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2008年6月17日 (火)

長屋王の変

続日本紀』は、漆部造君足と中臣東人の密告(08年6月14日の項)の後、次のように記す(宇治谷孟現代語訳/講談社学術文庫)。

天平元年(七二九)
二月十日
……
天皇は、その夜、使いを遣わして三関(鈴鹿・不破・愛発)を固く守らせた。またこのため式部卿・従三位の藤原朝臣宇合・衛門佐の従五位下の佐味朝臣虫麻呂・佐衛士佐の外従五位下の津嶋朝臣家道・右衛士土佐の外従五位下の紀朝臣佐比物らを遣わして、六衛府の兵士を引率して長屋王の邸を包囲させた。
二月十一日 太宰大弐・正四位上の多治比真人県守、左大弁・正四位上の石川朝臣石足、弾正尹・従四位下の大伴宿禰道足の三人を権(カ)りに参議に任じた。巳の時(午前十時前後)に、一品の舎人親王と新田部親王、大納言従二位の多治比真人池守、中納言正三位の藤原朝臣武智麻呂、右中弁・正五位下の小野朝臣牛養、少納言・外従五位下の巨勢朝臣宿奈麻呂らを長屋王の邸に遣わし、その罪を追求し訊問させた。
二月十二日 長屋王を自殺させた。その妻で二品の吉備内親王、息子で従四位下の膳夫王・無位の桑田王・葛木王・鉤取王らも長屋王と同じく自ら首をくくって死んだ。そこで邸内に残る人々を皆捕えて、左右の衛士府や兵衛府などに監禁した。
二月十三日 使いを遣わして長屋王と吉備内親王を生馬山(生駒山)に葬った。

素早いというしかない対応だった。宇合らが長屋王邸宅を包囲したのが密告の翌日、さらにその翌日には長屋王は自ら命を絶っている。
享年54歳。おそらく、長屋王は事態の状況が掴めないまま、自裁せざるを得なかったのではなかろうか。
妻や息子たちも道連れである。かくして長屋王の一族は消滅した。

長屋王を死に追い込んだ左道とは何か?
仏呪ではない道術や符禁のたぐいが、仏教側から邪道として左道と表現され、具体的には道教の方術であったと考えられている(中川収『奈良朝政争史』教育社(7903))。
長屋王が、儒教と共に、大陸伝来の道教を学んでいたことは十分に考えられることである。
しかし、道教を学んでいたとしても、それが国家や天皇を倒そうとすることとは、直接には結び付かない。
糾問されて、長屋王はどう抗弁したのか?

国家や天皇を倒そうとしたということについては、否定したであろう。しかし、道教を学び、方術を知っていることについては否定する必要性を感じなかったのではないか。
長屋王には、罪の意識はなかったのかも知れないが、弾劾しようとする側にとってはどうにでも証拠は捏造できる。

あるいは、長屋王の行為は、皇太子の死と結び付けられて考えられたのかも知れない。
聖武天皇は、長屋王が皇位に対して無欲ではなかったことを感じていたのであろう。
その心情を衝いたのが房前を含む藤原氏であった。
密告者の一人、中臣東人は、藤原氏の同族であった。
藤原氏の浮沈をかけた謀議の実行者の人選は、難しい問題だったであろう。
藤原氏の直接の同族では疑われるであろうし、他氏の者であれば秘密が漏洩する可能性がある。
東人は、そのような微妙なポジションにいた。
誣告から、長屋王が自殺するまで、わずかに二日である。
有間皇子や大津皇子の場合と同じような、手際の良さということができる。
そして、関係者に対する寛大な処分が、この事件が仕組まれたものであったことの傍証である。

しかし、遠山美都男『彷徨の王権 聖武天皇 』角川選書(9903)は、藤原武智麻呂や宇合らは、長屋王追及のお先棒を担いだだけで、主導者は聖武天皇自身であったとする。
宮子の尊称事件以来、長屋王は聖武天皇に睨まれていたということである。
その背景には、聖武天皇の血統の意識があったのではないか。
聖武天皇の父の血統は、文武天皇であるから申し分がない。しかし、母は、不比等の娘の宮子であったから、皇女ではなかった。
長屋王の父は高市皇子、母は天智天皇の皇女の御名部皇女(元明天皇の同母姉)であり、聖武天皇の血統意識を刺激するに十分だったともいえる。
遠山氏は、聖武天皇が安宿媛の生んだ皇子を、直ちに皇太子に立てたのは、自分を起点とする皇統の樹立という意識があったのではないか、とする。

長屋王の体制はあっけなく崩壊した。
この事件によって、天皇を相手側にまわす者の脆弱な姿を世の中に知らしめることになった。
天皇と結び付くことの重要性が再認識され、天皇権力の強化に結び付いたことになる。

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