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2008年7月27日 (日)

「百人一首」と勅撰集との関係

「百人一首」に撰ばれた歌は、すべて勅撰集に収載されている。
井上宗雄『小倉百人一首』に拠れば、以下の通りであり、『万葉集』にある歌も勅撰集を典拠にしている。

『古今集』
醍醐天皇下命。905年ごろ成る。撰者/紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑
15/35/33/9/36/23/5/22/29/17/32/28/31/16/7/11/24/18/30/21/14/12/34/8
計24首

『後撰集』
村上天皇下命。960年ごろ成るか。撰者/清原元輔・紀時文・大中臣能宣・源順・坂上望城
1/37/39/25/13/20/10
計7首

『拾遺集』
花山院親撰か。1007年ごろ成る。
47/55/41/40/44/43/3/38/53/45/26
計11首

『後拾遺集』
白河天皇下命。1086年成る。撰者/藤原通俊
73/70/69/51/50/52/59/58/63/56/42/65/68/62
計14首

『金葉集』
白河法皇下命。1126年ごろ成る。撰者/源俊頼
71/78/72/66/60
計5首

『詞花集』
崇徳上皇下命。1151年ごろ成る。撰者/藤原顕輔
61/48/49/77/76
計5首

『千載集』
後白河法皇下命。1188年完成。撰者/藤原俊成
81/64/74/92/85/80/88/82/90/86/67/75/95/83
計14首

『新古今集』
後鳥羽上皇下命。1250年一応成る。撰者/源通具・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・藤原雅経
2/79/94/87/91/6/4/27/89/19/46/54/57/84
計14首

『新勅撰集』
後堀河天皇下命。1235年完成。撰者/藤原定家
98/93/97/96
計4首

『続後撰集』
後嵯峨上皇下命。1251年成立。撰者/藤原為家
99/100
計2首
この集は、定家没後の成立であるが、上記2首は、定家が一度『新勅撰集』に入れたものを、政治的圧力によって除いたと推測する説が有力。

定家は、建保3、4年(1215、6)年ごろ、八代集(古今~新古今)から、秀歌約1800首を選出し、二四代(ニシダイ)集というアンソロジーを編んで、自分の作歌の参考とすると共に、模範とする歌として示した。
「百人一首」の100首のうち、92首は二四代集と一致する。
一致しないのは、「55/82/93/96/97/98/99/100」の8首であり、93以降の6首は、八代集の歌ではない。

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