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2008年7月12日 (土)

風天の詩学…①「お遍路」という季語

国民栄誉賞という賞がある。
「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった方に対して、その栄誉を讃えることを目的とする」として福田赳夫内閣の時代(1977年8月)に創設された。王貞治さんから高橋尚子さんまで、現時点で15人という、まことに希少性の高い賞である。

その15人の中の1人が、俳優の渥美清さんだ。俳優としては、長谷川一夫さんに次ぎ(その後はいない)、映画界では黒澤明さんに先行する。
もちろん、「寅さんシリーズ」の人気によるものだろう。
この国民栄誉賞という観点からいえば、誠に不本意なことではあるが、私は映画館で「寅さん」を観た記憶がない。非国民と言われかねないだろう。
しかし、実際に、「寅さん」が作られていた時代、映画館に足を運ぶような生活をしていなかった。

記録によれば、「寅さん」の第1作の公開が1969年8月で、遺作の第48作が1995年12月である。
1969年は社会人になった年だし、1995年はある組織の再構築に代表して取り組むことになった年だ。
もちろん、仕事一筋というわけでは全くなく、映画を観たのも皆無ではない。映画館に行くという生活習慣が無かっただけである。
だから、特に「寅さん」に冷たかったという訳ではないし、TVやビデオでは何作か観たことがある。

それにしても、私に限らず多くの人が、国民栄誉賞受賞者・田所康雄と聞いてもすぐにピンとは来ないだろう。
1996(平成8)年に、転移性肺がんで亡くなった渥美清さんの本名である。
何となく、渥美清が本名のような気がしているのは、「フーテンの寅さん」こと車寅次郎の名前が芸名のように錯覚するからだろう。それだけ人口に膾炙していることの証明ではなかろうか。
渥美清という役者と車寅次郎は、表裏一体、不即不離の関係にある。

その渥美清さんが、数多くの秀句・名句を残していたことは、森英介『風天―渥美清のうた』大空出版(0807)を手にするまで、まったく知らなかった。

お遍路が一列に行く虹の中  (風天)

風天は、もちろん、フーテンの寅からとった渥美さんの俳号である。
この句は、朝日新聞社発行の週刊誌「アエラ」の編集者たちを中心とする「アエラ句会」での席上での作だという。
飯田龍太、稲畑汀子、金子兜太、沢木欣一監修『カラー版・新日本大歳時記(春)』講談社(0002)に、「遍路」の例句として収載されている。

彼岸は春と秋2回あるが、ただ彼岸といえば春の季語だという。秋の彼岸の場合は、秋彼岸という。同様に、遍路といえば春の季語で、秋の場合には秋遍路というらしい。
想像してみれば、菜の花畑の黄色とお遍路さんの白装束はマッチしているような気もする。
現在刊行中の小学館版『週刊日本の歳時記』の4月15日付「春の雨」の号にも、「遍路」が載っている。
解説は、TVなどでお馴染みの宇多喜代子さんで、以下のように記されている。

弘法大師ゆかりの四国八十八か所の霊場札所を巡拝すること。また巡礼している人をさす。白装束に納経箱を下げ、金剛杖、数珠、鈴を持ち、草鞋をはき、「同行二人」と書いた笠をかぶって歩く。徳島の霊山寺を第一霊場として始まり、中世以降さかんになったという。秋に歩く遍路を「秋遍路」という。現代では、季節を問わず観光バスで巡る人たちも増えている。

道のべに阿波の遍路の墓あはれ  (高浜虚子)
夕遍路いまさらさらと米出しあふ  (中村草田男)

もともと四国には、海の向こうの浄土を目指す修行が、海岸で行なわれていた。
室戸岬、足摺岬、志度浦などがそういった場所で、現在の札所に重なる所も多い。

平安期以降、密教の広がりと共に、弘法大師信仰が広まる。大師は讃岐(香川県)の出身で、青年期に四国の山中や海岸で修行をしたとされる。
大師にあやかろうと、多くの僧が各地より大師ゆかりの遺跡や霊場を訪れて修行・参拝するようになり、四国遍路が形成されていったらしい。 

遍路は一部観光化しつつ、現在でも多くの人を引き付けている。
宗教者でもない現代人が、なぜ遍路を目指すのか?

私の知人にも、遍路の体験者がいる。
1人は重篤な病に罹患していることが分かった時期に、もう1人は職業上の問題等で人生の重大な転換期を意識した時期に、遍路に出た。
もちろん、それぞれの胸の中のことは分からないが、二人とも「来し方行く末」について思いを巡らしながらだったことは間違いないような気がする。
言い換えれば、自分と向き合う時間を持ちたいというのが、共通項ではなかったか。

一般に、遍路の道はさほど広くないだろう。おのずから一列になって歩くことになる。
風天の句は、実景の記憶なのか想像の産物なのか分からないが、鮮やかなイメージを喚起する作品だと思う。
私は、句の良し悪しが本質的に分からないのだけど、この句などは歳時記に収録されるのは当然のように感じる。

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コメント

お世話になっております。
けんしろうです。
相互リンクの依頼を受けていただきまして、本当にありがとうございました。
こちらのブログは本当に詳しく書かれていて、勉強になることばかりです。
今後とも末永くよろしくお願いいたします。

投稿: けんしろう | 2008年7月13日 (日) 16時42分

けんしろう様

ますますのご発展を祈念します。
こちらこそ、末永くよろしくおねがいします。

投稿: 管理人 | 2008年7月14日 (月) 01時58分

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