大化改新…⑧否定論(ⅴ)
原秀三郎氏の「大化改新否定論」の論点の第二は、孝徳天皇の即位の時期に関してである。
つまり、前記5条件の「①645年6月14日、孝徳天皇が蘇我氏滅亡の直後に即位した。」の否定である。
『日本書紀』では、孝徳が皇極から譲位されたのは、乙巳のクーデターが決行された6月12日の直後の14日のことである。
十四日、皇極帝は位を軽皇子に譲られ、中大兄を立てて皇太子とされた。
これに対し、原氏は、孝徳が即位したのは、大化5(649)年のことではないか、とする。
『唐書』に、「永徽初孝徳即位」という記事があり、日本でも『皇代記』という平安時代の書物に、「孝徳天皇諱軽、治十年大化五年即位」とあるという。
史料批判の態度としては、同時代により近い史料を重視し、かつ民間に伝承されているものよりも官撰のものの方を重視すべきである、というのが鉄則である。
従って、後世史料によって『日本書紀』の記述を否定することは、非常に困難なものではあるが、しかし『日本書紀』そのものが一定の政治的立場に立って編纂されていることも事実である。
かつては神典として、批判的に扱うことすら危険視されていた時代もあるが、「偽装の原点」(07年9月6日の項)とする説もあるのだから、全体を総合的に勘案して考えることが重要であろう。
原氏の論点の第三は、大化年号問題である。
これは、「②6月19日に年号を大化に改めた。」に係わる。
『愚管抄』の皇帝年代記の中に「朱鳥ノノコリ七年、大化四年、元年乙未」という記述があり、持統天皇のときに大化の年号があった、ということである。
大化年号については、いわゆる「九州年号」との関係(08年1月7日の項)で議論されているが、原氏は、持統朝の大化が正しく、孝徳朝の大化はあとからつけられた可能性がある、とする。
論点の第四は、難波宮遷都の時期の問題「③12月9日に難波長柄豊碕に移した。」である。
『日本書紀』では、大化元年に以下の文章がある。
冬十二月九日、天皇は都を難波長柄豊碕に移された。老人たちは語り合い、「春から夏にかけて、鼠が難波の方へ向ったのは、都遷りの前兆だった」といった。
しかし、一方で、白雉年間には、次のような記載がある。
(元年)
冬十月、宮の地に編入されるために、墓をこわされた人、及び住居を遷された人々に、それぞれに応じた御下賜があった。将作大匠荒田井直比羅夫を遣わして、宮地の境界線を立てさせた。
(2年)
冬十二月の晦日、味経宮で二千百余人の僧尼を招いて、一切経を読ませられた。このとき天皇は大郡(上町台地の東側か)から遷って、新宮においでになった。この宮を名づけて難波の長柄豊碕宮(大阪市東区法円坂町辺)という。
(3年)
秋九月、豊碕宮の造営は終わった。その宮殿の有様は、譬えようもない程であった。
つまり、白雉元年の10月に宮地の選定が行われ、翌年の12月に宮を遷り、さらに翌年の9月に造営が完了したということである。
大化元(645)年に都を移したとすると、白雉3(652)年の完成まで余りに間がありすぎる。
原氏は、これを白雉元年から3年にかけて造営が行われたと見る方が妥当ではないか、とする。
とすると、孝徳朝というのは、実際は白雉の5年間だったのではないか、という見方が出てくる。
原氏は、『日本書紀』が大化年間に行われたとしている諸改革は、実際は白雉年間に行われたもので、それがその前の5年間に、大化年号とともに挿入されたのではないか、ということである。
そして、孝徳天皇は、大化5(649)年に即位して、翌650年に白雉と年号を改め、白雉5(654)年に死去したのではないか、とする。(『「大化改新」論の現在』(青木和夫、田辺昭三編著『藤原鎌足とその時代―大化改新をめぐって 』吉川弘文館(9703)所収)。
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