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2008年6月15日 (日)

岩手・宮城内陸地震と中山間地域

四川大地震(08年5月24日の項)から約1ヶ月、今度は日本の東北地方で震度6強の地震が起きた。
震源地は、岩手県内陸部で、震源の深さは約8キロメートル。地震の規模は、マグニチュード7.2と推定されている。
気象庁は、「岩手・宮城内陸地震」と名づけた。
被災地は、中越地震の山古志村(現長岡市)と同様の、いわゆる「中山間地域」である。

中山間地域とは、、「都市的地域」及び「平地農業地域」以外を指す言葉である。
具体的には、都市や平地以外の、中間農業地域と山間農業地域の総称である。
中山間地域は、自然と一体的に生活が展開されてきた空間である。
旧山古志村の風景写真は、私たちに「懐かしさ」の感覚を呼び起こす。それは人間の社会が、生態系の一部であったことの名残だと思う。
文明は、生態系と乖離する方向で進んできた。
そのこと自体は止むを得ないことだとは思うが、いくら文明が発展したとしても、究極的には自然とまったく関係のない形で生存できるわけではない。

2_3いま、日本の社会は、文明史的ともいうべき大転換期にある。
それは日本列島における人口の推移の予測図をみれば明らかである(07年8月17日の項)。
2006年をピークとして、日本列島の人口は急速に減少していくものと予測されている。人口は、最も精度の高い未来予測であり、この人口減少社会の姿は、P.F.ドラッカーの『すでに起こった未来―変化を読む眼』ダイヤモンド社(9411)である。
この人口変化の影響がもっとも深刻な形で現れるのが、中山間地域である。

中山間地域では、人口構成の高齢化が、他の地域よりも先行する。
つまり、高齢化と過疎化が同時進行することになる。
必然的に、コミュニティの機能も失われていき、最終的には生活の継続が困難になってくる。
人口の50%が65歳以上の高齢者になり、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になった集落を「限界集落」と呼ぶ。つまり、共同体として生きてゆくための「限界」ということである。
限界集落には、就学児童より下の世代が存在せず、独居老人やその予備軍のみが残っている集落が多い。

このような地域を自然災害が襲った。
携帯電話も圏外の地域が多いから、情報も十分には伝わらない。
限界集落は、いずれは消滅してしまう。つまり、消滅集落の予備軍である。限界集落の手前には、準限界集落が、限界集落の予備軍として存在している。

「食料・農業・農村基本法」(平成15年施行)では、中山間地域の振興が次のように規定されている。

 (中山間地域等の振興)
第三十五条 国は、山間地及びその周辺の地域その他の地勢等の地理的条件が悪く、農業の生産条件が不利な地域(以下「中山間地域等」という。)において、その地域の特性に応じて、新規の作物の導入、地域特産物の生産及び販売等を通じた農業その他の産業の振興による就業機会の増大、生活環境の整備による定住の促進その他必要な施策を講ずるものとする。
2 国は、中山間地域等においては、適切な農業生産活動が継続的に行われるよう農業の生産条件に関する不利を補正するための支援を行うこと等により、多面的機能の確保を特に図るための施策を講ずるものとする。

人口減少社会の中で、旧山古志村のような「懐かしい」風景、私たちの原風景を、どう保全して行くのか。きわめて難しい課題だと思う。
今回の地震では、東北新幹線には脱線事故等が起きなかった。警報システムの進歩の成果なのかどうか分からないが、わずかにホッとさせられた気がする。
しかし、東海道新幹線の範囲で同規模の地震が発生したらどうなのだろうか、ということが直ぐに気にはなるのだが。

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