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2008年7月22日 (火)

偶然か? それとも…④幻視する人々

大浜厳比古氏は、『万葉集』の本質にアプローチするには、「幻視」という方法によるべきだとしている。
「幻視」とは何か?
「幻視」について、梅原猛氏は、『古代幻視 (梅原猛著作集)」小学館(0102)で、次のように述べている。

「幻視」という言葉は、折口信夫が好んでつかった言葉であるが、私も好きな言葉である。私は裸の目で日本古代を見たのであるが、見ているうちに思いもかけないような新しい古代像が幻のように浮かびあがってきたのである。たとえば、法隆寺をいろいろ調べているうちに、太子一族を滅ぼし、そして太子一族の霊を鎮魂するために法隆寺を建てた人の像が幻のように浮かんできたのである。その幻があるいは真実かも知れないと、私はあらゆる文献を調べて、できるかぎりの現地調査をして、この幻がまさに真実であったにちがいないと確信して、『隠された十字架』を書いた。同じように『万葉集』を読んでいるうちに、水底に沈んだ人磨の姿が幻のようにあらわれてきたのである。その幻は今までの常識とはまったく矛盾する。しかし、あるいはこの幻も真実ではないかと思って、人磨かんするあらゆる文献を読み、そして何度も現地へ行って、この幻が真実であることを確信して、『水底の歌』を書いた。
私は、あらゆる学問においては、そのような幻視が必要ではないかと思っている。日本の学問、とくに人文科学において不足しているのは独創性であるが、独創的な学問をするのはやはり放恣としか思われないような想像力が必要である。日本の学界とくに人文科学の学界においては、この想像力に十分な学問的地位が与えられていない。しかし、このような自由な想像力がなければ、日本の人文科学は十分に発展することはできないであろう。折口はおそらく、このような幻視の重要性をだれよりも知っていた人間であったろう。それで私も折口にならって、ここで私の古代学の総決算の書物の題名として「古代幻視」という題名を選んだ。

ここで梅原氏は、いくつかのことを言っている。

1.「幻視」とは、裸の目でみることである。つまり、先入観に囚われないで「王様は裸だ!」と見る子どもの目でみることである。

2.裸の目で見ているうちに、思いもかけない像が浮かんでくる。それは幻のように浮かんで来るのであるが、調べてみると、その幻が真実であると確信し得た。

3.「幻視」とは、放恣とも思われるような自由な想像力である。学問、特に人文科学には、このような想像力が必要である。

4.このような自由な想像力こそ独創性のカギで、学問の発展には不可欠である。

5.「幻視」の重要性を最も認識していたのが折口信夫である。

私が日本古代史の謎をめぐる道の逍遥に深入りするようになった1つのきっかけが、井沢元彦『猿丸幻視行』講談社文庫(8308)を読んだことだった(07年8月27日の項)。
「幻視行」というタイトルもさることながら、主人公を折口信夫に設定するという卓抜なアイデアで成功した作品である。いわば井沢氏のデビュー作であるが、井沢氏は「逆転の日本史シリーズ」などで、日本史に対する独特の史眼を提示し、多くの読者を獲得している。
この書を読んだときには、折口信夫が「幻視」という方法の先駆者であることは知らなかったのだが、井沢氏は何重にも仕掛けを施していたというわけだ。
考えてみれば、折口の『死者の書・身毒丸』中公文庫(9906)こそ、幻視の書というに相応しい(07年8月28日の項29日の項)。

そして、『猿丸幻視行』をきっかけに深入りした古代史と『万葉集』の世界で、大浜厳比古『万葉幻視考』集英社(7810)に出会う。
大浜氏は、わが青春の書、阿川弘之『雲の墓標 改版』新潮文庫(5807)のモデルの1人だった(08年5月27日の項)。
大浜氏の試みを引き継いだのが小松崎文夫『皇子たちの鎮魂歌 万葉集の〈虚〉と〈実〉』新人物往来社(0403)である(08年7月3日の項)。

そして、『方法としての吉本隆明−大和から疑え』響文社(0805)などの挑発的な書を発表している室伏志畔氏は、自ら「幻想史学」を標榜している。
室伏氏は、『万葉集の向こう側 もうひとつの伽耶』五月書房(0207)などの「向こう側」シリーズを刊行している異端の史家である。
それは、吉本隆明氏の国家論・共同幻想論を参照しつつ、新たな共同幻想の創出から日本国の成立を考察するものである。
しばらくの間、私はさまざまな「幻視」の独創の試みを享受させていただきたいと思う。

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