« 某王立太子とその死 | トップページ | 通り魔をヒーロー視する人たち »

2008年6月21日 (土)

光明立后

長屋王の変のあった天平元(729)年の『続日本紀』の記述である(宇治谷孟現代語訳『続日本紀〈上〉』講談社学術文庫(9206))。

六月二十六日 熒惑(ケイゴク:火星)が太微宮(天子の宮廷に当る星座)の中に入った。
七月二十四日 月が東井(いまの双子座の東方部)に入った。

このような讖緯説的な記事のあと、次の記事がある。

八月五日 天皇が大極殿に出御して、次のように詔した(宣命体)。
現御神(アキツカミ)として天下を統治する倭根子天皇(ヤマトネコノスメラミコト:聖武天皇)が仰せられるお言葉を、親王たち、諸王たち、百官の人たち、および天下の公民はみな承れと申しのべる。
……
京職の大夫・従三位の藤原朝臣麻呂らが、文字を背に記した亀一匹を献上すると奏していると聞き、驚き怪しんだが実際にそれを見て、歓びめでたく思って考えることは、たしかに天皇である朕の政治がよいために出現したのであろうか。これは太上天皇の厚く広い徳を蒙り、高く貴い行ないによて現れてきた大瑞の物である、と仰せられるお言葉を、皆承れと申し告げる。
……

背中に文字を記した亀などというものが自然に存在するはずはないので、誰かがが工作したものと考えるべきだろう。
もちろん、亀を献上した藤原麻呂が係わっていたはずである。
それを祥瑞として、「天平」に改元された。亀の背中の文字が、「天王貴平知百年」と書かれていたのだという。
天平は、奈良時代の最盛期と位置づけられる。
その改元の5日後である。

八月十日 天皇は詔して正三位の藤原夫人(光明子・安宿媛)を皇后に立てた。

八月二十四日 五位の官陣と諸司の長官を内裏に呼び入れて、知太政官事・一品の舎人親王が天皇の勅を次のようにのべた(宣命体)。
天皇のお言葉であると、親王たち、また汝ら諸王たち、臣下たちに語ってやれと仰せられるには、天皇である朕が高御座に初めて就いてから、今年に至るまで六年を経た。この間、天皇の位をつぐべき順序の皇太子があった(神亀四年九月二十九日出生)。
これによりその母であられる藤原夫人を皇后と定めた。このように定めるのは天皇である朕の身にも年月が重なってきた。天下の君主として長い年月の間皇后のいないのも、一つのよくないことである。また天下の政にあっては、一人で処理すべきではなく、必ず後の政(内助のはたらき)があるべきである。これは特別なことではない。天に日月があり地に山川があるように、天皇と皇后が並んであるということは、汝ら王臣たちもよく見知っていることである。
……
然しながら朕の時のみではなく(皇族でない者を皇后にすること)、難波の高津宮にあって天下を統一された大鷦鷯天皇(仁徳天皇)は、葛城の曽豆比古(ソツヒコ)の娘、伊波乃比売(磐之媛)を皇后として結婚され、この国の天下の政をお治めになり執り行なわれた。それ故今さら珍しく新しい政ではなく、昔から行なってきた先例のあることであるぞ、と仰せられるお言葉を皆承れと申し告げる。

回りくどくて、弁解がましい表現であるが、それは安宿媛(光明)が皇女ではないことが問題であることが認識されていたからである。
遠山美都男『彷徨の王権 聖武天皇 』角川選書(9903)は、光明立后は聖武天皇が自身を起点とした皇統を創り出すために行なったとみる。そのために、藤原氏をパートナーとして選んだのであって、長屋王の排除も聖武天皇の主導という見かたである。
それは言うまでもなく、藤原氏の側にとっても好都合なことであった。
聖武天皇と藤原氏のどちらに主導権があったのか?
笹山晴生『日本古代史講義 』東京大学出版会(7703)は、岸俊男氏の以下の説(「光明立后の史的意義」『日本古代政治史研究』所収)を紹介している。
合理的な説明だと思われる。

安宿媛の生んだ皇子が早世した年、天皇のもう一人の夫人県犬養広刀自が安積親王を生んだ。藤原氏は安積親王が皇太子に立てられることを恐れ、天皇の執政権を代行しうる皇后の地位に着目して、令の規定に反して臣下である藤原氏出身の夫人安宿媛を皇后に冊立しようとはかった。そしてこれに反対する皇族の長屋王を陰謀によって政界から排除したものと考えられる。

|

« 某王立太子とその死 | トップページ | 通り魔をヒーロー視する人たち »

旅行・地域」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/395349/21510881

この記事へのトラックバック一覧です: 光明立后:

« 某王立太子とその死 | トップページ | 通り魔をヒーロー視する人たち »