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2008年9月18日 (木)

被葬者推論の条件…⑨壁画(ⅲ)人物像

壁画には、16人の人物像が描かれている。
東西に、それぞれ男4人、女4人ずつである。
この人物像は、何を描いているのだろうか?

源豊宗氏は、末永雅雄編『シンポジウム高松塚壁画古墳』創元社(7207)において、美術史的視点から壁画を次のように評している。
第一に注目すべきは、構図であって、その自由さは非常に進んだものであり、そこに一つの雰囲気というものが描かれている。
ここに描かれたような対話の姿のようなムードの表現というものは、白鳳時代にはなく、天平時代にきてもきわめて少ない。

そして、空間感覚、空間の表現というものが非常に発達している、とする。
人物の前後の関係や配列が、三次元的に表現されている。
様式的な面からみても、高松塚は表現が非常に自由である。
アルカイック(古拙)な時代の表現には強直性があり、それは白鳳時代に続いているが、それに比すと、高松塚は、非常に運筆が自由で、弾力的でやわらかになっている。

高松塚の壁画は、唐の永泰公主の墓と似ている部分があるとされるが、異なるのは服飾あるいは風俗である。
中国では、裳が非常に胸高であり、ほとんとがショールをかけているが、高松塚にはそれがない。
高松塚の人物は左前であるが、中国ではそういうことはない。
高松塚の人物画は上着が非常に長く、膝に達するくらいであり、高句麗の壁画に近いが、中国とは異なる。
顔つき、相貌も、中国人の顔ではなく、朝鮮人のタイプである。

有坂道隆氏は、「高松塚の壁画とその年代」(『高松塚論批判』創元社(7411)所収)において、「人物画については、まことに不思議な議論が多い」といい、以下のように記す。

たとえば、ひどい説では、「愉しい行楽に出かけるといった光景にみえる」といい、歌垣的な雰囲気の感があるという。また女性の持ち物の一つが毬杖(ギツチョウ:クリケットに似た球戯に使用する毬を打つ長柄の槌)であるという説が出ると、被葬者は当世風にいってゴルフ好きであり、これからゴルフに行く図だといった珍解説もあった。あのうつろで悲しみにたえた顔や、あてどもなく立ちくれている姿が、剥落のためもあるのであろうが、楽しそうに見えるとは、私には不思議でしかたがない。

梅原猛氏は、『黄泉の王―私見・高松塚』新潮社(7306)には、岸俊男氏が、『貞観儀式』などの儀式の次第を記した史料を参照しつつ、「高松塚の人物像の持ち物に、非常によく似ておるということがわかります」という言葉を引用して、岸氏はこの図を、朝賀の儀式の図と考え、そして、その持物を、その儀式につかう持物であると考えている、としている。
梅原氏は、この持物が、そのままそっくり『貞観儀式』にあげられている持物にあたるかどうかは、今少し詳細に検討する必要があろう、としつつも、この図を朝賀の儀式に比した岸氏の眼光はさすがである、と称揚し、この図を朝賀の儀式として、次のように解説する。

そして、この地下の狭い古墳の中で、今しも、朝賀の儀式が行われようとしているのである。ちょうど、大宝元年に地上で行われた儀式のように、、四方には、四神の旗がなびき、天にある日月が、この世界を治める王者の徳を祝福するとき、ここに、男八人、女八人の人間に囲まれた天皇が、今しも朝賀の儀式を行おうとしているのである。
いったいこの暗く狭い古墳の中で、何のためにこのような華麗なる朝賀の儀式をとり行う必要があるのか。壁画は死者とともに埋められる副葬品と同じく、死者の鎮魂のためである。とすれば、この死者は、なぜに、このような華麗で、しかも、空しき鎮魂の儀式を必要とするのか。

これに対し、有坂氏は、上掲書の中で、次のように批判する。

中には、「この暗く狭い古墳の中で、何のためにこのような華麗なる朝賀の儀式をとり行う必要があるのか」というところから、飛躍してスリラー小説以上の驚くべき迷論を展開した人さえいる。

スリラー小説以上の迷論とは、梅原氏の推論のことであろう。
有坂氏は、『貞観儀式』では持ち物が他にもいろいろあり、たまたまその中のいくつかのものが一致する、といえるだけなのである、とし、朝賀の儀式の図であるという説は成立しない、とする。
そして、朝賀の儀式でないことは、一見してわかることである。なぜならば、男女十六人は、歌垣的な雰囲気があると誤解されるように、各人の向きはバラバラで、朝賀の儀式の姿とするならば、まことに行儀が悪いことになる。朝賀の儀式説を唱える人は、朝賀の儀式の休憩中の姿をわざわざ描いたものか、と皮肉る。

有坂氏によれば、この壁画人物は、死後の世界へ旅立った被葬者に供養する従者の姿を描いたものとしか解しようのないもである。
そして、東壁南から二人目の男子が持っている長柄のついた蓋は、棺の中の被葬者にさしかけているのであり、持ち物は、貴人に供奉する従者が持つべき威儀の具なのである。

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