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2008年7月14日 (月)

風天の詩学…③「自由」という律と精神

風天こと渥美清さんの句の特徴の一つは、定型を厳密に守らない破調の句が多いということだろう。

子に先立たれカンナ咲く  (風天)

暑い夏の盛りも過ぎて庭を見ると、真っ赤なカンナが咲いている。カンナを見ていると、自分より先に亡くなった子どものことがしきりに思い出されてくる。

行く年しかたないねていよう  (風天)

年越しだけど、映画のロケで旅の中なのだろうか。話をする相手もいない。寅さんの世界なのか、渥美清さんの世界なのか、はたまた田所康雄さんの世界なのか。

はるかぜ口笛よくにあう  (風天)

春になって気持ちがいい風が吹いている。気持ちも軽やかになって、つい口笛の一つも吹いてみたくなる。

梅酒すすめられて坊主ふふくそう  (風天)

僧侶は禁欲的であるべきだ、という観念があるが、実際には結構生臭い。知り合いにも大酒飲みの坊主がいる。梅酒じゃ誘い水のようなもの。

もちろん、定型が決まった句も多いが、掲句などは破調である。しかし、破調ではあるが自然でもある。
これらの句境は、何となく尾崎放哉や種田山頭火の世界を想起させる。
放哉は、東大を出て保険会社に勤めるが、酒におぼれ、家族と別れ、社会から脱落した。
次のような句が代表句とされる。

咳をしても一人 
入れものが無い両手で受ける
足のうら洗へば白くなる
墓のうらに廻る
こんなよい月を一人で見て寝る

「咳をしても一人」の句について、自身結核で入院の経験のある渥美清さんは、「音叉で響くような咳だ。この役には自信がある」と言ったという。
有名な子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」という句を、良く分からないと書いたことがあるが(07年8月23日の項)、脚本家の早坂暁さんの解説で合点がいった。
子規も結核患者で、お寺の鐘がガランドウの肺に響く、ということなのだという。

放哉のドラマが企画され、渥美さんと早坂さんは、小豆島などにシナリオハンティングに出かけるが、その際に、既に松山放送局で製作中であることが分かり、代わりの作品として山頭火が提案された。
渥美さんも乗り気だったが、最終的に「寅さんが山頭火」というミスマッチを気にして、おりてしまったということだ。

山頭火は、早大中退。結婚したが妻子を捨てて全国を放浪。好きな酒におぼれながら俳句を作り続けた。
代表句は以下のとおり。

うしろすがたのしぐれていくか
分け入つても分け入つても青い山
どうしようもないわたしが歩いている
鉄鉢の中へも霰
鴉啼いてわたしも一人

放哉も山頭火も、才能はありながら、社会からドロップアウトして行った。
どうやら、俳句における破調は、律の自由を求める精神の結果なのだろう。
放哉や山頭火の場合は、その自由への志向が余りに強すぎて、社会一般との間に乖離があったということだろうか。

しかし、社会的成功とは何か?
後世に多くのファンを持つような作品を作ることと、小市民の生活を大事にすることと、おそらくは両立が難しいということなのだろう。
もちろん、放哉や山頭火は、才能があってのことである。
しかし、たとえ放哉や山頭火のような才能があったとしても、彼らのような破滅型の人生を送るかどうかは別問題である。
その辺りを、バランスよく生きようとしたのが渥美さんだったのだろう。
役者として大成功する一方で、常識人として振舞いつつ、同じような句境の作品を残した。
切り立った山の尾根を行くようなきわどい選択だったのではなかろうか。

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