・流布過程の考察に、重要な一石を投ずるものといえるだろう。
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