天智天皇…⑩系譜(ⅳ)義兄・古人大兄皇子(続)
古人大兄には、解釈に悩むような言葉が多い。
その第一は、蘇我入鹿が、山背大兄王を斑鳩に襲わせたときの言葉である。山背大兄が妃や子弟を連れて生駒山に隠れた際、山背大兄を山中に見たと聞いた入鹿が、高向国押に、「速やかに山に行って王を探し捕らえよ」と言ったのに対し、国押が「私は天皇の宮をお守りすべきですから、外には出られません」と答える。
それを受けて入鹿が自分で出かけようとするのに、古人大兄が「どこへ行くのか」と聞き、入鹿がわけを説いたのに対し、古人大兄は次のように言う(宇治谷孟現代語訳:日本書紀〈下〉 (講談社学術文庫) )
「鼠は穴に隠れて生きているが、穴を失ったら死なねばならぬ」と(入鹿を鼠にたとえ、もし本拠を離れたらどんな難にあうかもしれないとの意か)。入鹿はこのために行くことを止めた。
訳者の宇治谷氏は、「鼠」は入鹿の譬えか、とコメントを付している。宇治谷氏が、コメントを加えているのは、そもそも意味がとり難いからであるが、宇治谷氏も断定を避けた表現である。
つまり、鼠=入鹿と決めつけ難いということである。
古人大兄と入鹿は、共に山背大兄という有力な皇族を討とうとする、いわば一心同体的な仲間である。
その仲間のことを、「穴に隠れて生きる鼠」というように譬えるのは、違和感を感じざるを得ない。
確かに、生駒山に隠れた山背大兄は、従ってきた三輪文屋君が、「東国に赴き、軍を起こして戦いましょう」と進言したのに対し、「お前の言うようにしたら勝てるだろう」と答えている。
だから、入鹿が本拠を離れたら危ういという判断はあり得たのだろう。しかし、それでも「鼠は穴に隠れて生きている」というのは、入鹿を指すのに相応しくないと思われる。
この場合、穴に隠れたと譬えられるのは、山背大兄の方であろう。
つまり、古人大兄は入鹿に対し、「もう山背大兄は、手中にあるようなものだから、慌てることはない」というようなニュアンスではないのだろうか。
古人大兄の謎の言葉の第二は、乙巳のクーデターの際の証言である。
入鹿が皇極天皇の眼前で斬殺されるのに立ち会って、古人大兄は次のようにいう(山田宗睦:日本書紀〈下〉 (教育社新書―原本現代訳) )。
古人大兄は、〔始終を〕見て、私宮[邸]に走り入り、人に語って、「韓人が鞍作臣を殺した。(韓の政〔治〕によって誅〔殺〕されたのをいう。)吾の心は痛む」といった。すぐさま臥[寝]〔室〕内に入り、門を杜して出なかった。
山田氏は、「韓人が、鞍作臣を殺した」について、「この語をめぐって諸説があるが、『謂因韓政而誅』の注がついているのも、この語が難解のせいだろう。古人大兄のおびえはうかがえる」と訳注している。
遠山美都男氏は、『天智天皇』において、次のように言う。
この古人大兄の発言について、実際に朝鮮三国の使者たちが入鹿に斬りかかったことを意味しているとか、入鹿に手を下した中大兄らが当日は朝鮮三国の使者と同じ衣装をまとっていたことを指しているとか、種々の推測がなされているが、いずれも決め手を欠く。
『日本書紀』の『謂因韓政而誅』のコメントは、現場の緊迫感に欠け、後世の人間の解釈の域を出ていない。
遠山氏は、古人大兄の言葉を現場証言として考えると、当日現場に居た人間としては、蘇我倉山田石川麻呂が相当するのではないか、とする。
蘇我倉家は、宮廷のクラ(倉庫)の出納管理にあたる家業に即した独自の祖先系譜を創造しており、朝鮮三国からの貢納にも関与していた。
満智・韓子・高麗といった朝鮮三国と関係深い名前の先祖を系譜の中に嵌め込んでいたのであり、そのような蘇我氏の事情に通じた者であれば、麻呂のことを韓人と称したくなるところで、古人大兄は、母が馬子のむすめの法提郎媛だったから、蘇我氏の内部事情に詳しかった。
つまり、古人大兄は、蘇我倉山田石川麻呂を指して、「韓人」と言ったのだろう、というのが遠山氏の見解である。
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