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2008年9月19日 (金)

被葬者推論の条件…⑩壁画(ⅳ)雲

高松塚古墳の左右の日月の下には、平行線の形で雲が描かれている。
『万葉集』に対して、考古学の立場からアプローチした原田大六氏は、『万葉集発掘/考古学による万葉解読』朝日新聞社(7303)において、雲について、次のように問題提起している(p73)。

太陽と月には雲が描かれている。太陽の方は著しく金箔の部分が剥落しているが、月の方はかなり銀箔も残存している。百済宗山里六号墳に日月は雲と共に描かれているので、その関係が考えられないことはないが、なぜ日月には雲が描かれたのか。

この雲に着目して、梅原猛氏は、次のように説く(『黄泉の王―私見・高松塚』新潮社(7306)/p27)。

長広敏雄氏によれば、このような平行線で雲を表わす描き方は、六世紀の中ごろの、六朝時代の中国にあるが、その後、隋にも、唐にもまた高句麗にもなく、ただ、法隆寺にある玉虫厨子の背面の図と同じく、かつて法隆寺にあった透彫の金銅灌頂幡にあるというのである。
ここで、高松塚と法隆寺の関係が指摘されているが、また他にも、法隆寺と高松塚を結びつけるものは多い。高松塚の女人像のスカートの形は、中宮寺天寿国曼荼羅の人物のスカート形に似ている。
中略
私は、そういう物質的類似に精神的類似を加えたいのである。雲、それこそ、法隆寺において再三再四くりかえされるイメージである。それは、山背大兄王(?-六四三)が殺されるとき出たという黒雲のイメージであるし、また、その雲にのって、太子一族が、極楽浄土へ昇天するというイメージでもある。私は法隆寺にのみ存在する雲形斗栱なるものの、その源は、遠く漢代の中国の影響に帰せられるべきものではなく、むしろ近く、『書紀』や『太子伝暦』に描かれる太子の一族滅亡のさいの黒雲のイメージに、求められるべきことを再三妻子力説した。(拙著『隠された十字架』参照)そして、同じような雲のイメージが、出雲大社にある。
中略
高松塚古墳に描かれた雲は、そういう死の国を表わす雲にあると思う。

また、原田大六氏は、上掲書において次のように解説している(p79~)。

この照らす日月の下は天雲の向伏す極み谷ぐくのさ渡る極み…… (5-800/山上憶良)

この歌は、高松塚の壁画を見れば理解できるように、歌の日月は、東の太陽西の月であり、天雲は東の太陽の雲と西の月にかかっている両方の雲を指し、東の果から西の果までをいっている。
「谷ぐく」は蟾蜍のことで月を意味することはいうまでもないだろう。「谷ぐくのさ渡る」とは、「月が東から西まで渡るその両極限」のことである。後漢鏡のひとつに、東西に日月を配したのがあるが、円形の中に烏を描いたのが太陽、蟾蜍を描いているのが月である。太陽の烏は金色で三本足といわれているもので、日本での「頭八咫烏(ヤアタノカラス)(『日本書紀』)に当る。これは北部九州の装飾古墳にもあらわれ、福岡県浮羽郡吉井町の珍敷塚古墳と鳥船塚古墳では、大きな太陽の下に舵取の乗る舟を描き、その舳や艪に烏がとまっている。これは金烏であろう。

注:蟾蜍:ひきがえる

北山にたなびく雲の青雲の星離りゆき月を離りて  (2-161)
向南山陳雲之青雲之星離去月矣離而

これは、天武天皇の崩御に際して、皇后(後の持統天皇)が詠んだ挽歌である。
原文の向南山は、キタヤマと訓じられている。皇居で南に向かって座すのは天皇であり、実在の山ではなく観念上の山である。
この観念上の北山に、たなびくという雲も観念上の雲であり、中国から伝わってきた雲の観念では、雲には神が宿ると考えられ、人の魂が昇天する時も雲に乗って行くものと考えられた。
皇后は、天武の魂を迎えに来た雲のことを「北山にたなびく雲」と表現したのである。

皇后の詠んだ「青雲」は東雲のことであり、青雲に迎えられた天武の魂は、高松塚古墳が金箔を置いた太陽の許へ飛行すると考えたのである。
太陽の許に昇天していった魂は、星から離れ、月を離れて西方へ行くのであり、高松塚古墳の壁画の太陽と星宿と月の関係から理解されるように、魂だけが太陽に向かって西行すれば、星宿を離し、月を離して行くことになるのである。
ここで、星は大衆の魂の宿るところであり、月は皇后や皇太子を指した。

上掲の歌は、原田氏の訳では次のようになる(p82)。

天皇の御座である北山に、魂を迎えにきた雲の、その太陽が、みんなの星を残し、皇后の月を残して雲隠れて行く

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