猿丸大夫とは誰のことか?
謎の歌人・猿丸大夫とは誰のことか?
この問いは、平安時代から提出され、さまざまな解答案が提出されてきた(三好正文『猿丸大夫は実在した!!―百人一首と猿丸大夫の歴史学!!』創風社出版(0010)).。
三好氏は、代表的な説として以下を挙げている。
①「猿丸大夫=道鏡」説
猿丸大夫が生存したと思われる8世紀後半の実在の人物から、弓削道鏡に中てたものである。
弓削道鏡は弓の名人とされ、猿丸が主役を演じる「日光山縁起」の下野の地が道鏡左遷の地と繋がることも根拠の1つとされた。
藤原定家の流れを汲む二条流の歌人・飯尾宗祇によって提唱されたことから、かなりの影響力を持った。
②「猿丸大夫=弓削皇子」説
私家集『猿丸大夫集』に採録された『万葉集』所収の歌25首のうち、3首が弓削皇子の作であることが根拠である。
『万葉集』収載の弓削皇子の歌は8首であり、その中の3首ということは、高い確率であって無視できない。
弓削皇子は、天武天皇の皇子の1人であり、歌人としても高く評価されていて、かなりの支持者がいる。
③「猿丸大夫=高市連黒人の妻」説
『猿丸大夫集』の巻頭歌の作者が、高市黒人の妻とされることから、平安時代末期の歌人・藤原清輔が唱えたが、支持者は広がらなかった。
④「猿丸大夫=施基皇子」説
天智天皇の子ので、『万葉集』の歌人として名高い施基皇子を中てたものである。
⑤「猿丸大夫=柿本佐留(猨)」説
賀茂真淵は、『続日本紀』に登場する柿本佐留(猨)を猿丸大夫に比定し、滝沢馬琴も同調した。「佐留(猨)→猿」の連想による。
⑥「猿丸大夫=柿本人磨」説
梅原猛氏は、『水底の歌―柿本人麿論』新潮文庫(8302)において、柿本佐留(猨)を柿本人磨に比定し、さらに柿本人磨=猿丸大夫とし、石見の国で刑死したとして、多くのファンを得た。
⑦「猿丸大夫=土器売り商人」説
猿丸大夫は、京都の郊外の深草で土器作りをする職人だったが、都に作った土器を売りに来て、歌の才能を認められた、とする説で、江戸時代に流布した。
⑧「猿丸大夫=一般名詞」説
柳田国男が唱えたもので、近江の小野氏の神人が諸国を遍歴して、猿丸大夫と呼ばれた。
学者たちの多くが支持して定説化し、猿丸大夫実在説は「ほぼ完全に放棄される」といった状況になった。
上記の諸説を、三好氏は図のように示し、特に柳田国男の、「猿丸大夫=一般名詞」説の登場によって、学界
では、「猿丸大夫は架空の人物である」というのが、ほぼ定説となっている、と解説している。
そして、平安時代に、弓削道鏡説や弓削皇子説が提唱されたのは、猿丸大夫が弓の名人であるとの認識があったからで、そうすると「日光山縁起」に記されている「猿丸は弓の名人である」という記述が大きな鍵になるのではないか、とする。
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