天皇家のルーツ
藤井游惟氏は、『白村江敗戦と上代特殊仮名遣い―「日本」を生んだ白村江敗戦その言語学的証拠』において、倭王朝の本貫の地を加羅(伽羅、伽耶、任那)だとしている。
ほぼ同じ見解を提示しているのが、室伏志畔『万葉集の向こう側―もうひとつの伽耶』五月書房(0207)である。
しかし、両者の推論の態度や方法論はまったく異なっている。
藤井氏が、実証的な言語学をベースに議論を組み立てているのに対し、室伏氏は「幻視」に基づいており、自らの方法論を、幻想史学と名付けている。
幻想史学とはいかなるものか?
幻想論といえば、一世を風靡した吉本隆明氏の『共同幻想論 』河出書房新社(6812)を思い浮かべる人が多いだろう。
この書の基本的な主張は、国家の本質を共同幻想である、と規定しところにあると思う。しかし、難解で読み通すことが苦痛であり、完読した記憶がないから、余り自信がない。
室伏氏は、吉本言語論・国家論を基礎に据え、梅原猛氏の日本学、古田武彦氏の九州王朝説などの成果を取り入れながら、独特の史観を提示している。
それは、文献や考古史料による実証ではなく、その実証できることの「向こう側」を透視しようとするものだということができる。
言い換えれば、文献解釈に独創的な視点を持ち込むことが可能である一方で、論議の仕方が恣意的にならざるを得ない、ということになる。
それはクリエイティブ思考の1つの形ではあるが、クリティカル思考とは離れたものである。つまり、一定の手続きを踏めば、誰でも同じ理解に達するというものではない。
言い換えれば、方法論自体が通説とは成りがたい性格を持っているわけであるが、室伏氏の立場は、仮説として提示することに意義があるということであろう。
日本国憲法の第一章が「天皇」となっていることを考えれば、現在の日本は、紛れもない「天皇制」の国と言わざるを得ない。
しかし、それを森喜朗元総理が言ったように、「天皇を中心とする神の国」だと考えている人はごく僅かに過ぎないだろう。
しかし、「天皇制」という体制は、いかなる性格のものか、理解し難いことが多い。
例えば、小泉内閣時代、皇室典範の改正がテーマになった。
当時の状況では、現状の皇室典範だと、皇位継承に支障が出てくる可能性があるので、皇室典範を改定して、皇位継承ルールを変更しようというものであった。
皇室典範の第一章は、「皇位継承」であり、次のように規定している。
第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
つまり、女性の天皇は認めない、という立場である。
これに対し、日本史上には、推古天皇や持統天皇など、有名な女性天皇がいる。
だから、女性天皇を認めれば、皇位継承問題は解決するのではないか、と考えられる。
しかし、皇室典範にも記されているように、「男系」ということがもう1つの問題になってくる。
女性にも、男系の女性と、男系であることを問わない女性がいるわけである。
男系というのは、父親の系譜であり、推古天皇の場合は、父親が欽明天皇であり、持統天皇の場合は、父親が天智天皇である(とされている)から、男系の女性天皇ということになる。
このときの論議で理解不能だったのは、男系男子に限定すべき論拠を、神武天皇のY染色体を保持することが重要だ、といかにも遺伝学を踏まえた議論であるかのように論じた人がいたことである。
ヒトのY染色体というのは、男性のみが持つ染色体だから、Y染色体は、男性の系譜を通じて伝えられることになる。
だから、神武天皇のY染色体を維持するためには、現在の皇室典範が規定するように、男系の男子でなければならない、という視点である。
仮に神武天皇が実在の初代天皇だったとしても、神武がヒトであるならば、当然両親がいて生まれてきたはずである。
その系譜の天照大神に大きなウェイトが置かれてきたことを考えても、素朴に神武天皇のY染色体というものの意味に疑問符を付けざるを得ないと思うのだが。
何よりも、私を含め、現存する男子は、すべて男系を辿ることができるが、1つの男系が他のすべての男系と有意な差異がある論拠を何に求めるのだろうか。
皇位が男系を通じて万世一系に保持されてきた歴史こそが尊いのだ、ということを言う人もいる。
しかし、万世一系といっても、当然起源はある。その最初はどうなのだ、と考えれば、万世一系という発想自体に、至上の価値があるとは思えない。
あるいは、歴史以前は別として、歴史の対象になる期間について、という人もいるだろう。
歴史と歴史以前を文字史料の有無で区別するとしても、日本列島における文字の使用は遅れても、漢字の起源は6000年前に遡るという(07年12月21日の項)。
神武より遥かに以前である。
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