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2008年3月23日 (日)

天智天皇…⑭乙巳のクーデター(ⅳ)

遠山美都男『天智天皇』PHP新書(9902)も、乙巳のクーデターを、軽皇子の支持派の主導によるものとみる。
それは、軽皇子の宮があった和泉国和泉郡を中心とした人間関係で構成されていた(08年3月21日の項)。
遠山氏は、通説が首謀者とみなす中大兄と中臣鎌足の2人が、飛鳥寺の広場の蹴鞠の場で出会い、それをきっかけに主従関係を結んだ、という有名な逸話を、フィクションの域を出ないものとする。
それは、新羅の金春秋(武烈王)と金庾信の主従に同様の物語があることが、『三国史記』や『三国遺事』に記載されているからである。
金春秋と金庾信は、蹴鞠のアクシデントを通じて主従関係を結んだとされており、中大兄と鎌足の場合に良く似ている。

遠山氏は、クーデターの目的は、皇極から軽皇子への譲位が目的であったとし、それは同時に古人大兄皇子の即位を否定することでもあった、とする。
蘇我蝦夷・入鹿父子がターゲットにされたのは、彼らが古人大兄の即位を図っていたからである。クーデター派は、古人大兄も作戦目標にしていたはずであるが、皇子という身分も与って、殺害を免れた。
古人大兄は、出家により、王位継承資格を放棄する道を選ばざるを得なかった。

入鹿の死後、蝦夷が反攻する可能性もあったから、古人大兄と蝦夷の連繋を阻止することが必要だった。
『日本書紀』は、蝦夷が滅亡した翌日、皇極が譲位の表明をした後に、古人大兄は出家して王位継承資格を放棄したと書いている。
しかし、遠山氏は、古人大兄が飛鳥寺の仏殿(金堂)と塔の間で、髯と髪を剃り落とし、袈裟を着たとする記述から、古人大兄の出家の日時は、もっと以前のことであっただろう、と推測している。
なぜならば、飛鳥寺は蝦夷との対決に備えてクーデター派が占拠した施設であり、古人大兄が出家という形で投降の意思表示をするとすれば、クーデター派の居並ぶ面前で行われたはずである。
クーデター派が揃って飛鳥寺に居たということは、蝦夷はまだ尊命していたと考えられる。

飛鳥寺には、東金堂・中金堂・西金堂という3つの金堂があった。
本尊の釈迦如来像は、中金堂にあったとされており、出家をするとすれば、この像の前が相応しい。
中金堂と塔の間とすれば、その場は蝦夷の拠点だった甘檮岡から見ることができる。
つまり、甘檮岡から見えることを前提に、古人大兄の出家の儀式は行われたのであって、蝦夷はその様子を見ていたと考えられる。
その結果、蝦夷は古人大兄と連繋して反攻に出る選択肢が消えたことを知ったのであり、一族滅亡という運命を受諾せざるを得なくなった。
とすれば、古人大兄の出家は、『日本書紀』の記す6月14日ではなく、蝦夷の自決する前の12日か13日であったのではないか、というのが遠山氏の推論である。

乙巳のクーデターは、皇極に譲位を促して軽皇子の即位を実現すべく、軽皇子の周りに結集していた勢力により主導されたものであった。
遠山氏は、中大兄は、一連の軍事行動に、当初は一刺客として、後半は一戦闘指揮官として参加したに過ぎない、とする。
中大兄と中臣鎌足が、隋や唐に倣って、中央集権的な律令国家を建設するため、その障壁となる蘇我氏の本宗家を妥当した、という通説に大きな修正を迫っている。
乙巳のクーデターが、軽皇子の主導によって行われた、と見る点において、遠山美都男氏と中村修也氏は同じである。その方が合理的で、納得し易い。

『日本書紀』の皇極3年1月1日条には、次のような記述がある(日本書紀〈下〉 (講談社学術文庫) )。

中臣鎌子は以前から軽皇子と親しかった。軽皇子は鎌子連の資性が高潔で、容姿に犯しがたい気品のあることを知って、もと寵妃の阿倍氏の女に命じて、別殿をはらい清めさせ、寝具を新たにして懇切に給仕させ鄭重におもてなしになった。中臣鎌子連は知遇に感激して舎人に語り、「このような恩沢を賜ることは思いもかけぬことである。皇子が天下の王とおなりになることを、誰もはばむ者はないだろう」といった。

その後、鎌子連は、蘇我入鹿を打倒すべく、つぎつぎと王家の人々に接触し、企てを成し遂げ得る明主を求め、蹴鞠を機会として中大兄に近づくことに成功する。
しかし、上記の『日本書紀』の記述からすれば、中臣鎌足は、基本的に軽皇子の即位に賛同する立場だったことになる。

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