薬師寺と唐勢力
美術史家の鈴木治氏は、薬師寺論争(白鳳か天平か? 08年2月22日の項)を次のように解いている(08年3月8日の項)。
白村江敗戦後の体制の中で、東院堂聖観音像が唐から運び込まれ、それをモデルに金堂三尊が制作され、本薬師寺に設置された。
そのため、白鳳期であるにも拘わらず、天平像の特徴を備えている。
平城薬師寺への移転に伴い、本薬師寺の金堂三尊を模倣した仏像が作られたが、拙劣だったため埋蔵され、本薬師寺の本尊が移坐された。
つまり、遣唐使断絶時期であるにも拘わらず、唐の影響が強くあったのは、事実上唐の占領下にあったとするものである。
平城薬師寺が本薬師寺を移建することなく新しく建てられたのは、倭の国力消耗を図る唐の意向による。
林氏は、鈴木氏の説を継承し、本薬師寺は、大宰府にいた唐の郭務悰の倭京への進出要求に屈して造営されたものであるとする。
郭務悰は、表面は寺院をよそおいながら、裏面では天武王を監視督励する屯所を倭京に置きたいと考えていた。
孝徳王が難波京の鴻臚館に認めざるを得なかった「大唐司令所」を強化して、日本支配を厳しくしようとするものであった。
壬申の乱の際に、近江朝が筑紫の栗隈王と吉備の当摩公広嶋を味方に引き入れようと使者を派遣して説得に当たらせた。筑紫に行ったのは佐伯男だったが、栗隈王の2人の息子、三野王と武家王の抵抗にあって、逃げ帰らざるを得なかった。
この三野王とはどのような人物なのか?
大海人が決起し、吉野の宮滝から津振川を通って宇陀郡の吾城から甘羅村に来たとき、大伴朴本大国の一団と出会い一行に加えた。それに続いて次のような記述がある。
また美濃国の王(豪族)を召された。するとやってきてお供に加わった。湯沐の米を運ぶ伊勢国駄馬と、菟田郡の屯倉のあたりで遭った。そこでみな、米を捨てさせ、徒歩の者を乗らせた。
美濃王とは誰か?
美濃から米を運んできた一行の宰領であろうか? 美濃の国には国司はいても王と呼ばれる人物はいない。
林氏は、『日本書紀』に登場する類似の人物を抽出する。
美濃王:天武2年12月17日/4年4月10日
三野王:11年3月1日/13年2月28日/4月11日/持統8年9月22日
弥努王:14年9月11日
鈴木治氏は、これらはすべて同一人物で、大阪府中河内郡三野を本貫とする三野王であるとし、林氏もそれに賛成している。
鈴木(林)氏は、美濃王(三野王)は、唐の工作員として、畿内と九州を往復していたとする。この美濃王の妻が、県犬養三千代である。三千代の夫は、『日本書紀』では美努王となっているが、これも同一人物である。
県犬養氏は、河内郡古市郡に本貫を持つ「屯倉(トミクラ)の税」を握る家柄で、不比等の預けられていた田辺氏の本貫に近接していた。
つまり、不比等と三千代が出会っていた可能性は十分にある。
『日本書紀』の天武9年7月に以下の文章がある。
五日、天皇は犬養連大伴の家においでになり、病を見舞われた。恵み深いお言葉を賜って云々といわれた。
犬養連大伴は、壬申の乱の功臣であるが、三千代の父の同族である。このとき、筑紫から美努王の妻の三千代も上京していたのではないか?
筑紫から久しぶりに上京し、唐色濃厚な倭京のはなやかさの中で、若き不比等の颯爽とした姿が、三千代の目に入ったのではないか、と林氏は推測する。
三千代は、後に美努王と別れて不比等の妻となり、光明子(光明皇后)を生む。軽皇子(後の文武天皇)の乳母を務めて後宮で勢力を振るったとされる。
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