倭と新羅の政変の連動
『日本書紀』の大化3年の項に、以下のような記述がある(宇治谷孟現代語訳)。
新羅が上臣大阿飡金春秋(のちの武列王)らを遣わして、博士小徳高向黒麻呂、小山中中臣連押熊を送り、孔雀一羽・鸚鵡一羽を献上した。春秋は人質として留まった。春秋は容色美しく快活に談笑した。
林青梧氏は、『「日本書紀」の暗号』講談社(9009)において、「孔雀一羽、鸚鵡一羽の手土産を持ち、容色美しく快活に談笑する『人質』とは、いかなる意味か?」と問う。
そして、文定昌『日本上古史』(1970)の以下のような解説を紹介する。
金春秋は、倭における大化政変の結果の検分に来たのだった。新羅からみると、在倭新羅系の孝徳王の親新羅政策は生ぬるく、金春秋は、難波京にのりこむと、孝徳王に倭国の国号の変更を求めた。当時、真徳王の新羅は、年号を「大和」といった。それをそのまま使わせてヤマトと読むことを命じたのだ。
翌年、金春秋は、自由意志で倭を去って本国に戻り、さらに唐に入る。そういう人物を「人質」と書かなければならなかった事情が倭国にあったと考えるべきだろう。
応神紀の「御友別」が侵入軍の意味であったことからすれば、「人質」についても同様のことが言えるのではないか?
当時、高句麗で唐の冊立した建武王を、淵蓋蘇文が殺害し、これに唐が制裁行動をとったことから、倭・韓に影響が及んだ。
その余波によって、新羅と倭で連動する政変が起きた。
〔新羅〕
上大等(新羅の家臣最高の身分)の<偏・田+旁・比>曇(ビダン)を首領とする門閥グループと、金春秋らの国王グループとの間に、反目対立の状況が生じた。
金春秋は、善徳女王をかついで、強い集中権力を作り上げようとした。
〔倭〕
蘇我王を中心とした畿内王族、大伴の連合政権で、「君」は女の宝大君だった。中臣鎌足が、中大兄とはかって、宝大君を強力に支持して強権を築き上げ、韓半島から分離して自立する道を探っていた。
唐の太宗は、新羅の状況をみて、善徳女王では弱いから、太宗の一族を送るからそれを王にしたらどうか、と新羅に申し送ってきた。
新羅は、それを真似て、宝大君では弱いから、新羅の派遣する王族を王にしたらどうか、と倭に言ってきた。その候補者が金春秋だった。
という背景を考えれば、大化政変は次のように考えられるだろう。
1.新羅では上大等の路線は多くの貴族の支持を得て、善徳女王廃位へと向かっていた。倭では、蘇我本宗家が豪族層の支持を受けて、宝女王(皇極)廃位に向かっていた。
2.大等層の意向に対して、善徳女王を支持したのが金春秋であり、金庾信だった。倭では、中大兄と鎌足の関係がこれに似ていた。
3.鎌足が、中大兄と共に蘇我氏を倒したあと、金春秋がやってきたのは、同時進行の新羅・倭両国の政変の進行状況を検分するためだった。
4.新羅では、646年に<偏・田+旁・比>曇(ビダン)が殺されて政変が終結し、倭ではその前年の645年に入鹿が殺されて政変が終結した。
「大和国」はこうして誕生した。『古事記』や『日本書紀』は、倭国や大和や日本をすべてヤマトと読むことによって、一本の歴史に作り変えようとしたのだ。
新羅の倭に対する内政干渉は、倭国内の百済系王家や百済本国、高句麗を激しく刺激した。
高句麗は、唐の太宗の攻勢を跳ね返し、百済も新羅に対して攻勢に出た。
その状況は倭に反映し、孝徳王朝内の百済勢力と皇極廃王の一派が政変を起こす気配を見せた。
大化5(649)年3月17日阿倍左大臣が薨去し、3月25日蘇我倉山田石川麻呂が謀反の疑いをかけられて山田寺で自殺した。孝徳王の先制攻撃だったが、謀反の疑いがあったことも事実だと思われる。
倉山田石川麻呂を粛清した孝徳王は、新羅に特使を送る。それに対し、新羅王は、金多遂を倭に派遣した。『日本書紀』は、これを「人質」と書くが、同時に従者37人と書いており、「人質」の性格が窺われる。
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